第6話 火星人のフリをして

「…うん、出来た!」

程良い達成感と共に、私は万年筆を机の上に乗せる。

初めて万年筆使ったけど、なんかちょっと緊張したぁ。

緊張の糸が解けたことに一つ、息を吐く。

「…一回読んでみようかな?」

黒く染まった手紙を見つめて、私はそうつぶやき、文字に目を通した。

『立花美月様

突然のお手紙、失礼致します。

単刀直入に申しますが、私は地球から7528万キロメートル離れた星、火星に住んでいます。つまり、火星人です。実は火星では地球の情報はほとんど無く、地球の情報を得る為に、あなたと文通がしたいのです。もし、文通をして頂けるのなら同封した封筒に手紙を入れてポストに入れて下さい。あなたのお返事お待ちしています』

…こんな手紙が実際に届いたら不気味かも。

でも、とりあえずはこの可能性にかけるしか無いし。

決心の気持ちも込めて、私はひとつ、頷く。

「…書けましたか?」

「わっ!」

突然後ろから声を掛けられて、思わず飛び上がった。

「あ、すみません。驚かさせてしまいましたか?」

そんな私を見て、ひょっこりと声の主の少女が申し訳無さそうに首を出した。

「びっくりしました…」

心臓の鼓動はまだドキドキしている。

「…あれ、これってもしかして星の手紙を元にしてるんですか?」

「星の手紙…?あぁ、はい。美月がその本好きで」

一瞬なんの事かと思ったけど、星の手紙とは本の題名だ。

「私も好きです、その本。続編のラストも感動しますよねぇ」

少女が瞳を閉じて、ウットリとした表情を浮かべる。

「続編…ですか?」

「はい、知りませんでしたか?確か、一年前位に出たんですよ。ぜひ読んでみて下さい」

「あ、はい。あの、この手紙って…」

「あぁ、その手紙はあそこにあるポストに入れて下さい。差出人は書かなくて良いので」

少女の示す先には、室内という違和感漂う赤いポストが置いてあった。

あそこに出すだけで、本当にこの手紙が過去に届くのだろうか。

心の隅に芽生えた不信感をもぎ取るように頭を振る。

やるしかない…!


「ここに…入れるんですよね?」

透き通るような真っ白な封筒を赤いポストにかざす。

色の対比が色見本帳のように見える。

「はい、入れて頂ければ美月さんに届くはずです」

「分かり…ました」

ゆっくりと手紙をポストの底へと向かわせる。

やがて、手紙が底へと当たったのが分かった。

普通のポストと変わらないように見えるけど…。

ゆっくりと手を離すと、カタンと手紙が底へ倒れる音が響いた。

「これで大丈夫ですね」

緊張感が解けたのと共に、少女が声を掛けてきた。

「あの…返事って」

「美月さんが返事を書けば、このポストに届くはずですよ」

「え、このポストに…ですか?」

私がポストに目を向けた瞬間、カタンと手紙が底へ倒れる音が響いた。

「え…?」

私も少女もポストには手を触れていない。

だから、手紙が倒れる音はしないはずなのに…。

どういうこと?

考えるほど頭の中の収拾がつかなくて、事と事を結ぶ糸が絡み合ってパンクしそうになる。

「楓さん、ポスト開けてみてください。そうしたら分かりますよ」

「はい…」

少女から鍵を受け取って、恐る恐るポストの扉を開ける。

「え…手紙?」

ポストの中には一枚の手紙が入っていた。

もしかしてさっき私が入れたもの…?

そんな考えは手紙の封筒を見た瞬間に変わった。

「うそ…」

それはさっき私が美月に送った手紙に同封した封筒だった。

絵柄が入っているものだから、その違いはすぐに分かる。

この一瞬で本当に…?

「楓さん、開けてみてください」

「あ、はい」

のりで止められた封をソッと開ける。

ペリ、というのりが剥がれる音がシンとしたこの部屋に響く。

「手紙…」

封筒の中には一枚の便せんが入っていた。

そしてそれは、確実に見覚えのある字で書かれていた。

何度も何度も見たことのある文字。

「美月の字だ…」

現実離れした光景に思わず息を呑む。

だけど、いつの間にかそのまま、手紙を読んでいた。


『初めまして。お手紙ありがとうございます。突然の事で驚いたのですが、あなたは本当に火星人なのですか?あまりにも現実離れのした話で、にわかには信じられないのです。そこで、もしよろしければ火星人、あなたの事をもう少し教えてもらえませんか?もし教えて頂けるのならば、私も文通を通して地球の情報を教えます。

それでは、良いお返事をお待ちしています。

立花美月』


「本当に過去に手紙が届いたんだ…」

よくよく封筒を見てみると、1月22日の印が押されていた。

幽霊話よりも信じられない。

夢のような現実に、手が震えてくる。

「…封筒と便せんは机の引き出しに入っているので自由に使ってくださいね」

「あぁ、はい…」

頭の中に白いもやみたいなものが広がっている中、つぶやきに近い声で私は答えていた。

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