第2話

 ――― 同日、1時間ほど前。


「よし、今日も頑張らないと」


 少女の名前は緋城(ひじょう) カナ。

 フォロワー150万人を誇る、AAランクのダンジョン探索者だ。


 純白のセーラー服に袖を通し、得物の日本刀を腰に差す。


(うう、恥ずかしい……)


 女子高生ダンジョン配信者の需要が高いことは理解している。

 この服装も得物も義父プロダクションからの指示だ。


(出来る事ならフルプレートアーマーを着たい……)


 女性探索者最年少でのAランク到達、最年少日本ランカー……数々の称号を持つ彼女は少し恥ずかしがり屋さんだった。


「緋城 カナ、いざ参ります!」


 カメラの向こうにいるフォロワーに向かい、勇ましく宣言する。


 <うおおおお、カナたん、頑張って!!>

 <オジサン応援してるからね!!>


(うう、がまんがまん)


 次々に投げかけられるコメントに赤面しそうになるが気合で抑え込む。


「今日は先日発生したAランクダンジョン、”ドラゴンズ・ネスト”を攻略します」


 ピッ


 認証キーを兼ねたスマホをダンジョンの入り口にかざす。

 上位ランクのダンジョンは危険なため、


 <うおお、マジか!>

 <ソロでAランク挑戦とか、やべーな!>

 <”ドラゴンズ・ネスト”ってまだダンジョン庁の調査が終わってないんだよな、危なくね?>


「大丈夫です。 実はわたし……ダンジョン庁からこのダンジョンの深度調査を受託しています」


 <おお、ダンジョン庁案件!>


「ダンジョンはいつどこで発生するか分かりませんからね。

 新規ダンジョンの調査もダンジョン探索者の大切な役目です」


 <さすカナ>

 <ドヤ顔すこ>

 <たまには笑ってほしい笑>

 <このクールな表情がいいんだろ?>

 <むしろ踏んで!!>


(はうっ、こんな大勢の前で笑えませんよ!)


 表情が硬いのは生まれつきである。

 できることなら家に帰ってふわふわソファーに寝転んでいたい。


(でもっ!)


 自身を孤児院から拾い上げてくれた義父のため、クールなJK配信者を演じるカナ。


「不適切なコメントはBAN対象なので気つけてくださいね?」


「それでは行きます」


 そうしてカナは、”ドラゴンズ・ネスト”の上層フロアに入っていった。



 ***  ***


「……おかしいですね?」


 ザンッ!


 鮮やかにグリフォンを両断したカナは、日本刀に付いた脂をぬぐいながら首をかしげる。


 Aランクダンジョンの割に、モンスターの出現が少ないのだ。

 しかも、あちらこちらに高ランクモンスターの残骸と魔石が落ちている。


「先客がいるのでしょうか?」


 入り口はロックされているものの、高ランク探索者なら自由に潜ることが出来る。

 誰かが攻略中なのかもしれない……そう考えたカナは下層フロアへ急ぐ。


「あら?」


 下層フロアに入ってすぐ、異変に気付くカナ。

 二人の女性探索者が薄暗いダンジョンの通路に座り込んでいる。


「…………」

「……素敵♡」


「え、えっと。大丈夫ですか?」


 見たことある顔だ。

 大手のダンジョン探索ギルドに所属するBランク探索者で、一緒に仕事をしたこともある。


「……あら、カナちゃん」


「ご無沙汰してます」


 カナが声を掛けると、我に返る二人。


「ねえねえ! さっき凄い人を見たんだけど!」

「レッドサイクロプスをパンチ一発で倒しちゃうしさ!!」

「絶対、噂の辻救助人だって! 都市伝説の!!」


「は、はぁ」


 二人の剣幕に困惑するカナ。


 レッドサイクロプスはAランクのモンスターで、高いHPと攻撃力を誇る。

 AAランクのカナでも注意を要する相手だ。


 それをパンチ一発で倒せるわけないのだが……彼女らは錯乱しているのかもしれない。レッドサイクロプスは幻惑魔法を使う事がある。


「待っててくださいね」


 カナはダンジョン庁の救護部隊に連絡し、二人を回収してもらった。


「……よし」


 このダンジョンは何かおかしい。

 慎重に歩みを進めるカナなのだった。



 ***  ***


 グオオオオオオオオオンッ!!


「そ、そんな!」


 下層フロアの奥で、カナは信じられない敵と遭遇していた。


 体長10メートルを超えるトカゲの化け物。

 圧倒的な攻撃力と防御力、全てを焼き尽くすブレスを武器とするSランクモンスター……ドラゴンだ。


「なんでドラゴンがAランクダンジョンに……!?」


 ”ドラゴンズ・ネスト”という仮称から、ドラゴン種が出現する事は予想していた。

 だが、Aランクダンジョンで出現するのはレッサードラゴンやワイバーンなどの亜種がほとんどで、純粋種のドラゴンが出現した記録は、ここ10年でもほとんどなかったはず。


 ブオンッ……


「くっ!?」


 尻尾の一撃を、辛うじてかわす。


 ドガッ!!


 黒水晶で出来たダンジョンの壁があっけなく粉砕される。

 まともにくらえば命はない。


 <や、やべぇ……ガチドラゴン!?>

 <このままじゃカナが殺られちゃうぞ! 誰か助けに行けよ!>

 <いやドラゴンなんか無理だって!>

 <だ、ダンジョン庁の緊急ダイヤルって551だよな?>

 <カナもここまでかwww R.I.Pっと>

 <荒らしうぜぇ! 通報したからな!>

 <荒らしにかまってる場合か! 誰か何とかしろよ!!>


 配信コメントも大荒れだ。


(どうする……!)


 本来ならSランク探索者パーティで対処すべき相手。

 ソロで戦うなんて自殺行為だ。

 幸い、緊急脱出用のアイテムは持ってきている……さっさと逃げるのが正解だろう。


(でも、もしここでわたしがドラゴンを退治すれば……義父は)


 自分を認めてくれるかもしれない。


 グオオオオンッ!


「……え?」


 一瞬の躊躇が致命的だった。


 ガバァ


 真っ赤な顎がカナに向けて開かれる。

 もう逃げられない……一瞬後にはドラゴンのブレスが自分を焼き尽くすだろう。


「あ……」


 脳裏に浮かんだのは、ひもじくも楽しかった孤児院での日々と、沢山遊んでくれた憧れのおにいちゃんの姿。

 カナは自身の最期を予見し、目を閉じた。


「うらあああっ!!」


 次の瞬間、一人の青年が乱入してきてドラゴンの腹を思いっきり殴りつけた。


 ドンンッ!!


「…………は?」


 一撃で昏倒し、光の粒子となって消え去るドラゴン。


「…………え、ドラゴンを素手、で?」


 ありえない、ありえない光景である。

 ドラゴンの皮膚は異様に堅く、いくら格闘スキルを極めていても素手でダメージを与えることは難しい。


「やっぱり名無しのプレーンドラゴンならこんなものか……これでフロアの掃除は終わったかな」


「…………ほえ?」


 プレーンドラゴン、初めて聞く単語である。

 そんなクリームの乗ってないマフィン、じゃないんだから……。


「う~ん、さっきのガーなんとかという石像なら、キーファも怖くないかなぁ……?」


 ブツブツとつぶやきながら上層フロアに戻っていく男性。


「……え?」


 ちらりと見えた横顔に、カナは見覚えがあった。


「もしかして……おにい、ちゃん?」


 たくさんのお菓子を持って孤児院に来てくれたカッコいいおにいちゃん。

 小さなワーウルフの女の子を連れて、いつもカナたち年長組と遊んでくれたっけ。


 かああああっ


 昔を思い出し、顔が真っ赤になる。


「ふわ、ふわわわわわっ!?」


 いつものクールな表情はどこへやら。

 頬を染めながらくるくると転げ回るカナなのだった。

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