御霊浸透

小日向ななつ

本編

◆◆0◆◆


 ああ、楽しい。楽しすぎて幸せだ。

 このためだけに俺は生きている。いや、これこそが俺の生きがいだ。


 高らかな笑い声を上げ、何をしていたのかわからないぐらい俺は楽しい気分に浸っていた。

 この世はチョロい、何しても許される。特に俺はなんでも許される、と心の中で叫び高揚する。

 ふと、俺は雲から顔を出した赤い月を見て口角を上げた。なんだかわからないけどとても楽しい。楽しくて楽しくて楽しくて堪らず、抑え込もうとした笑いがまた出てきてしまう。


 ああ、もっと楽しい気分に浸りたい。もっともっと楽しいことをしたい。


 そう思っているとどこかから悲鳴が聞こえた。


「人殺し、人殺しぃぃ!」


 叫んだのは女性だ。スーツを着ており、時間帯から考えると会社帰りのOLだった。そんな見知らぬ女性が叫び、大通りに逃げようとする。


 ちょうどいい。一度やってみたかった。


 俺は手にしていたナイフを握り直し、大通りへ駆け込んでいく彼女を追いかける。何、やることは決まっているさ。

 必死に叫び、どうにか生き延びようと足掻くかよわきOLの腹を掻っ捌く。そして綺麗に内臓を引きずり出し、悶え喚き命乞いをする彼女の声を聞き、楽しむ。

 最高で堪らなくて贅沢な楽しみ方をするだけ。


 ああ、堪らない。男だろうが女だろうが、足掻き生きようとするその瞬間を見るのが大好きだ。


「ハハハハハッ! 人がいっぱいだな!」


 最近、一人一人じっくり捌くのは飽きてきていたところだ。だからちょうどいい。

 たくさんの人がいる。大好きでみっともなく生きる人がいる。


 さあ、楽しもう。たくさんのたくさんの人が絶望に染まる姿を見るために。


◆◆1◆◆


 小鳥の囀りが窓の外で響く。今日も殺人的な日差しが窓から差し込み、俺を殺しにかかっていた。でも、そんなことどうでもいい。


 またあの夢だ。また俺は、たくさんの人を殺していた。


 妙なリアリティーがあって気味悪い。夢なのに耳には悲鳴と怒号がこびりついているし、手には人を刺して切り裂いた嫌な感触も残っている。

 この悪夢を見るたびにどんどんその感覚が強まっていくからなおさら気味悪い。


 まさかそんな願望があるのか? 俺、とびきりの平和主義なんだけど。

 そんなことを考えつつ、殺人的な日差しと悪夢によってびしょ濡れになったシャツを脱ぐ。タンスから適当なシャツを取り出し、着替えてから部屋を出た。


 いつもの朝、いつもの光景、いつもいる家族。

 濡れたシャツを洗濯機へ放り込み、俺は朝食が待っているリビングへ向かった。そこには仕事へ向かおうとしている父親がおり、食器を片づけようとしている母親の姿もある。


「おはよう」

「おはよう隼斗」

「結構寝てたな。体調悪いか?」

「いや。ちょっと昨日遅くまで起きててさ」

「夜更かししすぎはいけないわよ。今度は早く寝なさいね」

「そうだな。まあ、友達と遊ぶのもほどほどにしておきなさい」

「はいはい」


 いつもの朝、いつものやりとり。

 他愛もない会話を交わしつつ、俺は食事を取るためにテーブルの前に座り、何気なくテレビを見た。

 いつも目にするワイドショー番組が流れており、俺にとってとても興味がない事件報道がされ、それが終わるとこんなニュースが飛び込んできた。


『宮里死刑囚の死刑が先日執行されました。ですが宮里死刑囚は最後まで大暴れしたようです。なんでも〈俺は宮里じゃない〉と叫んでいたようですが』

『まあ、前代未聞の凶悪犯ですからね。一般人だけでなく警官にも手をかけ、合わせて三十人を殺害ですしね』

『死刑になって当然だと思いますよ。彼の場合、わかるだけでも百人も殺してますからね』


 どうやらこの宮里というのはとんでもなく恨まれているようだ。

 どうしてそんなに悪く言われているのかと思い、詳しく知ろうと耳を立てていると父親がテレビを消した。


「仕事に行ってくる」


 それはあからさまに不機嫌な声だ。原因は番組キャスターが口にしていた宮里だろう。

 一体どれほどの犯罪を起こしたのか。わからないけど、わからないほうがいいものかもな。


 俺は逃げるように去っていく父親の背中を見送る。そして姿が見えなくなった後、ゆっくりと朝ご飯をいただいた。


◆◆2◆◆


 本日も快晴。夏ということもあり、日差しは起きた時よりも殺意が籠もっている。

 求愛の声を響かせる蝉は暑さでやられているのか元気がなく、時折吹き抜ける風は灼熱を帯びていてキツい。


 ああ、暑い。これ去年よりヤバいんじゃないか?


 そんなことを思いながら登校し、俺は暑さにダレながら授業を受けた。通っている高校は県内有数の進学校ということもあり、進学に力を入れている。そのおかげか東大や有名私立大へ進む学徒が多い。

 まあ、俺はそこまで頭がよくないから関東にある適当な大学に進学予定である。つまり気楽な立場にある受験生だ。


 ただ、それでもここ最近とても大きな悩みを抱えている。

 それは悪夢のせいで寝不足ということだ。


 毎晩毎晩、気味悪い嫌な夢を見る。まるで自分が体験したかのような感覚に陥る悪夢だ。

 夏の殺人的な熱線が相乗していることもあって、とても目覚めが悪い。たぶんこの悪夢のせいで眠りが浅くなっている。

 だから最近、俺は授業中に教諭の目を盗んで寝ることが日課になっていた。


 でも、これもあまり上手くいかない。


「――――」


 そう、寝ると必ずあの悪夢を見るからだ。まるで忘れるなとばかりに俺の睡眠を邪魔してくる。

 最初はそこまで気にしなかったが、今だと飛び起きてしまいそうになるぐらいリアリティーを帯びていた。


 何なんだよこれ。


 俺は思わず叫びたくなる気持ちを抑え、黒板に目を向ける。授業担当の教諭はそんな俺に気づいていないのか、一生懸命に手にしていたタブレットを動かしていた。


 ある意味助かる。だけど――


 俺は口から飛び出しそうになった言葉を飲み込む。たぶん、言ってはいけない。言ったところで笑われるだけだし、真剣に聞いてくれない。

 そんな思いを抱き、口を閉ざす。本日も何ごともないことを祈りつつ、学校が終わるのを待ったのだった。


◆◆3◆◆


 本日も無事に一日が終わった。

 駅に辿り着いた俺はホッと胸を撫で下ろし、電車がやってくるのを待つ。何気にホームを見渡すと点々と人が立っていた。帰宅部だからか、俺の帰る時間帯は人がまばらだ。


 つまりのところ人の目も少ないという意味でもある。

 まあ、今はどこでも監視カメラがあるからそんなこと考えても仕方ないんだけど。


 それにしても、今日はいつになく人が少ない。このホームに立っているのは俺しかいない気がしてくる。

 もしかしたら悪いことし放題かも、と思っていると階段から数人のギャルが降りてきた。


「マジありえないんだけどー」

「それヤバいってぇー」

「別れちゃいなよ。ろくでなしだしぃ~」


 どんな話をしているのかわからない。ただ俺の近くに立ち、「アタシの彼氏マジ最悪ぅ~」と言っていた。

 おそらく惚気つつの愚痴なんだろう。そう判断した俺は聞いてないふりをして電車を待つ。


「もぉいっそ殺しちゃおっかなぁー。ムカつくし~」

「いいじゃんやっちゃお。浮気したんだし」

「マジ最悪じゃん。マジヤバじゃん」

「でしょでしょ。あり得ないっしょ」

「しかもあいつ、妹に手を出したんだよ。マジダメっしょ」

「うわぁ~、きもっ」

「でしょ~」


 ギャル達はどんどん盛り上がっていく。あまりにも盛り上がっているため、俺はつい目を向けてしまった。

 暑いこともあってか、彼女達は肌をはだけさせていた。チラリと見えそうで見えない胸元に、健康的な太もも。通っている高校が禁止していないのか綺麗に見えるように化粧がされており、まさに大人の階段を上っている途中と思える女子高生だ。


 ある意味魅力的であり、だからこそついつい俺は彼女達の悲鳴が聞きたくなった。

 もし、今ナイフを見せたらどうなるだろうか。切りかかったらどんな風に顔を歪めるだろうか。その腹に刃を突き立てたらどう啼くだろうか。そのまま引き裂けばどんな絶望を見せてくれるだろうか。


 ああ、殺したい。彼女達が奏でる悲鳴が聞きたい。


「ちょっと、何見てんの?」


 声をかけられ、俺は気がつく。慌てて「いや、なんでも」と返事をして前を向いた。

 するとギャル達が気味悪そうな顔をし、俺から逃げるように離れる。一体どんな顔をしていたのか、と考えたがそれよりも目を向けなければならないことがあった。


 なんであんなことを考えたんだ、俺は。


 まるで人を殺すことに楽しみを見出しているような思考だった。それは、俺が俺じゃない気もした。

 一体どうしてあんな考え方をしたんだ。いや、それよりもなんで楽しみを見出していたんだ。


 もし声をかけられなかったら、俺は何をしていた?


 不気味さが、俺の心を飲み込む。どうしてこんな考え方をするようになったんだ、とつい責めてしまう。

 だけどわからない。何もわからない。答えをどんなに求めてもわからないものはわからなかった。


 そんな俺の前に、電車がやってくる。いつものように甲高いブレーキ音を響かせ停車すると、扉を開いた。

 変わらない光景、変わらない出来事。だけどそれが、俺の中で起きた異変にさらなる不気味さを強める。


 帰ったほうがいい。考えないほうがいい。

 そう思うものの、なんだか怖くて堪らない。


 家族を殺しそうで、それが怖かった。


 俺はそれでも電車に乗る。それしかこの場から逃げる方法がない。

 でも、同時に俺は俺でなくなるかもしれない恐怖に苛まれるのだった。


◆◆4◆◆


 ああ、楽しい。楽しい。

 月が真っ赤だ。血のように真っ赤に染まっていて素敵だ。


「や、めろ……これい、じょう、罪を」

「口閉じろや」


 せっかく赤い月を楽しんでいたのにひどくムカつく声がした。だからそんな声を放ったおっさんの喉を掻っ捌いてやる。

 すると効果てきめんだ。おっさんは声が出せなくなり、それどころかヒューヒューと面白い音を鳴らしている。ああ、面白い。ホント面白い。


 あ、今まで気づかなかったけど地面が赤黒くなっている。たくさん人が転がっているし、その全ての顔は覇気がない。


 ハハッ、死んでる。みんな死んでる。俺に掻っ捌かれて死んでる。

 あ、じゃあ返り血がヤバいことになってるかな。臭くなってるかな。なら後で風呂に入らなきゃ。臭いと寝られないし。


 俺が後のことを考えているとまたサイレンが響いた。振り返るとそこには見たこともない数のパトカーがある。

 ああ、なるほど。警察が本気を出してきたか。


『お前は取り囲まれている! 観念して人質を解放しろ〈宮里涼弥〉!』


 ドラマとかでしか見たことがない光景が広がっている。いいね楽しいね、ゾクゾクするね。

 どうせここから逃げても退屈だ。逃げなくても退屈だ。


 なら、今を存分に楽しもう。


「ハハハハハッ! おまわりさん、一緒に遊びましょう!」


◆◆5◆◆


 とびきりに嫌な夢を見た。今まで見てきた悪夢の中で一番の最悪さだ。

 何なんだよこれ。まるで俺がたくさん人を殺したみたいじゃないか。ああ、嫌だ。見下した笑い声も、鼻につく鉄の臭いも、地面を汚す赤黒さも。

 止めようと駆けつけた警察官に突撃するなんて正気の沙汰じゃないし、何なんだよこの夢は。


「宮里涼弥、か」


 そういえば悪夢で警察が俺のことをそう呼んでいた。なんでそんな名前で呼ばれたんだろう。俺、新牧隼斗だし。

 もし名前を呼ぶなら宮里じゃなくて新牧だろ。


「はぁ……」


 シャツがぐっしょりだ。オマケにまだ深夜だし。これから寝ようにも悪夢のせいで眠気は吹っ飛んだ。

 嫌なことばかりだよ。


 にしても、宮里か。そういえば最近、そういう凶悪犯が死刑になったんだったな。


「…………」


 それはちょっとした好奇心だった。興味が出た、といえばいいだろうか。だから俺はその名前をネット検索する。

 すると宮里に関する記事がたくさん出てきた。どうやらとんでもなく有名な凶悪犯のようだ。


 俺は適当なネット記事を開き、宮里が犯した罪について読み始める。


〈最悪の大量殺人犯〉

〈宮里は2020年8月○○日深夜に○○県○○市の大通りで大量殺人を起こす。計画性がなく、ただ自身の快楽のために犯罪を起こしたと告げている〉

〈宮里はただ目についた人々を切り殺し、あろうことか駆けつけた警察官を殺害した〉

〈目撃していた人々からの110番が相次ぎ、非常事態と判断した県警は人員を掻き集め現場に向かわせる。だが、宮里は臆することなくあろうことか突撃する奇行に出る〉

〈多くの犠牲が出たものの宮里を取り押さえることに成功。しかし、この事件は今まで類を見たことのないものであり、単独犯としては最悪となる事件として記録された〉


 ネット記事を読めば読むほど宮里はヤバい奴だとわかった。

 そんな奴がどうして俺の夢に出てきたのだろうか。


 考えながら検索結果を眺めていく。すると妙に怪しい記事を見つけた。

 一度URLを踏むか迷ったが、見出しで凶悪犯宮里が住んでいた家の住所が載っていると記されいる。もしかするとこの夢を見ている原因がわかるかもしれない、と思い俺はクリックした。


 するとそこには先ほど見た記事と同じ内容が記されていた。ただ、少し下にスライドさせると見出し通りに住所が記載されている。

 見た限り、ここから近い。三つほど下ったところに宮里の実家があるようだった。


「行ってみるか」


 もしかするとこの悪夢の原因がわかるかもしれない。そんな思いを抱き、俺は行動に出る。


 時刻は五時半を過ぎたところ。それを確認した俺は、朝一の電車に乗ることを決め、準備を済ませて家を出たのだった。


◆◆5◆◆


 電車に揺られること一時間とちょっと。俺が住んでいる町よりも緑が広がる地域へやってきた。

 そろそろ目的地だ、と思っているとアナウンスが流れ、電車が止まる。俺は乗車券とお金を機械に入れ、無人駅へ降りる。


 目に入ってくるのは緑、緑、緑。たくさんの木々と草が茂っており、無人駅のホームも草で覆われていた。こんなところを利用する人はいるのか、と思いつつ俺はスマホを取り出し、地図アプリを起動させた。

 スマホの位置情報機能をオンにし、目的地には宮里の実家の住所を入力する。すると無人駅から結構近い場所に家があることがわかった。


 地図アプリを頼りに歩いて移動する。何気に点在する家を見てみると、過疎化が進んでいるのか人の気配がない。ほとんどの家の壁が剥がれ落ち、草やツタに飲まれ、中には窓ガラスが割れているものもあった。

 日本にまだこんな場所があるんだ、と思いつつ歩くと地図アプリが〈目的地に到着しました〉と言い放つ。


 俺は近くにあった家に目を向けた。そこは昔ながらの木でできた家で、他と同様に草に覆われている。

 ただ人が住んでいるのか自家用車があった。あまり手入れされていないようで、若干薄汚れていたけど。


 何にしても人がいるようだ。それを確認した俺は玄関に立った。

 そのままチャイムのボタンを押し、中から人が出てくるのを待つ。


「はーい」


 中から声が放たれ、閉じられていた戸が開く。そこに立っていたのは見たことのない女性だった。

 苦労してきたのか顔はシワだらけ。髪は真っ白であり、もしかすると父親よりも歳をとっているかもしれないと感じるほどだった。

 そんな女性の身体は割烹着に包まれている。昔ながらのお母さん、と言ったところだろう。


 だが、そんな年老いた女性を見て俺の頭の奥が叫び声を上げた。


「うあっ……」


 痛い。何度も何度もブスリブスリと突き刺されているかのように痛い。

 なんだこれ、なんなんだこれ。痛くて痛くて堪らない。


「だ、大丈夫かい? そうだね、中で休もうか」

「い、いい……」

「そう言わんで。やっと帰ってきたんだからゆっくりしな、涼弥」


 彼女は当然のように俺を涼弥と呼んだ。その瞬間、頭を支配していた激痛が弾け飛ぶ。

 俺は新牧隼斗だが違う。俺は、宮里涼弥だ。

 身体は新牧隼斗のもの。でも俺は、宮里涼弥である。


 一体何が起き、どうしてこんな訳のわからないことになっているのか。

 そんなことを考えているとおふくろが教えてくれた。


「黒鬼様を覚えているかい? あたしゃその巫女になったんだよ」

「黒鬼、さま……?」

「そっ。アンタが死んじゃいそうになったから黒鬼様に頼んで魂を入れ替えてもらったんだよ。ただそれでお父ちゃんが死んじゃったけどね。まあ、ろくでなしだったし最後ぐらい役に立ったからいい終わりだったかもね」


 ああ、そうだ。俺の家族はこんなんだった。

 何もかもがズレてて、俺もその影響を受けたんだ。ストレス発散のために虫や小動物を殺し始めたのが懐かしい。


「お入り、涼弥。今日はとびきりのごちそうを作ってあげるよ」


 優しい声をおふくろがかけてくる。でもそれは、とんでもない毒だ。

 俺はこいつが嫌いだ。親父よりも嫌いだ。


 自分の優しさを押しつけ、無理矢理いうことを聞かせようとするから大嫌いだ。


 だから俺は逃げた。でも上手くいかなくて、だからストレス発散として人を殺していたんだ。だけどそれも物足りなくなって、最後の最後で大暴れをした。

 ああ、そうか。俺がこうなったのはこいつのせいだ。

 なら、やり返さなくちゃ。


「いいって言ってんだろ!」


 俺はおふくろの首を掴み、壁に叩きつけた。するとおふくろは思いもしなかったのか、力なくずり落ちる。


 その目は、覇気がない。だけど異様な優しさに包まれている。

 余計に、余計にムカついた。


「そんな目で、俺を見るな!」


 感情のまま叫んだ。

 感情のまま拳を握った。

 感情のまま力を振るう。


 だけどおふくろは悲鳴を上げなかった。まるで全てを受け入れるかのように、ただただ黙っていた。

 ムカつく。ムカつく。ムカつく。

 そんな人形みたいなおふくろがムカつく。


 抵抗しろよ。

 暴れろよ。

 俺は赤の他人だ。

 最悪な殺人犯だ。

 そんな奴がお前を容赦なく殴っている。

 本気で死ねと思って暴力を振るっているんだ。


 アンタは、なんでそんな奴を受け入れる。


「やりすぎたか」


 気がつけばおふくろは事切れていた。顔は変形し、シワがどれほどあったのかわからないほどになっている。

 俺はそんなおふくろを離す。もういい、こいつは赤の他人だ。


 ただまあ、感謝はしよう。だって俺は、また楽しめるんだから。


「帰るか」


 第二の人生か。すぐに死ぬだろうけど、存分に楽しんでやろう。

 そう思い、かつての実家を後にしようとする。だが、おふくろに背を向けた瞬間に感じたことのない悪寒が背筋に走った。


『メシ、メシ、メシ……!』


 俺は振り返る。そこには真っ黒な鬼がいた。

 慌てて逃げようとするが、いつの間にか鬼に胸ぐらを掴まれている。そのまま身体を引き寄せられ、俺は首をかじられた。


「アアアアアッッッ」


 痛い。とんでもなく痛い。

 離せ、じゃないと俺が死ぬ。


『マズい! マズい! マズい!』

「ぎゃあああああっっっ」


 そういえばここはかつて、土地を守る神がいた。その神は土地を守るために力を振るってくれるが、その分の見返りを求めるという伝承があった。

 もしかするとこの黒い鬼はそれなのかもしれない。そして、おふくろが捧げた親父では物足りなかったのだろう。


 ああ、そうか。これが、俺の終わりか。


 貪り食われる。なんて、なんて情けなくて、俺にふさわしい終わりなんだろうか。


「ハハハッ」


 最悪だ。でも最高だ。

 これほど笑えることなんて、ないしな。


◆◆6◆◆


〈次のニュースです〉

〈先日、○○県○○村の民家で死亡している女性と少年が発見されました〉

〈女性は何者かに顔面を殴打されており、少年は無傷のまま倒れていましたが病院でその死亡が確認されました〉

〈警察は殺人事件として捜査を開始しており、周辺の聞き込みをしている模様です〉

〈なお、女性と少年との関係は不明で――〉

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御霊浸透 小日向ななつ @sasanoha7730

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