episode4
「…ふぅ」
どこまでも続きそうな長い廊下の端で僕は一つ、心にわだかまっている重く激しい物憂いを出し切るように息を吐いた。
あれから一ヶ月。
僕は一応副会長として、茜とともに生徒会の運営に携わるようになった。
やってみると、意外にも特に想像していたことにはならず、平和な毎日が続いている。
達成感もあるし、意外と楽しい。
主に雑用だけど…。
「茜会長、備品取ってきましたよ」
生徒会室の扉を開けた僕は、ブルーライトカットのメガネをかけてパソコンと向き合っている茜に声を掛ける。
茜に対してはもう敬語が染み付いていたのでこのままで行くことにする。
まぁ、正直急にタメ口にしたら怒られそうだし…。
「ありがとうございます。机の上に置いておいて下さい」
「あ、はい。他にやることありますか?」
「じゃあ、そこのプリント全クラス分コピーしてくれますか?」
「分かりました」
生徒会の仕事は想像以上に地味で、仕事量があった。
地味でキツイ。
最悪な内容だ。
僕が助けになってるかは分からないが、正直、茜一人で運営していたのは奇跡だったのではないかと疑いたくなる。
茜はというと、時々話すことはあっても大抵真面目に仕事をしていて、コロコロと態度が変わるということも無かった。
なんか、イマイチ掴めないんだよなぁ。
あの人。
そんな事を考えていると、閉められた生徒会室の扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
真剣に作業をしている茜をチラリと見て、僕は扉をガラリと開けた。
そこには、スーツ姿の20代後半か30代前半位の男性が立っていた。
アイロンがかけられピッとしたワイシャツに、ピンと伸びた背筋から真面目さが伝わって来る。
どこかで見たような…?
「あれ、君は…?」
男性がキョトンとした表情を浮かべる。
僕が副会長になってまだ日が浅いから、当然の反応だ。
「あ、副会長の小笠原蛍太です」
「あぁ、君が…。生徒会はどう?」
「え、あ、大変ですが、毎日楽しくやらせて頂いてます」
急な質問に戸惑いながらも、何とか言葉を出す。
「まぁ、まだ一ヶ月だしね…」
なぜか、ニコリと微笑む男性に僕は既視感を覚える。
やっぱりどこかで見たことが…?
と、その時。
「理事長、何しにいらしたんですか?」
いつの間にか、茜が隣に来ていた。
その口調は、表面こそ丁寧だが、舌打ちでもしそうな毒の含みのある言い方だった。
初めて会った時に似ている…。
僕は完全に恐怖を覚える。
どうにかして、ここから抜け出せないだろうか…。
…て。
「え、理事長⁉理事長がどうしてここに…」
言われてみれば、入学式で見たことがあった。
随分と若い理事長もいるんだな、と軽い眠気の中で思っていたことを思い出す。
酸欠の金魚のように口をパクパクさせる僕に、理事長が背筋を伸ばす。
「桜丘高校理事長の久我匠(くがたくみ)です。茜がお世話になっています」
「あ、はい。ってんん…?」
呑み込みそうになったが、言葉の違和感に気付いた。
「理事長は私の伯父です」
なるほど。
瞬時に納得した。
この真面目さ。
そして、さっきの既視感は茜のものだったのか。
まさか、裏表のある性格まで似ているなんて…。
「で、何しに来たんですか?用が無いなら」
「学校祭の準備の進捗を確認しに来たんだ。もう一ヶ月を切ってるだろ」
茜が文句を言い終える前に理事長が鋭い口を開いた。
本当似てるな、この二人。
しみじみ感じる。
「…はぁ。準備は順調です。来週からの準備期間も整えてますし」
ワザとらしいため息と共に茜はそう口にした。
「ならいいが。先週、隣町の青ケ池高校の学校祭で火災があった。火の取締などには十分気を付けること」
「分かってますよ」
茜の明らかに不機嫌な態度に、僕は一人おろおろとする。
理事長がこれで不機嫌にならないのか。
二人の火種が僕に向かってこないよな…。
「それじゃあ、小笠原くん、よろしくお願いします」
「え、あぁ。はい」
一人で考えていた僕は、何を頼まれたのか曖昧だったが、とりあえず頷いた。
「じゃあ、学校祭は頼んだぞ」
そう言って理事長は扉を閉めていった。
良かった。
面倒な事にはならなかった。
僕がそう安心したのもつかの間、
「うるせぇんだよ。あのジジィ」
そんな声と共に舌打ちが聞こえた事は、僕は知らなかった事にする。
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