第25話「ファーストキスは推しに捧ぐ」


 2学期は忙しい。

 新人戦に向けての朝練に、放課後は文化祭の準備に部活。バイトもある。せっかくの唯一の休みだった日曜まで部活になった。

 ついでに家事も変わらず手伝っている。(というかほぼボク担当)


 シャワーを浴びて歯を磨いて部屋に戻り、宿題と予習復習をして明日の準備を済ます。

「よし!」

 気合を入れてベッドの上に座ってトモセくんの色紙に向かって拝む。

「どうか今日こそはトモセくんに会えますように!!」


 毎日多忙すぎてトモセくんに夢の中で会えていない。というか、合宿の前の日以来一度も夢の中で会えていない!!

「それは困りまっす!! せっかく告る決意をしたのに!」

 トモセくんに会えなすぎて焦りが声に出てしまった。

 思わずドアに視線を向けるけど、姉さんたちがくる気配がなくホッと胸を撫でおろす。


 リアルトモセくんは宣言通り夏休みが終わったと同時にまたテレビに出てくるようになって回数は前より減ったけど配信も復活した。

 ただ、受験生なのは変わらないから勉強と仕事の両立が大変なのか、顔色があまりよくないのが心配。

 浜村さんも他のファンも心配している。


「寝よう」

 ポスッと枕に頭を乗せ、布団をかぶって目を閉じた。

 今日はバイトがなくてまだ元気だ。気を失うように爆睡・・・なんてならない。

 だから、今日こそは夢の中でトモセくんに会えますようにっ!!






 パチッと目を覚ますと白い空間が広がっていることに気づき勢いよく飛び起きる。

「やっっった!! 白い世界だっ!」

 ガッツポーズをして大いに喜ぶ。


 告ろうとして意識しすぎて会えないんじゃないかとかいろいろ悩んだけど、やっぱり夢を見れないほど疲れきってるのがここに来れなかった理由だったのかもしれないと実感する。

 辺りをキョロキョロと見回すけどトモセくんの姿がまだ見あたらない。いつもなら遠くで人影を発見するんだけど。

「まさか、来れたけど会えないとかいうフェイントじゃないよね」

 会えな過ぎて疑り深くなってる自分がヤバい。

 なんて思っていたら、気配もなく突然トモセくんが現れておもいっきりギュッと抱きしめられる。

「アキッッ!! やっと会えたっ!」

 トモセくんの腕の力がどんどん強くなって鼻が胸に埋まるくらいぎゅぅぅぅと。どんどんエスカレートしていって息ができないくらいくっつく。

 

 推しにハグっ!! なんて喜んでる場合じゃない。死の危険がっ!

 拘束されていない両手で必死にトモセくんの背中を叩いて訴えると、慌てて離れてくれた。

「ご、ごめん! 会えたことが嬉しくてつい・・・」

 謝ってくれるトモセくんに、ボクは酸欠になりかけていた呼吸を整えながらちょっとやつれた笑顔で返した。

「だ、大丈夫。ボクも会えて嬉しいけど・・・さすがに力が強い・・・です」

 気をつけるねと申し訳ない顔をするトモセくんに、やっぱりキューンッとときめいてしまう。


 うぅ、約1ヵ月ぶりのトモセくんだっっ!!

 まさかトモセくんにハグされる日がくるとはっ! 1週間会えなかった時とは雲泥の差だ。

 やっぱり、ボクの夢だからボクの気持ちがトモセくんに反映されているのだろうか。


 よく見ると髪型はストレートヘアだ。思わず、

「今日は地毛じゃないんだね」

 きょとんとするトモセくんにハッと我に返る。しかも、ため口になってる!!

 慌てるボクにトモセくんが嬉しそうにニコッと笑った。

「今みたいに自然に話してくれたら嬉しいな。ちなみに今日は某番組の収録があってそのあと家に帰って疲れてそのまま寝ちゃったからストレートのまま」

 風呂入ってないとはにかむトモセくん。安定のズボラキャラが健在でじーんと感動する。リアルトモセくんとは違う夢の中のトモセくんだ。


 ハッとして、和んでる場合じゃないと気づく。

 せっかくトモセくんに会えたけど以前より時間がない。

「トモセくん、実は部活の朝練があって5時には起きなきゃいけないんだ」

「5時! 朝練て大変だね」

「えーと、それで・・・だから」

 ついもじもじしてしまう。言おうとしていた言葉がなかなか出てこない。いざ告ろうと思ったらけっこう勇気がいる。ボクの夢なんだから悪いようにはならいと思ってはいるけど・・・夢とはいえ、アイドルのトモセくんに告るなんて勇者すぎるっ!


「アキ・・・深夜ドラマの出演のこと覚えてる?」

「へ? あ、うん、覚えてるよ」

「男と付き合う役だからって恋人ごっこをお願いしたの覚えてる?」

「・・・うん」

 トモセくんと見つめ合いながらすっかり敬語がとれた口調で頷く。

「その恋人ごっこなんだけど・・・」

 一瞬目をそらして続きが言いずらそうなトモセくんに心がざわつく。

まさか、『ごっこ終了』を言おうとしてる?!

 ドラマの話が流れたのか、ボクじゃ頼りないのか、理由はわからないけどこのまま終了になるのは嫌だ。

 

 今だ。今しかない! 

 何か言おうとしているトモセくんに、

「ごっこじゃなくて、正式にボクと付き合ってください!」

「え?」

 きょとんとしながらトモセくんがボクをじっと見つめる。

「と、とととととトモセくんのことがす、すすすすす好きです。ボクと付き合ってくれません、か?」

 緊張がピークになって耳まで熱い。どもりすぎのうえに敬語になってしまった。後半は声も小さくなった。(最悪だ)

「好きってファンとしてじゃなく?」

「・・・は、はい」

「恋愛的に?」

 

 どうしよう。夢だからって甘く考えてた。告ったら即オッケーだと思っていた。

 トモセくんの反応が一般的すぎて逃げたい。やっぱりファンが・・・男のボクが告るなんて夢でも浅ましかったんだ。

 な、泣きそう。

 すでに半べそ状態で目が潤んできた。顔も耳もまだ熱い。きっと赤くなってる。


「・・・ファンならともかく、男のボクがトモセくんのこ、恋人はダメ・・・ですよね?」

 もしダメだったらなかったことにしよう! 夢なんだからリセットボタンとかないかなぁ。

 弱気が駄々漏れすぎる視線でチラッとトモセくんを上目遣いで見ると目が合った。かと思ったら、トモセくんがうつむいてプルプルと全身震えだす。


 これは一体どういう反応だろう?! まさか、拒絶? 拒絶からくる震え?!

 しかもうつむきながら何か呟いてる。声が小さいからよく聞き取れない。

「か、かわ・・・」

 川?


 呟きはよくわからないけど、とにかくトモセくんが拒絶のあまり震えているのはわかる。

 ガーンとショックを受けようとしたら、トモセくんが勢いよくハグしてきた。(また?!)

「ダメじゃないっ!! 全然ダメじゃないっ!!」

 ギュッと強く抱きしめてからバリッとテープを剥がすように勢いよく離れ、ボクの両腕をつかんで目を合わせる。

 推しのまっすぐな瞳が吸い込まれそうで目がはなせない。


 トモセくんがボクを見てくれている。

 トモセくんの瞳にボクが映ってる。

 トモセくん・・・こんなにガン見されるともうそれだけで満たされる。恋人じゃなくてもいっか。なんて気持ちになってくる。(さすが推しっ! 尊いっ!)


「オレもアキのこと好きだよ」

「へ?」

 目をハートにしてうっとりしてる間に何かすごいことを言われた。

聞き逃してしまい、はてな顔でいるとトモセくんが笑みを含めながら、

「好きだよ、アキ」

「・・・」

 いつもより優しい青い声が頭の中で何度も繰り返す。

 こうゆうのって実感するのに時間がかかるものだと初めて知った。

 数秒してようやくトモセくんの言葉を理解した途端、カーッと顔が熱くなって耳まで熱い。全身の血のめぐりが良すぎる!

 

 さっきの震えはよくわからないけど、拒絶されてなかった! それどころか好きって言ってくれた。嬉しいを通り越して鼻血が出そうだ。

 夢の中のトモセくんでこんなに破壊力があるんだから、リアルトモセくんから「好き」なんて言われた日がボクの命日になるだろう。

 

「アキ?」

 放心状態のボクにトモセくんが顔を近づけてきたから、思わず反射的に腕でブロック。

「え?」

 あからさまにショックを受けるトモセくんに慌てる。

「ご、ごめん! 急に近くなったからびっくりしてっ! 本当にそれだけだから」

「うん・・・でも慣れてほしいな。恋人同士になったんだから」

「こっ恋人っ!!」

 慌てるボクに、トモセくんがぷっと吹いて笑った。

「アキってコロコロ表情が変わって見てて飽きない」

「そ、そうかなぁ。自分では乏しいと思ってるけど」

「え? 全然クールじゃないよ」

「別にクールとまでは・・・」

 さっきからトモセくんの顔がニマニマしてて気になる。

「ボク、変なこと言ってる?」

「え? なんで?」

「・・・トモセくん、さっきから顔が笑ってるから・・・ボクの言うことがおかしいのかなぁて」


 笑ってる。と呟きながら、トモセくんが自分の頬をつねった。

「これは・・・浮かれてるんだよ。アキに好きって言ってもらえて、しかも、ごっこじゃなくて付き合えることになったんだから。本当は自分から言おうと思ってたんだけど、先越された」

「へ?! ほ、本当に?」

「うん、言おうとしたらアキが先に言った」

 こつん、とおでこにトモセくんのおでこがくっつく。(近っ!)

 視界にトモセくんの瞳しか映らない距離に、心臓が止まりそうになる。

逃げたくてもトモセくんがガッチリ腕をつかんでて逃げられない。


 これに慣れるのは無理ー!! 

 さすがに付き合って最初にしてはハードルが高いと、頭の中がパニックに陥る。

 視界いっぱいのトモセくんにだんだん目が回ってきた。

 そうだ、見ちゃだめだ。目をつぶって回避だっ。

 自分の心の声に従ってぎゅっと目をつぶる。

 つぶったらつぶったでトモセくんのおでこに意識が集中して、また逆の緊張がっ!

 やっぱり目は開けようと思った直後、おでこにトモセくんの感触が消えて、代わりに唇に柔らかい感触が当たる。

 

 びっくりして目を開けると、目を閉じたトモセくんの顔が目の前にっ!(推しのキス顔っ!!)

 雑誌の切り抜きで持ってるけど、こんな目の前で推しのキス顔が拝めるなんてっ・・・眼福だぁ。


 ガン見していると、トモセくんが視線に気づいたのか目を開けた。

「そんなに見られるとやりずらい」

 照れるトモセくん(尊いっ)

「ご、ごめん!」

 パッとトモセくんから視線をそらす。

 ヤバい、オタク丸出しだった。


 トモセくんとキスしてしまった!!

 ファーストキスが推しなんて、夢の中とはいえ、贅沢すぎるぅー--!!(一生忘ませんっ)

 一生懸命冷静を保ってるけど、めちゃくちゃ叫びたいっ。


「アキ」

「は、はい!」

 視線を戻すと、トモセくんが熱っぽい瞳でボクをじっと見ていた。

「もう1回していい? キス」

「は・・・はい」(推しの口からキス要求ー-っっ!!)

 数秒見つめ合って、目を閉じるのを待っていることに気づき慌ててぎゅっとつぶる。

 間もおかずに唇に柔らかいものが優しく触れる。

 さっきは驚きすぎて実感なかったけど・・・これがトモセくんの唇の感触だと思うと、また血の巡りが活発になる。(鼻血出そう)


 あぁ、幸せ。

 トモセくんとキスしてる。(もう夢でもなんでもいい)

 

 ふと、トモセくんの公開キスを思い出す。

 あれは確か、ボクがまだトモセくんを推してない時だった気がする。

アイドルがけっこうむちゃぶりをさせられる某バラエティ番組で、勝負で負けたトモセくんに罰ゲームとしてカイくんと公開キスをするという・・・。

 当時はカイくんのファンとして見てたけど、カイくん、容赦なくトモセくんの唇奪ってたなぁ。

トモセくんと周りの反応からしてファーストキスじゃないかって一時期ファンの間で論争があったようななかったような・・・。

 ということは、トモセくんからしたら男とキスするのはカイくんとボクで2人目? え? カイくんと肩を並べても?!

 ボクが知ってるだけで、実は他にも・・・もしかして、カイくんとのキスでそっちに目覚めてたりとか?

 でも、アイドルの三上愛瑠との熱愛報道も曖昧で終わったけど、実は本当に付き合ってるかもしれないし、そしたら、リアルトモセくんはそっちじゃないわけで。

 トモセくんが躊躇なしにボクにキスするのは、ここが夢の中でボクの願望なわけで。


 いろいろ考えすぎて頭が混乱してきた。

 気づけばキスは終わっていた。

 まだ熱っぽい瞳でトモセくんがボクを見つめている。

「アキ・・・」

「トモセくん・・・」


 あれ? なんか変だ。

 視線だけで周囲を確認すると、物思いにふけている間に白い地面の上に仰向けになっている自分と、ボクの上にまたがっているトモセくんが。

 なんだこの状況?! というか、いつの間に?!

「アキ」

「へ?」

 トモセくんが手を伸ばしてボクの頬に触れる。

「好きだよ、アキ」

 さらに熱を増した瞳でボクにキスしようと顔を近づけてくるトモセくんに、再び緊張がピークに。


 進展、早っっ!!







 アラーム音で目が覚め、勢いよく飛び起きる。

「びびびびびびっくりしたぁぁ!!!」

 夢だったとはいえ心臓がバクバクしてるし、顔も熱い。

 どっとため息が出る。

「夢でよかったのかよくなかったのか・・・」

 顔を近づけてくるトモセくんを思い出し、耳まで熱くなる。

「アラームが鳴らなかったら、あのままどうなってたんだろう」

 そんなのわかりきってる。だって、ボクの夢なんだから。

 夢の続きを少し想像してしまい、もう全身が熱い。

「ヤバい、朝練があるんだった」

 ベッドからおりようとしたら鼻水が出た。手の甲で拭って見ると、

「うわ、本当に鼻血が出た・・・」


 夢の中で推しと両想いになったら、血の巡りが良すぎて早死にしそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボクの推しアイドルに会える方法 たっぷりチョコ @tappurityoko15

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ