ねづっち VS 異星人 ~地球最後のなぞかけ~

二之腕 佐和郎

ねづっち VS 異星人 ~地球最後のなぞかけ~

 異星人との戦闘がはじまって六十時間。ねづっちの精神は限界に近づいていた。

 地球の命運を賭けた、七十二時間耐久なぞかけ勝負。残り十二時間。

 もし、ねづっちが負ければ、異星人の圧倒的な武装によって地球は破壊される。

 その目的は何なのか──それはわからない。

 だが、連中は強烈な威嚇射撃(デモンストレーション)を行い、人類を恐怖のどん底に叩き落とした。

「と……ととのいました」

 ねづっちは回答のボタンを押した。

「ハイ、ネヅッチサン。ドウゾ」

「消滅した富士山とかけて、広島観光の行き先と解きます」

「ソノココロハ」

「どちらも、見晴らし(三原市)が良いでしょう──ねづっちです!」

 ドームの観客席からオーとため息が漏れる。

 お題を受け、整うまで十秒。これまで答えた数は優に二千を超え、いまだペースは衰えない。

 異星人から対戦を挑まれた際、簡単なルールの説明があった。

 一つ、地球でいうところのなぞかけを七十二時間休みなく行う。

 二つ、先に回答した者がポイントを得、七十二時間経過時点でポイントの多かったほうを勝利とする。

 三つ、お題は地球にまつわるものと異星人の住む星にまつわるものと交互に出題される。

 以上。

 三つ目のルールは、フェアプレイ精神というよりも傲慢さの表れだろう。

 どうせ地球人に異星人のお題を解くことはできん──。

 最終的にひとつでも多くのポイントを獲得すれば勝てるのだから、自分の星のお題をゆっくり解いて、地球人のミスを待てば良い──。

 そんな傲慢さだ。

 彼らの誤算は、ねづっちという類まれななぞかけ名人が存在したことだった。

「ととのいました──」

「ハイ、ネヅッチサン」

「えー。干上がった海とかけまして、赤の他人と解きます」

「ソノココロハ」

「どちらも、見ず(水)知らずでしょう──ねづっちです!」

「ウマイデスネェ」

 とはいえ、地球人の不利には変わりない。地球にまつわるお題で全勝できなければ必ず負けるからだ。

 今のところ、ねづっちは地球にまつわるお題を全てクリアーしていた。彼は己(おの)が能力に絶対の自信を持っていたが、一瞬たりとも気の抜けない連続スプリント勝負を強いられ、身体も精神も悲鳴を上げていた。

「サテ、ツギノオダイデス。ツギハ、ワタシタチノ、セイカツノナカデモ、ヨクツカウアレ」

 会場の中央に設置された巨大モニターに画像が表示されると、異星人達は一斉に笑い声を上げた。

「オダイハ、コチラ。デュイウルウェペズ、デス。ハイ、ネドゥディチ・ヴァヴァギドゥヌスサン、ハヤカッタ」

「ハイ。エー、デュイウルウェペズ、トカケマシテ、カビニデチェトゥェ、トトキマス」

「ソノココロハ」

「ドチラモ『アダン』デショウ」

 どっ、と笑い声が会場を包むが、ねづっちには今の回答の何が面白かったのかひとつも理解できなかった。

 狂いそうだった。

 ねづっちの精神をかろうじて支えているもの。それは地球を守る使命感ではなく、その脳に刻まれたなぞかけ回路のスパーク──閃きがねづっちに正気を保たせているのだ。

「サテ、ツギノオダイハ『カクヘイキ』デス」

「ととのいました──!」

 ねづっちは司会の出題に即座に反応した。

「核兵器とかけまして、ギャンブルにおける生活費と解きます」

「ソノココロハ」

「使ったらあとがないでしょう」

「ナルホドデスネェ」

 お題を耳にするなり反射でととのう。

 考えるより先に答えが浮かぶ。

 ねづっちはかつてないほどのなぞかけハイになっていた。

 だが、これではジリ貧だ。

 ねづっちが地球にまつわるお題を全て勝ち取っても、せいぜい引き分けにしか持ち込めない。一ポイントでもいい、なんとか上回ることはできないのか。

 たった一ポイントだが、それは茨の道だった。

「サテ、ツギノオダイデス──」

 ねづっちは歯噛みしながら異星人側のお題を聞いていた。

 何か……何かこの状況を打開するヒントはないのか──!

「ハイ、ネドゥディチ・ヴァヴァギドゥヌスサン、ドウゾ」

「エー、ナイェパリュデザ、トカケマシテ、ポワプポゥドルンゴ、トトキマス」

「ソノココロハ──」

 がっくりと肩を落としかけたそのときだった。

「ソコニハ『カビニデチェトゥェ』ガアルデショウ」

 ねづっちの脳裏に稲妻が走った。

 カビニデチェトゥェだって──!

 ドーム中が爆笑の渦に飲み込まれていたが、ねづっちには静寂そのものに感じられた。それほどの閃きがねづっちの脳を刺激した。

 カビニデチェトゥェ──それは何問か前の掛詞だった。記憶がたしかならば、この数十時間のうちに共通の言葉が使われたのは今回が初だ。

 同じ単語を使ったのだから、それぞれに共通の要素があるはず。その共通の要素をひとつひとつ思考すれば、今までの数千パターンあるお題と回答から、連中の言葉の意味するところを割り出すことができるのではないか──?

 ねづっちの頭脳は急速な回転をはじめる。

 地球にまつわるお題を全勝した上で、一問。一問だけだ。

 奴らのお題で一問勝てば──。

 だが、間に合うだろうか。

 電光掲示板の示す残り時間が、どんどん減っていく。

 ねづっちは頭を振った。

 ──いや、間に合わせてみせる。

 ねづっちは地球にまつわるお題を一問一問クリアーしながら、彼らの言葉を一言一句聞き漏らさず、整理、思考、推理していく。

 カビニデチェトゥェ、リババカニヘルルァ、パスパキルゥンヴァ、ゾンブ、アダン……。

 残り六時間、三時間、一時間……。

 三十分を切っても、異星人側のお題で勝てるなぞかけが思い浮かばない。

 だが、ねづっちは諦めなかった。地球のお題を正確に拾いながら、望みを捨てず、異星人側のなぞかけを推理し続けていた。

 そしてついに、時間は残り一分を切った。

「エー、ナガイタタカイデシタガ、ノコリジカンヲミルニ、コレガサイゴノオダイニナルデショウ」

 ドーム中から歓声が起こった。

「ミナサン、キガハヤイデスヨ。シカシ、ハハハ……サイゴノオダイハ、ワレワレノホシニマツワルモノ」

 司会はニヤリと笑いかけた。

「ウラマナイデクダサイネ、スポーツマンシップ! ジュンバンデ、シュツダイスルト、ハジメカライッテアリマス」

 ねづっちは彼らの皮肉な言葉にただ頷いてみせるだけだった。

「サテ、ツギノオダイデス。エー。ヒャブブモルヴェンダス……」

 司会がお題のフリップを読み上げるや否や、ねづっちはすっくと立ち上がった。

「ととのいました──」

「ナニ……!」

 明らかに見て取れる動揺。ドームに詰まった五万人の異星人がざわざわと言葉を交わしあった。

「ミ、ミナサン、オシズカニ……! コノオトコハ、ハッタリデ、イッテイルニスギナイ──」

「はたして、どうかな」

「クッ……」

 司会は苛立たしげに、フリップを机に叩きつけた。

「ナラバイッテミルガイイ! ケノハエタ、サルガ、エラソウニ! ネヅッチサンドウゾ!」

「ととのいました──」

 ねづっちは一世一代の大博打に出た。

「ヒャブブモルヴェンダスとかけまして、ヴルカダィガレェヌと解きます」

「ソノココロハ?」

「どちらも、ゲルパバヌスになるでしょう」

 シンとした静寂がドームを包んだ。

 今までのスコアは同点。六千七百七十五、対、六千七百七十五。

 このなぞかけを失敗すれば、地球は破壊される──ねづっちの頬に冷たい汗が伝った。

「ク、ク、ク……」

 笑っているのか、怒っているのか、司会はわなわなと震えながら壇上を降りた。

 ねづっちが電光掲示板を見上げると、地球側のスコアに一点、追加されていた。

「や、やったぁ──!」

 そしてブザーが鳴った。長い戦いが終わった合図だ。

 ドーム中がどよめきに包まれた。

 勝った、ねづっちが勝ったのだ!

 地球は破壊されずに済んだ。

 勝利の喜びに震えるねづっちの肩を叩く者があった。

「ネヅッチサン、スバラシイナゾカケダッタヨ」

 対戦相手のネドゥディチ・ヴァヴァギドゥヌスだった。

「コンナスバラシイナゾカケヲヤッテノケルヨウナ、ヒトビトノスムホシヲハカイスルナンテ、バカゲタコトダッタ。ワレワレハ、テッタイスル。サヨナラ、ネヅッチサン──」

 いつの間にか、巨大な宇宙船がドームの真上に現れ、異星人達を吸い上げた。

 何もかもが夢のようだ。

 ドームの中は何事もなかったかのように、ねづっちだけを残して綺麗さっぱり元通り。

 ──本当に夢だったんじゃないかしら。

 ねづっちは激闘の疲れと奇妙な高揚感の中、フラフラとドームを出た。

 すると、ドームの外で大勢の人々がねづっちを取り囲んだ。

「出てきた! 出てきた! 異星人に勝ったんだ!」

「やったやった! ありがとう! ありがとうねづっち!」

 彼らの歓喜の表情を目にして、はじめて自分が救ったものの大きさに気がつき、ねづっちは思わず目頭が熱くなった。

 こぼれかけた涙を拭い、ジャケットのシワを伸ばす。

「──人類の未来とかけて、東海道新幹線と解きます」

 人々は唐突ななぞかけに顔を見合わせ、逡巡のあと、声を揃えて言った。

「その心は──!」

「どちらも、のぞみがあるでしょう──ねづっちです!」

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