第3話 古びた洋館と謎の少女

「…寒っ」

やっぱり春物コート一枚じゃ寒かったか。

春といえども、ここは田舎の北国。

どうやら春物コートはまだ先みたいだった。

「ていうか、この辺…だよね」

赤く丸印のついた場所に行けば、なにかしら美月へのヒントが見つかるかもしれない。

そんな想いに駆られて、私は美月の家を飛び出していた。

だけど…。

「でも、やっぱり空き地だったと思うんだけど」

この辺はあんまり来ることはないけど、田舎なので、町の地図はだいたい頭に入っている。

なにか家とかが建ったりしてたら、すぐに情報が回ると思うんだけど…。

そんな事を思いながら、数年前にシャッターを下ろした商店を通る。

この隣、だよね…。

期待と不安が入り混じった瞳で、視線を動かす。

「…うそ」

そこには、周りに木々が生いしげる古びた洋館が建っていた。

この前まで空き地だったはずなのに…。

どうして…。

見る限り、最近建てられたとは思えない。

ところどころにサビが目立ち、草のつるが洋館を包み込んでいる。

まるで、なにかゆうれいでも出そうな雰囲気をかもし出している。

「美月がここに…?」

ホラー系が大嫌いな美月がここへ入っていったとは信じ難かった。私だってここへ入るだなんてかなりの勇気がいる。

でも、ここに入らないと美月は見つからないかもしれない…。おばさんたちにも笑顔になってほしいし…。

周りの空気を胸いっぱいに吸って、こぶしを握り締める。

「よし、行こう」

木々を抜けて、洋館に近づいていけば行くほど、不思議な空気感を感じる。

まるで、どこか童話の世界に来てしまったようだ。

ガレキが散らばった低い階段を上がり、重たそうな木製のドアを二度、叩く。

「すみませんー!」

シーン。

数秒経っても誰も出てくる気配が無い。物音だって何一つない。

そもそも、ここって誰か住んでるのかな?

いや、でも無断で家に入るのはなぁ。

と、ためらっているとドアの向こうから急に声が聞こえた。

「合言葉をお願いします」

「わっ」

突然の声にびっくりして、危うく階段からコケそうになる。つま先立ちでなんとか姿勢をこらえて…無事、元の体形にもどった。

おじいさん…?

その声は上品なおじいさん、まるでマンガとかドラマでよく見る執事みたいな声だった。

この辺では聞いたこともない声。

というか…。

「合言葉?」

「はい、ここへ入るのは合言葉を言ってもらう必要があります」

合言葉って…。

一体ここは何なのか?そんな疑問が膨らんでいくのを感じながらも口を開く。

「あの、ちょっと聞きたいことがあるだけなんですけど……」

「申し訳ございませんが、合言葉をお願いします」

「そう…ですか」

当然だけど、合言葉なんて知らない。

さすがに、開けゴマとかじゃないだろうし…。

帰るしかないのかなぁ。

一つ、ため息をついた時、ある考えが頭を巡った。

美月はどうしたんだろう?

もしかして…。

私は慌ててコートの浅いポケットから紙を取り出して、ペンの光を当てる。

「…あった」

さっきは地図に夢中で気付かなかったけど、下の方に小さな文字で『ノックを二回。星の手紙』と書かれていた。

ノックを二回はたまたまクリア出来たんだ。

ということは…。

「星の手紙」

そう口にした瞬間、ガチャリと鍵が開けられる快活な音がした。

合ってたんだ…。持ってきててよかった。

「どうぞ」

両開きの重厚感のあるドアがゆっくりと開く。

ドアを開けたのは想像通り、おじいさんだった。

しかも、しっかりと整えられた白髪に、白い髭を生やして、スーツまで着ている。

本当に執事みたい、と若干感動を覚える。

とりあえず、一歩踏み出すと、触り心地の良さそうな赤いカーペットのひかれた長い廊下がそこにはあった。

廊下の端には、木製のドアが見える。

洋館の中は見た目よりも、手入れがされていて、きれいだった。

「…あの、美月、立花美月がここに来ませんでしたか?私と同じ、高校三年生で髪が長くて…」

「その方がどうかいたしましたか?」

「いなくなったんです!今日の朝、置き手紙を残して…。それで美月の机の上にここの地図が書かれた紙が残されてて」

いざ声を出してみると、意外にも自分が焦っているのが分かった。

息継ぎをせずに言い切ったので、ゼエゼエと息が詰まる。

「そうでしたか…。では、こちらへお越し下さい」

「え…?あ、はい」

おじいさんは表情を一切変えずに、廊下の奥へと歩き出した。

どういうこと…?

心の隅で疑問を抱えながらも、とりあえずおじいさんについて行く。

「どうぞ」

廊下の端まで行ったところでおじいさんが木製のドアを開けてくれた。

一つ一つの動作が本当に執事っぽい…。

「失礼します….」

そんな事を考えながら部屋に足を踏み入れる。

その瞬間、私は感動した。

「すごい…!なにこれ…!」

そこには円状の壁一面に本が並んでいた。

天井は十メートル位あるんじゃないかと思う。ところどころからは日の光が差し込んでいて、よりいっそうこの景色を引き立てている。こんなの中々個人が所有するものなんかじゃない。

そもそも図書館でも、こんな光景はほとんど見れない。

一体どれほどの数の本があるのだろう。

「…あら、お客様ですか?」

本棚に感激を受けていると、奥からグレーのワンピースを着た、落ち着いた雰囲気の女の子が出てきた。

おじいさんと並んで見ると、まるでお嬢様とその執事だ。

「うわぁ…」

私と同じ年位だろうか?

大きな瞳に、整えられたキレイな髪の毛、軽くウェーブのかかった長いまつ毛。

言うなれば、ものすごい美少女だった。

そしてなんとなく、美月に似ていた。

顔とかじゃなく、雰囲気が。

「はい。どうやら立花美月様の…」

「あぁ、美月さんのご友人でしたか」

「美月のこと、知ってるんですか!?」

少女の微笑みに見惚れていて、聞き逃しそうになったが、慌てて叫ぶ。

今日の本題を忘れてはいけない。

「はい。美月さんは、先月ここにいらしました」

「あの、美月が今日突然いなくなったんです!何か知っていることがあれば教えて下さい!」

私は少女に詰め寄って、頭を下げる。

美月がどうしているのか、知りたい。

だけど、その思いとは反対に少女は申し訳無さそうに首を横に振った。

「すみません。守秘義務があるので、これ以上は何も言えないんです」

「そんな…。お願いします!美月を探したいんです!」

「すみません。教えることは出来ないんです」

美月を探したい。

その想いは届いてはいるようだったが、少女は困ったようにすみませんと繰り返すばかりだった。

「そう…ですか」

これ以上迷惑はかけられない。

見えかけた一筋の光が消え、絶望感で歩けなくなる程、目の前が真っ暗になる。

美月はどうして…。

どこに行ったの?

その疑問がただひたすら頭の中でうず巻いていす。

不意に美月と過ごした日々が走馬灯のように頭をかけめぐった。

いつの間にか、一緒にいて。

毎日一緒に登下校して。

放課後も一緒に遊んで。

よく本の貸し借りをしていた。

まだ、返せてない本もあるのに…。

沢山笑ったあの日々が胸を強く震わせる。

悲しみ以外の感情が感じられなくなりそうになる。

さっきまで、あんなに落ち着いてたのに…。

ようやく、理解し始めたんだ。

美月がいなくなったことを。

美月のいない未来を…。

「…っ、うっ…」

透明な、少しのしょっぱい水滴が瞬きと共に、瞳からはじき出される。

気が付いたらポロポロと止まらなくて、視界は水浸しになっていった。

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