第5話 手紙の書き方

「良かったらこれ、使ってください」

少女が真っ白い便せんと封筒、そして高そうな万年筆を机の上に置いた。

「あ、ありがとうございます。あの…本当に過去の美月に届くんですか?」

「はい、楓さんもきっとすぐ分かりますよ。…それより、手紙を書く上で守って頂きたいルールが二つあるんです」

「ルール?」

「はい。まずその一。現在の状況を伝えないこと」

「現在の状況…」

どういうことなのか、なんとなくピンと来ない私に、少女は微笑みながら説明する。

「はい。例えば、美月さんがいなくなってしまったことや、未来から手紙を送っていることを伝えてはいけません」

「えっ」

難しい…。

急激に難易度が上がった。

そんな私の考えもお見通しとばかりに、ふふっと笑った少女は話し続ける。

「そして二つ目は自分の名前、つまり、自らが楓さんであることを名乗ってはいけません」

「ええっ。じゃあ、どうやって…」

「それは、楓さん自身でお考え下さい。ルールを破ってしまうと、手紙は届かなくなってしまうのでお気を付け下さい。…では私はこれで」

「あっ、待って下さい。ひとつ、聞きたいことがあるんです。過去って一体いつなんですか?」

笑みを浮かべて立ち去ろうとする少女に慌てて声を掛ける。

「それは…。そうですね、うん、楓さんの場合は二ヶ月前ですね。では」

少女は少し考え込む様子を見せて、奥の部屋へとあっという間に行ってしまった。

「…どうしよう」

真っ白な便せんを見て、私はそうつぶやいていた。


「…うーん、どうしたらいいの⁉」

コートを脱いで、椅子の背に掛けた私は万年筆のペン先を上に向けて、頭を抱える。

自分の名前、そして今の状況を言わずに美月と文通するなんて、不可能としか思えなかった。

というか、そもそも何から書き始めたら良いのか分からなかった。

動かない頭とペンについ、イラッとしてしまい、頭が混乱していく。

「…あぁ、訳が分からない」

魂も一緒に抜け出ていきそうな、深いため息を思わずついてしまう。

と、その時後ろから声を掛けられた。

「…お悩みですか」

「え?あぁ、はい…」

急に現れたおじいさんの声にびっくりしながら私はコクリと小さくうなずく。

「何から、どうやって書いたら良いのか分からなくて…」

そう言っていく内に更に心の中で、不安と混乱の風船が膨らみ続けていく。私には手紙を書くことなんて無理なんじゃないか。そんな思いさえ芽生えてくる。

そんな私を優しい視線で見つめたおじいさんは、にこやかに話し出した。

「…確かに、過去への手紙なんていきなり言われると困りますよね。ルールも難しいですし」

「…はい。正直全然かけません」

おじいさんには少女とはまた違う、温かい優しさがあった。

「みなさん、そうなんです。よくここで書けないともがき苦しんでますから」

「そうなんですね」

そういえばさっき、ここにはいろんな人が来るって言ってたっけ。

「でも、答えはもう楓さんの今までの中にあるんじゃないんですか?」

「私の…今まで?」

「はい。もう一度じっくりと思い出して、考えてみれば何か分かるかもしれませんよ」

「そっか…うん。ありがとうございます」

おじいさんがゆっくりとした足取りで奥の部屋へと消えていくのを見て、私は頭を整理する。

そもそも、どうして美月はいなくなったのか。

私が知っている限り、美月は頭も性格も良く、みんなから慕われていた。

美月の両親は街を支える医者で、美月もいつしか医者になりたいと口にしていた。そして、家のことにも誇りと責任持っていて町のみんなはみな期待していた。

受験も上手く行ってたみたいだし、悩みとかはあるようには見えなかった。

私の思い出の美月はいつも笑顔だったし…。

だとしたら、どうして美月は家を去ったのだろう…。

もしかして、私が知らない所で何か悩みを抱えていたのだろうか。

じゃあ、何か悩みが無いかと聞いてみるのも一つの手だよね。

後は、どうやって書いたら良いのか。

何か方法があるはず…。

私は目をつぶって、机を爪で四拍子に叩いて考える。

私の今まで…。

どこかにヒントが…。

「文通…。知らない人と…」

単語をミルクで湿った口の中で転がし続ける。

こんなフレーズ、どこかで聞いたことのあるような…。

「…あっ!」

その瞬間、今までぼんやりとひろがっていた予感が、急速に一個の形に収縮されてゆくのを感じた。

「そうだ…。あの本!」

私は前に美月に借りた本を思い出した。

『宇宙の手紙』という題名。

火星人と普通の中学生の少女が文通をするという内容の本だ。

あれを元にして手紙を書いたら、返事が来るかもしれない。

美月はあの本が大好きだったから。

「よし、やるぞ!」

自分の気持ちを高めるように、思いっきり口にして、私は紙にインクを乗せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る