episode3
「さて、ここへ来てくださったということは、副会長へのやる気が起きたんですね?」
生徒会室へ入った途端、茜が頬を上げ、嬉しそうに声を掛けてきた。
そんな顔を見ると、罪悪感に包まれそうになる。
「いや、呼ばれたからで…。というか、あの呼び出し何なんですか?僕は副会長じゃないですよ」
「でも、放送を聞いて、ここに来てくださったということは副会長だと認めになさったと思ったんですが」
「そういう訳じゃ…」
「どういう訳ですか?私にも分かるように教えて下さい」
食い気味に茜が迫ってくる。
その大きく見開かれた瞳に恐怖を感じる。
「いや、えっと…」
しどろもどろになる僕に茜は更に迫ってくる。
「小笠原さん、教えて下さい」
「いや、あの…」
僕は視線を泳がせる。
一体何を言ったらいいんだ。
焦って何も言葉が出なかった。
「…分かりました。小笠原さん、副会長は嫌なんですね。残念です」
そんな僕の様子を見た茜は哀しそうな表情でそう言い、がっくりとうなだれた。
「え」
急にしおらしくなった茜に僕は驚く。
どうしたんだよ。
「…小笠原さんがやらないのであれば、桜丘高校生徒会は私一人で運営します。…先生方には反対されると思いますが」
「えっ」
「…小笠原さんも誤解解くの大変だとは思いますが、頑張って下さいね」
「誤解…?」
「先ほども二人で話していたので広まっているかもしれません。小笠原さんが副会長ということが」
「あっ、」
茜の態度の豹変ですっかり忘れていた。
確かに誤解を解くのは大変かも…。
「小笠原さんと活動出来たら、仕事の負担も減って良いと思ったんですが」
「あ、あの。違う人に副会長をやってもらえば良いんじゃないんですか?会長の事を信頼してる人も沢山いますし…」
僕はずっと抱えていた疑問を投げかけた。
茜は僕のクラスだけでもかなりの信頼度がある。
さっきもいるだけで、あんなに人が集まってきたし。
慕っている人も多いはずだ。
「それは、昨日申し上げた通りです」
「僕みたいな凡人、どこにでもいます。大変なら紹介しますよ」
気付けばちょっとムキになっていた。
言い過ぎたかも…。
無言でうつむく茜を見て怯える。
「あ、いや、今のはちょっと言い…ってあ」
茜が肩を震わせていた。
泣いてる…!?
「…っ、詳しくは言えないのですが、副会長は小笠原さんにお願いしたくて…。…でも、もう無理ですよね。私のワガママに付き合っていただき、ありがとうございました」
目元を拭った茜が優しく微笑んだ。
それが僕の良心の核を突いた。
「あの…。やっぱり僕やりましょうか?会長一人って大変そうだし…」
「え…?本当ですか?」
「あ、はい。役に立たないかもしれないですけど」
「じゃあ、ここにサインを」
いつの間に手にしていたのか、茜がクリップボードとペンを渡してきた。
クリップに挟まれた紙には副会長任命書と書かれている。
僕はサラサラと書きなれた名前を連ねていく。
「書けました」
茜はすぐに僕からボードを奪って確認し、無言で生徒会室の奥にある扉へと姿を消した。
…ていうか、結局引き受けちゃったけど、大丈夫なのか?
茜を待つ間、心の隅にそんな不安が芽生える。
あの人、態度がコロコロ変わるし…。
てか、昨日のこともあるし。
僕は忘れかけていた事実を思い出した。
もしかして、決断ミスった?
いや、でももう引き返せないし、大丈夫だと思いこむしかない!
そう思い、決意の拳を握りしめた時、ガチャンと音を立てて奥の扉から茜が出てきた。
「じゃあ、早速説明しちゃいますね」
その表情はニコニコとしていて、今にもスキップをしそうな位、ご機嫌だ。
本当に態度がコロコロ変わるな。
そう思った瞬間、茜の制服のポケットから何かが落ちた。
「何か落としましたよ」
僕は床に転がった小さな物体を拾う。
それは、目薬だった。
花粉症とかなのだろうか?
「え、あ、ありがとうございます」
視線を空中に泳がせて、明らかに動揺しながら目薬を受け取る茜に僕は不審感を抱く。
あっ、
ハッとした。
「…もしかして、さっき泣いていたのって」
「っぁあ、先生に呼ばれていたの忘れてました。ので、失礼します!」
僕が言い終わるよりも先に、視点の定まらない茜が早口でそう口走り、ドアを開けっ放しにして駆けて行った。
嘘泣きだったってこと⁉
じゃあ、本当に決断ミスったかも!!!
僕は日の落ちた生徒会室で一人、頭を抱えてうなだれた。
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