episode6
「うわぁ、スゴイ人…」
高校の学校祭とは思えないほどの人の量。
週末、最寄り駅で茜と待ち合わせして来た東雲学園はものすごい人数の活気と熱気に溢れていた。
「東雲学園の学校祭の来場者数は、毎年約三万人と言われています。これは、全国でも上位に食い込む人数ですね」
清潔感のある白いブラウスに、デニム生地のロングスカートを身にまとった茜がいつものように説明する。
「ていうか、どこから回ります?かなり数がありますけど…」
僕は受付でもらった本格的なパンフレットを開く。
クラスや部活の数も多いので、出し物の数は異常な程ある。
「それなら大丈夫です。案内役がいますから」
「案内役…?」
「あ、来ました」
茜の視線の先を追うと、人混みの中でこちらへ向かって走ってくる女子生徒の姿があった。
よく見ると、左腕に生徒会の腕章がかかっている。
「茜、おはよー」
スラッとした高い背に、肩にかかる程度の軽いウェーブのかかった髪の毛を揺らして、茜に駆け寄って来た。
「おはようございます。あ、私の友人の一条飛鳥(いちじょうあすか)です」
「茜の唯一の友人、一条飛鳥です!」
紹介された飛鳥がぱっとした笑顔を見せる。
「あ、小笠原蛍太です」
「あぁ!あなたが、茜が嫌がらせで押し付けるどんな雑務もやり遂げる究極のお人好しの副会長さんね。茜から話は聞いています」
「何を吹き込んだんですか⁉」
僕はバッと隣の茜を見る。
茜は誤魔化そうと、下手な口笛を吹いていた。
いや、どんだけベタな誤魔化し方だよ…。
色とりどりな装飾が施された、活気溢れる人混みの中を歩いていく。
一般の人も多いが、さすが名門校ということか、警備員の多さも際立っている。
「東雲学園の学校祭は生徒主体を掲げてるの。自分のクラスだけじゃくて、学校祭全体を通して生徒が意見を出し合って決定される。後は…そうだ!」
一つの教室の前で、東雲学園の学校祭の特色について話していた飛鳥がピタリと止まった。
「学校祭の人気はよく、食品を販売する模擬店と言われるけど、東雲学園は模擬店じゃないクラスの人気も高い」
ある教室を見上げた飛鳥がそう言ったと思えば、ズンズンと中へ入っていった。
茜と僕も続けて入っていく。
教室の中は暗幕が掛かっており、イマイチよく分からなかった。
すき間から覗く光によって、ようやく辺りが見える薄暗さだ。
「佐々木さん、この二人乗せてくれない?」
飛鳥が近くにいた、真面目な雰囲気の女子生徒に声をかける。
「分かりました。二名様、こちらへどうぞ」
女子生徒が示した先には、大きな木の箱があった。
箱の中には、人が乗れるように椅子まで設置されている。
言われるがまま、またいで箱の中の椅子に座る。
多分、生徒が作ったものなんだろうが、意外と安心感があった。
「あの、これは…?」
「それは、お楽しみということで」
疑問を抱える僕に飛鳥がウインクをする。
「一体何でしょう…?楽しみですね」
茜がウキウキとした笑顔を見せたところで箱が動き出した。
さすがに自動ではなく、後ろで人が押しているのが分かったが、ワクワクとした気持ちは高まっていく。
何が始まるんだ…?
暗幕の中へと入っていくと、木や葉っぱが生い茂る不気味な雰囲気が醸し出されていた。
どこからか、僕達に向かって話す声が聞こえる。
かなりのクオリティだな…。
辺りを見回してそう思った直後、
突然赤いライトが照らし出され、警報音に似たものが響きわたった。
驚きで思わず、肩を一瞬震わせる。
何だ…?
その瞬間、僕の横にあった木と木の間から勢い良く何かが飛び出した。
ゴツゴツとした肌に、オレンジ色の巨大な生き物。
これって、まさか…。
ティラノサウルス…!?
その生き物を認識した瞬間、木の箱が動き出した。
さっきよりも、かなり、速く。
「うわっ」
そのスピードに驚いて、思わず気の抜けた声が思わず出てしまう。
速いスピードのまま、箱が上下左右にかなり揺れ、恐怖を感じる。
ウソだろ…。
学校祭でジェットコースターなんて…!
「お疲れ様でしたー」
先ほどの女子生徒が笑顔でそう言って駆け寄って来る。
「二人とも、どうだった?」
「めっちゃ本格的ですね、これ」
僕達を待っていた飛鳥に僕は箱を再びまたいでそう言う。
「でしょ?小笠原くん、叫んでたの聞こえたもん」
「ゔっ。それ、聞かなかったことに」
「無理だよ、面白かったから。私絶対覚えてると思う」
フフッと飛鳥が笑う。
その笑顔に一瞬、ドキッとしてしまう。
「茜ー、次行こうよ」
「…だから。いや、それは…」
顎に拳を当てて、一人でブツブツ呟いている茜の腕を飛鳥が引っ張る。
「飛鳥、強引に引っ張らないで下さいよ」
「まだ、色々と他にもあるからさ」
「ん゛ん、分かりましたよ」
華奢な腕を更に強引に引っ張る飛鳥に、茜が頬を膨らませ気味で答える。
仲良いんだな。
二人の姿を見て、自分でも知らない内に、なぜか僕は頬が緩んでいた。
それから僕達は飛鳥の案内の元、いくつかの教室を回った。
最初のジェットコースターにも驚いたが、他にもVRでの体感型ゲームや、コーヒーカップに脱出ゲームなど、その後も想像以上のクオリティを誇る学校祭に興奮していた。
「…そろそろお腹減りましたねぇ」
ものの数分で脱出ゲームをクリアし、教室を出た茜が言った。
「…確かに、そうですね」
苦戦して、ヘトヘトになった僕も共感する。
高校入学時に叔母に貰った腕時計の針は既に1時を指している。
「じゃあ、外の模擬店でお昼にしない?色々お店もあるし」
答えを知っているため、脱出ゲームには入らなかった飛鳥の提案によって、僕達はお昼にすることにした。
「悩みますねぇ。お好み焼きに焼きそば、たこ焼きも良いですし…」
ズラリと並んだ屋台の前で茜が悩み込む。
全部同じ系統じゃん…。
なんてことは口には出さない方が良いことぐらい、僕だって知っている。
「私はワッフルサンドにしようかなぁ。小笠原くんは?」
「僕は、焼きそばですかね」
「じゃあ、お好み焼きかたこ焼きですか。悩みます」
唐突に茜が言う。
「いや、僕の選択は関係ないんじゃないんですか?」
「ありますよ、分けっこ出来るじゃないですか」
食い気味に茜が答える。
この光景、前も見たことがあるような…。
「しませんよ」
「…ちっ」
舌打ちが聞こえたんだけど…、気のせいということにしておこう。
「わっ、すっごいいいニオイだね。焼きそば」
パックの焼きそばを買って、外に併設されたテーブルセットに座ると、飛鳥がクンクンと鼻をかいで、話しかけてきた。
「飛鳥さんのワッフルサンドも美味しそうですね。…って、あ、名前…」
茜が下の名前で呼んでいたのが移って、思わず下の名前で呼んでしまった。
「いいよ、全然大丈夫ー。まぁ、飛鳥さんって呼ばれたのは初めてだけどね」
「最近なんか丁寧語が移ってきて…」
「あ、茜でしょ。あの子、小さい頃からあんなんだし、抜けないんだろうね」
飛鳥は遠くでお好み焼きの列に並んでいる茜を見ながら、そう呟いた。
僕は割り箸を割りながら尋ねる。
「小さい頃から知り合いなんですか?」
「うん、茜の母親と私の母親が元々仲良くてね。でも、今日はびっくりしたなぁ。まさか、茜が誰かを連れてくるなんてね」
飛鳥はそう言って、含みのある笑みを見せた。
「…そうなんですか?」
含みのある笑みを浮かべられたら、そう聞かざるを得ない。
「うん、茜ってすっごい裏表のある性格じゃない?表は丁寧語の真面目なお嬢様。裏は自分勝手で口の悪いヤンキー風」
確かにそうだな、と思わず頷いてしまった。
茜が近くにいないかすぐに確認したが、まだ行列に並んでいた。
ホッとした僕を見て飛鳥が話し続ける。
「適度な距離で近付く人はいるけど、その距離は絶対に近くならない。つまり、茜には私以外の友達は多分いない」
ハッキリとした口調だった。
思えばこの一ヶ月、用事で茜のクラスに行く場面が何度かあったが、いつも茜は一人だった。
一回だけ、クラスの人と話しているのを見たが、それは確実に友達の距離ではなかった。
「だから、今日はびっくりした。茜は、小笠原くんのこと、信用してるんだね」
そう微笑む飛鳥は優しい表情をしていた。
「そう、ですかね…?あんまりそんな感じは無いですけど…」
「小笠原くん、茜の連絡先知っている?」
「え?あ、はい」
唐突な質問に戸惑う。
茜の連絡先はメッセージアプリで、今日の為に交換はしたけど…。
急になんの話だ…?
「茜にとって、それって凄い事なんだよね。茜は本当に親しい相手じゃないと、絶対に連絡先交換しないから。信頼されてる証拠だよ」
「…でも、今日の為に交換したんじゃ」
僕が眉をひそめると、上から声が振ってきた。
「何の話してるんですか?」
ビクッとして視線を上にあげると、そこには茜の姿があった。
やばい…と今後の展開が一瞬頭に過ぎったが、茜の瞳は純粋、無垢なものだった。
良かった。
大丈夫そうだ…。
僕はホッと息を吐いた。
「んー?世間話。ていうか、茜、お好み焼きと焼きそばどっちも買ったの⁉」
「お好み焼きと焼きそばまではどうにか絞れたんですけど、どっちかは選べなくって…!」
茜は匂いがプンプンと漂うお好み焼きのプラスチックパックと、焼きそばのパックを掲げる。
「…で、どっちも買っちゃいました」
茜は笑顔で言うけど、そんなに食べられるのだろうか?
一見少食に見える。
「どおりで、遅いと思った」
そう、飛鳥が笑った瞬間、スマホの着信音が鳴り響いた。
僕も思わず、ポケットからスマホを取り出したが、時刻だけが表示された。
「あ、私だ。ちょっとごめんね」
飛鳥は鳴り響くスマホを手に席を立って、人の少ない木の影の方へと歩いていった。
「茜会長、そんなに食べられるんですか?」
「しっ。静かにしてください」
茜が人差し指を口元に当て、僕をギロリと睨んだ。
茜のこの光景にも慣れたもので、恐怖はほとんど感じなくなっていた。
何してるんだ?
僕は気になって茜の視線を追う。
茜は真っ直ぐすぎるほど、真っ直ぐにスマホを耳に当てている飛鳥を見ていた。
静かにしていると、とぎれとぎれになんとなく会話が聞こえてくる。
「…はい。それは…が…。犯人は…」
ん?
犯人って言ったよな?
何の話をしてるんだ?
ダメだと分かってはいるが、内容が気になって聞き耳を立ててしまう。
「こっちは…。警備員も…なので。…脅迫状は…。警察には…」
脅迫状?警察?
不穏なワードが聞こえてくるのと同時に、僕の胸もザワザワとする。
背中の毛穴が開いて、悪い予感がたっぷりと溶け込んだ汗が滲み出てきた。
「…分かりました。ではまた」
飛鳥が耳元からスマホを離し、憂鬱そうに一つ、ため息をついた。
そして、戻ろうとしたとき、僕と目があった。
ヤバっ。
見てたの気づかれた⁉
だけど、飛鳥が口を開く前に茜が声を出した。
「飛鳥、何か隠していませんか?」
ハッキリとした口調だった。
真剣な瞳で茜は飛鳥を見つめる。
この顔、どこかで見たことがある。
飛鳥は口を一文字に閉じたまま、黙り込む。
二人の視線が真っ直ぐぶつかる。
静かな火花が僕には見えた。
その緊迫感に息をするのも忘れてしまう。
だが、数秒の沈黙、先に口を開いたのは、飛鳥だった。
「…やっぱり茜に隠し事は出来ないね」
アッサリと飛鳥は肩をすくめて微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます