第24話「禁断の恋の成就法」

「あいどるとケッコンするの?」

 幼い頃、姉さんに聞いたことがある。

「アキちゃん、アイドルとは結婚できないの!」

「どうしてぇ?」

「アイドルに本気で好きになっちゃダメ。いい、アキちゃん。アイドルを好きになっても、マジ恋はしちゃダメ!」

「まじ・・・コイ?」

「本気で好きになるってこと。絶対絶対ダメだからね! アイドルは追いかけても捕まえちゃダメなの。わかった?」

「・・・うん、わかった」







「あ、雨野くん! こっちこっち!」

 浜村さんが元気よく手招きする。

「いつもの友達とお昼食べなくていいの?」

「大丈夫! みんな彼氏んとこ行ってるから」

 ニコッと見せる笑顔が殺気だって怖い。


 あれから浜村さんとは毎日のようにラインをしている。もちろん、お互いの推しでもあるトモセくんのこと。

 裏庭で浜村さんとベンチでお弁当を食べるのは初めてだ。

 正直、ちょっと困った。いつも一緒に食べてる鳥海くんにどういいわけしようかって。ちゃんと否定しているのに、始業式の呼び出し以来ずっと鳥海くんは何か勘違いをしている。(変な噂がたたないといいけど)


「じゃーん! 見てみて! これ」

 お弁当を包んでいた水色のスカーフを広げてボクに見せた。

「あ! 夏休みのコンサートのアイテム!」

「そう! ともよんカラー! 普段もラヴずを感じて欲しいからあえて無地の推しカラーのみにしたんだってぇ! ヤバくない?! これ考えた人天才」

 浜村さん嬉しそう。

「ボクもバイト先で使ってる! 無地だから使いやすいよね。そういえば、オタク仲間から聞いたんだけど、スカーフのアイディア出したのアイくんなんだって」

「アイ! 納得ー。メンバーの中で一番女子力高いもんね。というか、もうあれは女子でしょ!」

「あははは」

「雨野くんのオタク仲間もラヴずファン? もしかして女子?」

「覚えてるかなぁ? 夏休みのコンサートで一緒にいたんだけど」


 え。ときょとんとしたあと、浜村さんは思い出したとばかりにボクを指さす。

「あの美少女! 妹もヤバいって言ってた!」(ヤバい?)

「えーと、あずくんて言って男なんだ。ボクの1コ下」

「えー-! 男子なのぉ! ヤバい! めちゃくちゃイケメンじゃん! でも男であの身長は残念だね」

 はっきり言う浜村さんにボクの笑顔が引きつる。


「しかも、あの性格。顔はいいけどあれはなし」

 あの時のあずくんを思い出し、浜村さんがフンッと鼻息を荒くした。

「ごめんね、あずくん、根は良い子なんだけど口が毒舌っていうか、反抗期なのかなぁ?」

 ぷっと吹き出す浜村さん。

「雨野くん、そのあずくんていう子のお母さんみたい」

「へ? お、お母さんかぁ・・・」(兄のつもりなんだけど)


「そのあずくんて子もラヴずファンなんだ! 誰推し? ともよん?」

「カイくんだよ。あーでも、あずくんは同担拒否なんで」

「納得ー」


 パカッとふたを開けて、今朝自分で作ったお弁当を膝の上に広げる。

 今まで浜村さんとはノートを貸すくらいの会話しかしたことなかったけど、お互いの秘密がバレたせいもあってすごく話しやすい。うちの姉がひとり増えた感じ。


 モリモリと卵焼きを食べていると、浜村さんの熱い視線が。

「雨野くんのお母さんお料理上手だね。どれもおいしそう~」

「えーと、これは自分で作ってて」

「え! 雨野くんが?!」

「うん、ていうか、家族のお弁当はボクが毎朝作ってるんだ」

「えー-! ヤバッ! すごっ!」

 浜村さんの語彙力が心配。


 食べたそうに見てくるから残りの卵焼きをあげたらすごく喜んでくれた。

「雨野くん天才ー! うちにお嫁に来て欲しい!」

 はははと受け流す。料理ができるとだいたいの人が言ってくる誉め言葉・・・なのか? 正直、どう返していいのかいつも困る。

 

「あ、浜村さんだ」

 通りすがりの男子の声に思わずピクッと反応する。

「やべー、やっぱ可愛いよなー」

「あれ、彼氏?」

「バカ、どうみても違うだろ」


 聞こえてます。と心の中でツッコミを入れながら最後の一口を食べ、お弁当箱のふたを閉じる。

 チラリと浜村さんに視線を向けると、当本人は聞こえてるのか聞こえてないのか素知らぬ顔だ。

「・・・ボクが聞くのもなんだけど、ボクなんかとお昼食べて大丈夫?」

「え?」

「今さっきだって・・・変な噂たつと面倒だし。相手がボクじゃー・・・」

 浜村さんが女友達にボクのことを話していたことを忘れているわけじゃない。

「全然!」

 どーん! と効果音が流れてもおかしくないくらいのドヤ顔をされた。

「へ?」

「あーゆう噂は慣れてるから気にしなくて大丈夫。それに、あたし、自分が可愛いって自覚ちゃんとあるから」

「へ、へー」

 だから普段はぶりっ子なのかと納得。


「ね! どうせなら付き合っちゃう? あたしたち」

「へ?!」

 浜村さんの爆弾発言にぎょっとする。

「ともよん推しに、隠れオタク! 共通点ある恋人ってよくない? 堂々とお弁当も食べれる!」

「・・・ボクに浜村さんはもったいないんじゃ・・・」

 引き気味のボクに浜村さんがじっと見つめてから、

「それもそうね。それに身長が近いのがねー。あと、一重の目がねー。好みじゃないっていうか」

 失礼すぎる。

「ごめーん! やっぱなし。今のは忘れて。彼氏は欲しいけどあたしはやっぱり理想はともよんだからぁ~」

 トモセくんを浮かべながらうっとりする浜村さんにホッとしながらもデリカシーの無さにげっそりする。


「ともよんみたいな彼氏見つけてあたしを振った元カレを後悔させるって、ともよんに誓ってるんだから」

「へ?」

 なんか急に雲行きが怪しくなってきた。浜村さんから怨念みたいなものが見える、気がする。

 触らぬ神に祟りなし。お弁当も食べ終わったしもう教室に戻った方が・・・と席を立とうとしたら聞いてもいないのに浜村さんから話を切り出してきた。

「あたし、中学の頃につきあってた彼氏がいたの」

「・・・へー」

 しょうがなく話を聞くことに。


「あたしのこと可愛い可愛いって言うからしょうがなく付き合ったんだけど、あたしがアイドルオタクだって知った途端、キモッて言ってきたの。可愛いのにオタクかよ~って」

 箸を持つ手がプルプルと震えている。

「なにより許せないのは、ともよんのことバカにしたの! あのクソ元カレ!」

「それは許せないっ!」

 トモセくんと聞いて反射的に声に出てしまった。


「でしょ! あんな奴だって知ってたら付き合ってなかった! もうっ、今思い出してもムカつくっ! だから、リア友でオタク仲間が欲しいけどバレるわけにはいかないの。あたしは可愛い! あたしはキラキラ女子! イケメン彼氏を作る!」

 並々ならぬ気迫がオーラとなって浜村さんから発してる、ように見える。


 そういえば、トモセくんの熱愛騒動があった時、廊下でクラスの女子たちが話していたことを思い出す。その中に浜村さんがいたことも思い出す。

 トモセくんの名前がなかなか思い出せない女子に浜村さんがはっきりした声で答えてた。話を続ける女子たちに浜村さんが興味ないって話題を変えてた。

 そんな浜村さんは、キモいって言われたことよりきっと推しがバカにされたことがすごくショックだったんだ。


 共通点がまたひとつ見つかった。というか、これはオタクあるあるだ。



「まったく同じじゃないけど、浜村さんの気持ち、わかる気がする」

「・・・雨野くん・・・」

 見つめてくる浜村さんの眼差しが熱い。これは・・・恋愛心というより同類意識が高まった・・・というやつかも。


 さすが古株の浜村さん。だてにトモセくんのこと『ともよん』て呼ぶだけはある。隠れオタクの理由が違いすぎる。

 ふと、自分もキモいと言われたことを思いだし暗い気持ちになる。

 同時に夢の中のトモセくんが励ましてくれたことも思いだし、心が温かくなった。

 うぅ、会いたい。


「やっぱり彼氏にするならともよんだよね~」

「浜村さんもやっぱりトモセくんにガチ恋なの?」

「え?」

 一瞬で真顔になった浜村さんを見て、しまったと血の気が引く。

 いくら共通点とはいえ、ボクの『ガチ恋』は夢の中のトモセくんだ。うっかりとはいえ、口に出したことを後悔してあわあわとその場で動揺する。

「え、えっと今のは違くて!」

「ガチ恋なわけないでしょ」

 殺気に似たオーラを放つ浜村さん。(怖い)


 ボク、なにか間違えた? 同じだと思ったけど違った?

 元カレに復讐するくらいトモセくんのことが好きなんだと。もうこれは本物の恋心だと思ったのはボクの勘違いだった?


 急にスクッとその場で立ち上がる浜村さん。

「推しは推し! 追っても沼っても染まっちゃダメ!」

 えぇー、トモセくんカラーにめちゃくちゃ染まってましたけど?(全身水色コーデ)

 これもまた嫌な予感しかしないけど、一応・・・。

「マジ恋で何かあったの?」

「あたし、ともよんを推す前に別の推しがいたんだけど・・・そのアイドルがクソで!」

 やっぱり・・・。またもや推しあるあるだ。

「あたし小学生だったんだけど、もうこれは運命だって思ってて絶対結婚するんだって夢見てたのに・・・プライベートで女二股してたって報道されて! しかも、そのあと過去に結婚離婚もしてたって! カスのカスカスヤローだったのー!」

 キーッと爪を立てる浜村さん。


 わー、それが誰だかわかった気がする。愛理姉さんの友達が好きだった某アイドルだったかなぁ・・・と頭の中で顔が浮かぶけど、容疑者みたいに両目が黒い線でなぜか消されている。

 当時はワイドショーとかでたたかれていたと思う。


「雨野くんは男子だから大丈夫だと思うけど、アイドルにマジ恋なんてこっちが泣きを見るだけだから絶対やめたほうがいい!!」

「あ、あはは、うん、ボクは大丈夫かなぁ・・・その辺は分別がついてるから」

「そうなの? すごいじゃない」

 ストンとベンチに座る浜村さん。

「姉が4人いるんだけど、筋金入りのアイドルオタクで。だから、ボクも気づいたらアイドル好きになってたし。そんな姉さんたちにマジ恋の不毛さを嫌というほど叩き込まれてるから」

「えーなにそれ! 雨野くんのお姉さま、レベチじゃーん! あたしも教えてくれる姉がいたらなー。妹しかいない」


 浜村さんが嘆いていると、昼休みが終わるチャイムが鳴った。

「もうそんな時間? あ、そーだ! これ渡したくてお昼誘ったの忘れてた」

 そう言って浜村さんがお弁当箱をスカーフに包んでランチバックにしまい込んだあと、小袋をボクに渡した。

 開けてみて、とワクワクしながら浜村さんが促すのでその場で中身を取り出してみると、

「あ! トモセくんが好きなプリンのグッズだ」

 ファンなら誰もが知ってる某メーカーのプリン。コンビニやスーパーで簡単に手に入るお手頃で安い。

 そのプリンが今買うと特典でプリンの形をしたストラップが付いてくる。種類は6種類。

 

「しかもこれ・・・トモセくんが描いたプリンのストラップ!! 他のストラップより数が少ないからなかなかゲットできないレア物! ボクも数件お店を回ったり姉さんたちにも頼んでみたけど未だにゲットできてないのに」

 ちょっと形がいびつなプリンのストラップを手のひらに乗せて拝む。


「あたしもめちゃくちゃ探し回ってやっと2個ゲットしたの。モルカリで出品しようと思ってたんだけどー・・・雨野くんに譲る」

「へ?! いいの?! これ絶対めちゃくちゃ良い値段で売れるよ?!」

「いいの。 ていうか、お金が欲しいんじゃないの。あたしと同じともよんに推してる人に譲りたいの。雨野くんだったらそのストラップ大事にしてくれると思うし」

「もちろん、すごく大事にする。ありがとう」

 照れくさそうに笑う浜村さんに、ボクまでついつい照れ笑いが。

 ほわ~んとした空気まで漂っている気がする。また、同類意識が高まったかも。


 またサボったら大変と言って、浜村さんは先に教室に向かった。

 ボクは一応用心して浜村さんの姿が見えなくなってから教室へ戻ることに。


 欲しかったストラップを眺めながら、単純かもしれないけど、浜村さんて良い子だなぁなんて思ったり。

 なんかやたらととらうまの多い子で姉さんたちといろいろと被るところがあるけど・・・でも、推し活をしてると浜村さんみたいな体験はどうしても経験しちゃうものだ。

『男子だから大丈夫』と言われたことを思い出し、ため息が出る。

 悪気なんてないと思う。ボクが男だから男のアイドルにマジ恋なんてするわけないって思うのは普通だ。


 浜村さんとマジ恋の話をしてて思い出した。

 幼い頃、姉さんたちがアイドルに好き好き言うから、幼いながらにも『好き』イコール『結婚』だと思った。だから、あいどるとケッコンするのかと聞いたら、

「アキちゃん、アイドルとは結婚できないの! アイドルに本気で好きになっちゃダメ」と強く釘を刺された。

 そのあとも、さんざんアイドルは雲の上の人だとか、アイドルは恋愛対象外だとか耳にタコができるほど言われ続けたから、ボクにとって男でも女でもアイドルを一度も恋心の対象として見たことがない。

 

 なのに・・・。


 ネコっ毛のトモセくんを思い出し、顔がニヤける。

 やっぱりこれもう恋としかいいようがない。片思いだけしかしたことがないボクだけど、初恋はちゃんと経験してる。

 この気持ちは恋だ。

 しかも、『夢の中のトモセくん』というのがボクらしい気がする。

 リアルのトモセくんにマジ恋は完全な不毛だ。それこそ姉さんたちに「さんざん教えたのに」とドヤされる。

 でも、夢の中のトモセくんは違う。

 触れられるくらい近くにいる。毎日のように会える。

 その他大勢のファンにじゃなくて、ボクだけに笑いかけてくれる。

 なんでも叶うなら、きっと恋人にだって・・・。

 ストラップを持つ手に力が入る。


 気づけば、浜村さんの姿が見えなくなっていて慌てて教室へと向かった。

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