人々の黄昏

 モニターの小さな文字がカウントダウンを開始する。僕はそれを見届けてから席を立ち、ドアに向かって歩き出した。


「おいおい、どこに行くんだ? 持ち場の放棄は軍法会議モノだぞ」


 ここに来てから仲良くなった同僚が机から身を乗り出しながら僕に話し掛ける。


「外に出ようと思ってね」

「外だと? 正気か?」


 彼は目を細めてこちらを見ていたが、おもむろに上を向いて長い息を吐き、苦笑しながら立ち上がった。


「この期に及んで正気でいても仕方ないか。俺も出るよ」

「軍法会議にかけられるんじゃないの?」

「もう判決は出てるさ」 


 モニターに向かって黙々と作業を続ける人達の間を抜けて、僕達はエレベータールームへ向かう。三基あったエレベーターも今では一つしか動かない。

 その残った一つ、あちこちからきしむような音のするエレベーターに乗って僕達は地上近くまで移動した。ここに来るのは半年前ぶりだけど、瓦礫と埃でひどいことになっている。僕らはその瓦礫の中にあるはずの地上への出口を探した。


「やれやれ、しばらく来ないうちに散らかったもんだな」

「掃除する人がいないからね」


 しばらく壁や柱の残骸と格闘した後、奇跡的に使用可能な状態の扉を発見する事ができた。

 僕達はその出口を開け、半年ぶりに外に出る。


「見事に何もないね」

「一ヶ月前までは森林地帯のはずだったがな」


 目に飛び込んでくるのは一面の白。僕達の目の前には、どこまでも続くなだらかな白い平原が広がっていた。空は分厚い雲に覆われ、そこから雪が静かに舞い降りている。ふと横を見ると、地上からまっすぐ上にのびた雲が何本か見えた。


「お偉いさん方のロケットの跡だな」


 彼は肩をすくめながらそう言った。僕はその雲を見ながら考える。

 逃げてどうしようというのだろう、もうすぐ帰る場所は無くなってしまうのに。


「それにしても分からんなあ」

「何が?」


 彼は空を見上げながら話し出した。


「例えばだ、雨なら泣いているんだろうな、とか雷なら怒っているんだろうなとか想像できるんだが、この雪ってのはどういうことかな」


 僕は空を見上げてみた。冷たい雪が音を立てずに僕らに向かって降りてくる。

 一面の白

 薄暗い白

 冷たい白

 僕は何となくつぶやいた。


「見捨ててるんじゃないかな」

「……なるほどな。道理で凍えそうなわけだ」


 僕は暗い空を見た。凍てつくような灰色の空。

 そういえば最後に青い空を見たのはいつだろう。この場所に来るずっと前から見ていないような気がする。


「……そろそろだな」


 彼が腕時計を見ながら呟いた。

 僕は顔を上に向けて目を閉じた。

 思い出の中の青空は、遠すぎてよく見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る