第5話

「……先生、どうですか?」


 意識を失ったキーファを抱きかかえ、タクシーをブッ飛ばした俺は掛かりつけの町医者を訪ねていた。


「ふむ……熱は下がったの。もう大丈夫じゃろう」


 紫色の液体を注射し、経過を観察していた老医者が額に浮かんだ汗をぬぐう。


「よ、よかった……!」


 真っ青だったキーファの顔色は正常に戻り、聞こえる呼吸音も規則正しい。

 何とか落ち着いてくれたようだ。


「ありがとうございます、治次郎(なおじろう)さん!」


「いやいや、礼には及ばんよ」


 彼の名前は佐々木治次郎さん。

 まだまだ数が少ない亜人族専門のお医者さんである。


「君のお祖父さんには世話になったからの」


「…………」


 治次郎さんの言葉に思わず顔をしかめてしまう。

 俺の祖父、大屋 凱人(おおや がいと)はダンジョン庁の外郭団体である日本ダンジョン探索者協会の名誉総裁だ。


 俺がすべてを失った、あのダンジョンブレイクが発生した時……祖父はダンジョン庁の長官を務めていた。


 別の場所で発生していた大規模ダンジョンブレイクの予兆への対策に人員を割いており、対処が遅れた。

 被害者の遺族には最大限の支援を約束する。

 突発的なダンジョンブレイクの予知は困難であり、弊庁の対応に問題があったとは思わない。人員の拡充については各省庁と調整して……。


 テレビでお役所的な答弁を繰り返し、両親の葬儀にも顔を見せなかった祖父に対し……正直良い感情は持っていない。


「ケント君の気持ちも分かるがの。

 凱人(がいと)さんの尽力でダンジョン庁の即応部隊が拡張され、緊急脱出アイテムの開発も進み……ダンジョン探索はより安全になったのじゃよ?」


「ええ、分かっています」


 祖父は公人としての責務を果たし、充分な成果を上げていた。

 そう理解はしているものの……個人の感情はまた別なのだ。


「それより、キーファの体調はどうでしょうか?」


「ふむ……」


 今までも、熱を出して寝込むことは何度かあった。

 地球の大気は”マナ”の含有量が少なく、亜人族の身体にはどうしても負担が掛かるらしい。マナ欠乏症と呼ばれる症状が、キーファは特に酷いという事だったが……。


「発作の間隔が短くなり、程度も酷くなっておる……ワシの予測が甘かったようじゃ」


 治次郎さんがモニターに映ったカルテを切り替える。

 詳細はよく分からないが、キーファのLP消費見通し……つまり彼女の寿命だ……を表わす数値を修正する治次郎さん。


「正直、厳しいのぉ……」


 ========

 氏名:大屋 キーファ

 年齢:8歳

 種族:ワーウルフ


 LP:803日→433日

 ========


「っっ!?」


 思わず息をのむ。


「マナ欠乏症の治療薬はいまだ研究中の劇薬じゃ。

 発作を抑えるたびに、キーファちゃんのLPは大きく減ってしまう」


「……はい。

 自分たちで何とかするしか、ないんですね」


 血がにじむほど唇をかみしめる。


「購入したダンジョンポイントでLPをチャージできれば良かったんじゃがの」


 ダンジョンポイントはフォロワーに投げてもらうだけでなく、日本ダンジョン探索者協会の公式ショップで買う事も出来る。

 探索者適性のない一般人が持っているダンジョンポイントは少なく、投げてもらうより買った方が安いので大抵の配信者は投げ銭の方を喜ぶのだ。


「いえ、ダンジョンポイントをLPに変換する装備を作ってもらえただけでありがたいですよ」


 キーファの狼耳に着けられたアミュレットを優しく撫でる。

 治次郎さんが作ってくれたコイツのお陰で、キーファに投げられたダンジョンポイントをLPにチャージできるのだ。


「ダンジョン庁で売られているダンジョンポイントは魔石から合成した人工物じゃからな……生命に干渉するにはが必要なのじゃよ」


「はい、何とかたくさんダンジョンポイントを投げてもらえるよう……頑張ります!!」


「ワシの方でも研究は続けておる……無理をせんようにな」


「はいっ! 何から何までありがとうございます!」


 俺は治次郎さんに一礼し、すっかり眠りこけているキーファを背負い自宅に向かう。


「……うにゅ~、ぱぱぁ~」


 俺の背中で寝言を呟くキーファに口元が綻ぶ。


(やはり、フォロワーを増やしてバズらせるしかないのか……ならば!)


 キーファの為に、派手な配信をするしかない……俺はひそかに決意するのだった。



 ***  ***


「……ん? これかしら」


 朝までかかった調査の末、それらしきアカウントを発見した凛。


「キーファちゃんねる……フォロワー数は2025人、ちゃんねる開設日は1年前か」


 零細ちゃんねるという訳ではないが、上位には程遠いフォロワー数。

 配信動画の再生回数も毎回2000回くらいであり、熱心なファンが付いているマイナーな配信者と言ったところか。


『こんにちは! キーファだよ~』


 直近の配信動画は昨日であり、動画のサムネイルをクリックするとのんびりとした少女の声が再生された。


「!! カワイイわね……!」


 ふわふわの銀髪ワーフウルフ。

 それに幼い。10歳には届いていないだろう。

 小学生のダンジョン配信者もいなくはないが、低学年というのは聞いたことが無い。


 一瞬で目を奪われた凛だが、動画が進むにつれこのチャンネルの登録者が伸び悩んでいる理由が分かってくる。


『え~いっ♪』


 ワーウルフの少女が戦うのは低ランクモンスターばかりであり、更にスタッフがある程度ダメージを与えているのか一撃で倒すばかりで探索のドキドキが全く無い。


「……惜しいわね」


 キーファと呼ばれた少女は掛け値なしに可愛い。

 彼女のポテンシャルならもっと上を狙えるのに……。


「おっと」


 思わずプロデューサー視点になっていた。

 凛はぴしゃりと頬を叩くと動画の細部に注目する。


「場所は……ドラゴンズ・ネストに間違いなさそうね」


 スライムと戦うレベルの探索者が、Aランクダンジョンに潜るとは信じがたいが……。


 しゃ、しゃっ


「ん?」


 動画に映るか映らないかの超スピードで、黒い影が画面を横切る。


『キーファ、次のモンスターが出たぞ~!』


 画面に姿は映らないが、男性の声が聞こえる。

 フォロワーのコメントを見ると”パパ”と呼ばれる人物らしい。


『うわぁ! 今度はガーゴイルさんだぁ!』


 少女の前に石像型のモンスターが出現する。

 小学生探索者には厳しい相手……だがよく見ればガーゴイルの鋭い爪は切り取られており、ふらふらと動きが鈍い。


(これは……!)


 少女が簡単に倒せるよう、HPが調整されている?


(凄いわね……!)


 それを凛レベルの人間が注意深く見ないと気づかないほど自然にやってのけるとは……。


 ドラゴンが出現したのと同じダンジョン……さりげない超絶技巧。

 パパと呼ばれる人物が、ドラゴンを拳でブッ飛ばした噂の人物だと凛はほぼ確信していた。


 ぴこん!


「ん?」


 その時、キーファちゃんねるの通知欄に書き込みが。


 <本日11時、臨時のダンジョン配信やります!>

 <場所は……>


「面白いわね」


 この配信動画をバズらせ、自分のプロダクションにスカウトする。

 そう考えた凛は、キーファちゃんねるのアドレスと配信へのリンクを桜下プロダクションのトップページ、おすすめコーナーに載せるのだった。


『ウワサのドラゴン動画の主、このチャンネルのスタッフかも!』


 というキャプションと共に。

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