第4話

「ぱぱ、今日もおつかれさまっ」


 ぎゅっ


 ダンジョン配信を終え、自宅に戻ってきた俺たち。

 部屋着(ピンクのワンピース。世界が終わるかと思うほど可愛い)に着替えたキーファが抱きついてくる。


「キーファもよく頑張ったな!

 ガーなんとかも倒せたし!」


 俺の腕の中でふにゃふにゃと笑うキーファの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。


「えへへ~。

 あの子はがーごいるさんだよ、ぱぱ」


「そんな名前だっけ? モンスターの種類をなかなか覚えられないんだよなぁ……キーファは天才だ!」


「さすキー!!」


「あうぅ、ほめすぎだよぉ」


 へにゃ、と狼耳を下げて恥ずかしがるキーファは宇宙開闢以来最高の可愛さだ。

 キーファの必殺技であるひっぷあたっくで倒せるよう、こっそりHPを削っておいたかいがあったと言えるだろう。


「ぱぱも、もう少しダンジョンの事べんきょーしてみたら?」


「俺は探索者学校に通ってないからな……」


 キーファを抱きしめながら、昔の事を思い出す。


「ふみゅっ?」


 小さい頃、周囲の友人と同じくダンジョン探索者に憧れていた。

 だが残念ながら、俺に探索者適性は現れず……ふてくされた俺は仕方なく大学進学を選び、受験に失敗して浪人生活を送ることになる。


 そんな時、モンスターの群れが俺の住んでいた街を襲った。

 ダンジョンからモンスターが溢れ出る”ダンジョンブレイク”。


 発生が深夜だったことが災いして、ダンジョン庁の救援部隊の派遣が遅れた。

 コンビニに夜食を買いに行っていた俺が気付いた時には、自宅はモンスターの群れに飲み込まれていた。


 眼前に迫るモンスター。

 俺が死を覚悟した時……突然探索者適性が目覚めたのだ。


 無我夢中で抵抗を続けるうちに、いつの間にか朝になっていた。

 救援部隊の活躍でダンジョンブレイクは抑え込まれ、俺はただ一人生き残ったのだ。


 失意のどん底に沈んだ俺は殺到するマスコミを避け、廃墟と化した街を歩く……その時、瓦礫の影からか細い泣き声が聞こえた。

 そこにいたのは小さな小さな狼の子供。


 生まれたばかりの、ワーウルフのキーファだった。


 何でダンジョンブレイクの跡地にいたのか、今でもよくわからない。

 だが、このまま放っておいたらこの子の命の火が消えてしまう。

 そう感じた俺は……キーファを自分の娘として育てることにしたのだ。


「キーファがこうしていられるのは、ぱぱのおかげ」


 俺が昔の事を思い出していることに気付いたのか、真面目な表情になると俺をじっと見つめるキーファ。


 吸い込まれそうな蒼い瞳。

 ほんのりピンクに染まったすべすべのほっぺ。

 ぶんぶんと振られるしっぽ。


 ああ、俺の娘はなんて可愛いのだろう。


「だいすき、だから……」


 ぐうううう~!


 真剣な表情から放たれた愛の言葉は、盛大なお腹の音にさえぎられた。


「ぷっ……晩飯にするか!」


「あううぅ~」


 恥ずかしそうに耳で顔を隠してしまったキーファをソファーに座らせると、俺はエプロンを装着して台所に立つ。


 今日のメニューは……キーファの大好きなハンバーグだ!!



 ***  ***


「むふ~、おいしい~♡」


 ぱくぱくぱく


「ほっぺにお弁当が付いてるぞ?」


「あうあう」


 俺の手作りハンバーグを美味しそうに頬張るキーファ。

 ダンジョン探索の休憩時間にお菓子を食べるキーファ、通称”ぱくぱくキーファ”はうちのちゃんねるの人気コンテンツだが、手料理を食べてくれるキーファを見るのはパパの特権である。


「ねえぱぱ、”ませき”を集めればもっとお金がかせげるのに、なんでやらないの?」


「ん~、そうだなぁ」


 モンスターを倒すことで得られる魔石。

 今やほとんどの家電や電子機器に組み込まれており、大幅な性能向上や省エネを実現した夢の素材だ。


 ソイツを回収するのが探索者の主目的ではあるのだが。


「魔石の種類はたくさんあるし、”精錬”するには色々覚えなきゃいけないし。

 そんなことに頭を使う時間があったら……キーファの為に料理の練習をしなきゃな!!」


 目指せ超一流レストランの味!

 である。


「それと筋トレだ!」


 プロテインを飲んで、バーベルを上げる俺。

 俺は魔法や派手なスキルを使えない。頼れるのは己の肉体のみである。


「お金には困ってないしな」


 ダンジョンブレイクの被害者に出る特別遺族年金やらキーファへの児童手当やらがあるので、二人で暮らしていくには十分だ。配信の副収入で貯金すらできている。

 キーファも数年後には中学生になるし、彼女は珍しいワーウルフ。

 役所への手続きやら進学の申請やら、やるべきことはたくさんあった。


「それはすごく、すごく嬉しいけど!

 ……おかねもちになったら、ぱぱにステキなおよめさんが引っかかると思ったんだけどな~」


「こらこら」


 愛らしい表情でとんでもないことを言い出すキーファのほっぺをむにむにする。


「あうあうあう」


 いつの間にそんな言葉を覚えたんだこの子は。

 やはり小学生にスマホを持たせるのは危険なのだろうか?


 ただ、キーファはダンジョン配信者だ。

 彼女が返信する可愛いコメントはうちのちゃんねるのキモであるし、ヤバいコメントは俺がすべて検閲済(手動で)

 それでも懲りないフォロワーには住所を突き止めて個人的にお話し(意味深)している。


「むむぅ」


 だがしかし、キーファも母親が居なくて寂しいのだろうか?

 彼女を娘にしてから7年と少し。

 ずっとシンパパ状態だったからな。


「むむむむぅ」


 キーファは天使以上に可愛いから、誰にでも好かれるだろう。

 だが子連れのアラサー高卒ともなると、婚活マーケットで苦労するに違いない。


「むむむむむむぅ」


「あぅ、ごめんねぱぱ。キーファの言ったことは気にしないで」


 思いのほか俺が考えこんでしまったからだろう。

 慌てた様子のキーファが俺の目の前にスマホを差し出してくる。


「そんなことより、ポイッターですごいバズってる動画を見つけたんだ~」


「……ん?」


 キーファからスマホを受け取り、画面を見る。


「なになに?

 ”ドラゴンを素手で倒す神現る”?」


 表示されていたのはとあるインフルエンサーのアカウントだ。

 アカウントのトップには、2分ほどの動画が貼り付けられている。

 どうやら緋城カナ(流石に俺でも名前は聞いた事がある)のダンジョン配信の切り抜きみたいだ。


「んんんん?」


 背景に映っているダンジョンは、俺たちが今日潜った”ドラゴンズ・ネスト”。


『グオオオオオオオオンッ!!』


 咆哮と共に、ドラゴンが出現する。

 動揺しているのか、映像がブレる。


 あれ、たしか緋城カナって上位ランクの探索者だよな?

 プレーンドラゴン(仮)にビビるなんて……ってあれ、このプレーンドラゴン、どこかで見たことがあるような?


 気になった俺が動画のシークバーを進めようとした時。


 どさっ


 何かが倒れるような音がした。


「……え?」


 顔を上げた俺が見たのは、テーブルに突っ伏して意識を失っているキーファの姿だった。


「き、キーファっ!?」


 俺はスマホを放り出し、急いでキーファを抱きかかえ外に飛び出すのだった。

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