第5話「アイドルオタク仲間」1/2

 放課後。

 今日は部活がない日。

 自転車を走らせコンビニの前に停めて寄り道をする。そのあとまた自転車を走らせ電車に乗り、ある駅に着くと近くのファミレスへと入る。

 店内を見回していると女性の店員が近づいてきた。

「いらっしゃいませ、お1人様でしょうか?」

「あ、すみません。人と待ち合わせしてて」

 ちょうどよく手を振る姿が見え、店員さんにあの席ですと言いながら軽く頭を下げて歩きだす。店員さんも理解したようでニコッと笑顔で返してくれた。


「お待たせ、待った?」

「待った。待ちくたびれて勉強してた」

 席に着くボクにムスッと仏頂面をしているあずくんこと松岡あずまくん。

「ごめんごめん。来る途中にコンビニ寄ってメロカリを出してたから」

「フリマアプリだっけ。めんどくない? いくらお小遣い稼ぎができるからってさー。アキ、バイトしてるんだしそこまでしなくていいと思う」

「そ、そうなんだけど。推しのグッズ集めてると余ったりするからもったいないなーって思うんだよね。欲しい人がいるなら譲りたいって思うし。ボクも手に入らなかったグッズを他の人が出品してるとすごくうれしくてありがとうございます! ってポチっちゃうんだよね」

「・・・だから稼いでも貯まらないんだ」

 あずくんにズバリと言われ、グサッと言葉の矢が刺さる。


 うぅ、相変わらずあずくんは毒舌だなぁ。


 つんとすまし顔のあずくんはただ今高校受験中の中3。ボクの2コ下。

 通路を挟んでこっちに視線を送りながらヒソヒソ話してる高校生くらいの女子ふたりに気づく。あずくんも背中越しとはいえ気づいていたみたいで。

「さっきからうざいなー」

 ギロリと女子ふたりを睨みつける。それに気づいた女子ふたりがビクッと怖がって、もうこっちを見なくなった。

「知り合い?」

「まさか! 人のことジロジロ見やがって。顔見なくてもわかる。どーせブッサイクなツラだよ」

 相手に聞こえるような声で言うあずくんにヒヤヒヤする。

「ちょっ、あずくん!」

 思ったとおり、女子ふたりが怒って立ち上がり、あずくんに向かって、

「ちょっと顔がいいからっていい気になんないでよ、このカス!」

「はぁ? それはこっちのセリフですけど?」

 バチバチと数秒睨みあい、女子がフンッと鼻息を荒くしてレジへと向かって行った。

 

 今のでボクの寿命が確実に縮まった。


「あずくーん! 知らない人にケンカふっかけるのやめようよぉ」

「僕、悪くないもん」

 ツーンとそっぽむく。


 あぁ。へそを曲げちゃった。


 さっきの女子ふたりがあずくんを見るのもわかる。

 あずくんは男だけど、とにかくめちゃくちゃ美人だ。

 お母さんがフランス人のハーフらしく、あずくんはクォーターになる。

 日本人とハーフの遺伝子が良い感じに配合されてあずくんができたわけで、それは一目見ればすぐにわかる。

 色素の薄い茶色の髪、整った顔立ち、目鼻立ちがくっきりしていてフランス人形みたいだ。

 瞳は髪色と同じように色素の薄く淡いブラウン。見つめられると吸い込まれそうになる。

 肌も白くて本当にお人形みたい。

 不機嫌にそっぽを向いてる横顔さえ、まるで絵画を見てるよう。


 だけど、


 口がひどい。

 あずくんは普通の家庭に育ったはずなのになぜかびっくりするくらい毒舌で、とにかく思ったことを口にしないと気がすまないみたいだ。

 良い子。良い子なんだけど・・・。

 さっきみたいにすぐケンカをふっかけるし、血の気が多いのかなぁ。

 そんな2コ下のあずくんとはいわゆるアイドルオタク仲間、同志なのだ。

 SNSで知り合ってお互いラヴずファンということで意気投合し、あずくんは横浜、ボクは東京というちょっと距離があるにもかかわらずこうやって平日でも学校帰りに会って親睦を深めているわけで。

 男性アイドルを好きな男子なんているだけで貴重! 

 ボクにとってはあずくんはとってもとっても大事な仲間!

 それにこんな美青年と友達だなんて、目の保養でしかない。イケメン好きなボクにはもったいないくらいだ。


 ドリンクバーから戻ってくると、まだ不機嫌なあずくんに差し入れを渡す。

「はい、明(あきら)特製、『ソフトクリーム乗せココア』だよ。これ飲んで一息つこう」

 マグカップを受け取るあずくんの顔がほころぶ。

「普通はホイップクリームだよ」

「ドリンクバーだからソフトクリームが限界だよ。いらなかった?」

「いる」

 コクッと一口。「おいしい」と言って機嫌が直った。(やれやれ)


「トモセに?」

「そう! もう一週間も連続でトモセくんの夢を見るんだ! すごくない?!」

 すっかり機嫌が直ったあずくんにボクは夢の中でトモセくんに会う話をした。

 こんな話、同志のあずくんにしかできない。(学校の友達に話したら確実にヤバい奴だと思われる。)

「へーいいなぁ。僕もカイに夢でいいから会いたい。でもなんで一週間も? 偶然にしてはおかしくない?」

「それがボクにもわからなくて。好きすぎると夢に出るのかなぁ」

「それもう末期じゃん」

「やっぱり?」

 しばらくあずくんと見つめ合っていると、

「あ、色紙のおかげだと思うんだよね」

 思い出したとばかりにいつも枕元に置いている色紙の話をする。

「色紙って確か・・・バレンタイン企画であった抽選の奴?」

「そう! あずくんよく覚えてるね! バレンタインデーにラヴずにチョコを送るとお返しに直筆サイン入りの色紙がもらえる企画! ホワイトデーに抽選結果が発表されるんだよ」

「僕もカイに送ったのにさー。甘いものが嫌いだからって甘くないチョコ探すの大変だったのに当たらなかった」

 ブスッと頬を膨らます。(あぁ、不細工になるはずなのに、キレイなまま)


「ボクも当たらないと思ってたから全然期待してなかったんだよね。ホワイトデーの日はちょうどバイトだったからライブ配信見れなかったし。そしたら、忘れた頃にトモセくんの直筆サインの色紙がぁー」

 その時の喜びを思い出し、その場で足をバタつかせる。

「思い出した! その時夜遅いのにスマホでリモートしてきやがって! マジうざって思った」

「あずくーん!」(口の悪さよ)

「で、その色紙と夢が何の関係が?」

「めちゃめちゃ嬉しくて今でもボクの家宝にしてるんだよ。枕元に置いて寝てるんだけど」

「どんだけー」

「今思えば、枕元に置くようになってからな気がする。置く前はありがたすぎて大事に保管してたんだけど、百里姉が閉まっておくなんてもったいないって言うから」

「へー」

「そうだ! 百里姉が好きな人の写真を枕の下に入れて寝るとその人の夢が見れるって教えてくれたから枕元の近くに置いたんだった! さすがにトモセくんを枕の下敷きにはできないし」

「逆に化けて出てきそう」

「トモセくんを勝手に殺さないで」

 

「で? そのおまじないが効いたって?」

 うんうんと瞳を輝かせて頷くボクをあずくんが呆れた顔をで見つめる。

「ただ単に思い込みだよ」

「えー」

「潜在意識ってやつだよ。寝ている時でも脳は活動してるから夢を見る。アキのお姉さんに言われたおまじないをしたから夢に出るかもって思って寝た、それが夢の中で具現化した。つまり、思い込みすぎ!」

 ビシッとボクに指さすあずくん。

「毎日?」

「ある意味すごいじゃん! 人間思い込めば夢で逢いたい人に会えるんだよ!」

「そ、そーだね!」

「あ、塾の講師に言われたけど、効率アップの勉強方法も同じで、寝る直前に勉強して寝ると次の朝覚えてるんだって。だから英単語とかは寝る直前にやれって言われた」

「それも寝ている間に脳が活動してるから?」

「そう!」

 

 一週間もトモセくんに会えるのはボクの脳の執念てことか。


「夢の中のトモセと握手した? サインしてもらった?」

 あずくんに言われて夢の中の出来事を思い出して顔が赤面する。

「うわぁぁぁ~、そんなことできるわけないよぉ! トモセくんだよ? トモセくんだよ! いくら夢の中とはいっても尊すぎて顔もまともに見れないよぉ」

「えーどんだけー。せっかく推しの夢見てるのにもったいなさすぎ。もっと貪欲でいけよ」

「むり。無理だよ」

 前のめりで否定すると、マグカップを置いてあずくんも前のめりに。お互いの顔だけが近距離になる。

「落ち着け、アキ。そのトモセは夢の住人だ。何しても許される!」

「・・・何しても?」

 きょとんとするボクにあずくんが真顔で強く頷く。

「トモセに叶えてもらいたいことたくさんあるだろ? 夢の中ならそれが全部叶う!」

「ぜ、全部?」

「・・・多分。でも、一週間もトモセと夢の中で会えるなら、アキならできるよ。寝る直前に強く念じれば」

「念じる?!」

「うーん、単語を覚えるみたいに? 推しと握手したい、推しと握手したい。みたいな?」

「なるほど!」

 スッとあずくんから離れて体を背もたれに預け、

「あずくんありがとう! さっそく今夜実践してみるよ!」

「成功したら教えて? ボクもカイと夢で会いたいし」

「うん!」

 ニコッと満面の笑顔を同志に向ける。


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