第6話「アイドルオタク仲間」2/2

「遅くなっちゃったね。家の人大丈夫?」

 ファミレスを出ると外はすっかり暗くなっていた。街の中とはいえ星がちらほらビルの隙間から見える。

 先を歩いていると制服のブレザーの裾をクィッと引っ張られ、その場で立ち止まって振り返る。

「どうしたの? あずくん」

 無言の上目遣いでボクを見つめ、

「帰りたくない」

「・・・親とケンカでもしたの?」

 ボクの問いに数秒してからパッと裾から手を放すあずくんは、

「父さんはともかく、母さんは僕のことなんかこれっぽちも気にかけてないよ。今日だって東京に来てることすら把握してるかどうか!」

「言ってないの?」

 ぎょっとする。

「言ってるよ。ちゃんとラインしたし。でも・・・」

 あずくんはビルの屋上にある広告の看板を見上げて何も言わなくなった。

 ボクも広告を見上げると、最近よくテレビのCMや雑誌で見かける人気の女性モデルが頬杖をついている。

 薄く淡いブラウンの瞳、ロングヘアーはチョコレート色だけど、見れば見るほどあずくんに似ている。

「お姉さんと何かあった?」

 ボクの問いにあずくんが広告から顔をそらして、

「今日、家にいるんだ。モデルの仕事が急にドタキャンになったからって・・・不愉快すぎる。母さんは姉ちゃんのことしか頭にないんだ」


 あずくんには少し年の離れたお姉さんがいる。それがあの広告看板のモデル、エミリ。

「僕なんかさー、姉ちゃんと違って男のくせに身長伸びないし、顔も華やかじゃないし、松岡家にいてもいなくてもいい存在? みたいな」

 あずくんがいじけてる。


 確かに、あずくんはボクより身長が低いし、(多分、160くらい)小柄で華奢だ。だけど、顔は十分すぎるほど美形だしお姉さんとそっくりだと思うのはボクだけなのかなぁ。

 あずくんが落ち込むなんて、両親はどんだけ面食いなんだろう。モデルのお姉さんと比べられて育ったのは2年間のつきあいでだいたい把握してるけど。


「あずくんはめちゃくちゃ必要な存在だよ」

 ボクの一言にあずくんが期待を込めた瞳でパッとこっちを向いた。

「ほんとに?」

「本当だよ。あずくんのおかげでボク、推し活楽しいもん。男性アイドル好きの男仲間なんて本当に貴重だし。今日だって夢の話できたのあずくんだけだよ」

「・・・それだけ?」

「え?」

「姉ちゃんはキレイだけど、ボクの顔はどう思う?」

「美人だと思うけど」

「身長低くても?」

 ズィッと距離を縮められ、戸惑う。

「身長は関係ないと思うけど」

「絶対? 絶対だな?!」

 よくわかんない圧力をかけられ、頷くことしかできないでいると、あずくんは鞄から一枚のチラシを引っ張り出しボクに見せた。

『目指せ、男性アイドルオーディション』と書いてある。ラヴずのメンバー10人がキラキラした笑顔で、それぞれこっちに向かって手を差し伸べている。


「え? どういうこと?」

 目を点にしてるボクに、あずくんはドヤ顔で、

「モデルは無理でも、アイドルだったらボクだってなれると思うんだよね! というか、今までアイドルを追っかけててどうして気づかなかったんだろうって不思議なくらいだよ」

「あずくん、アイドル目指すの?」

「目指すんじゃない、なる!」

 グッと拳に力を入れる。

「待ってあずくん。受験は?」

「高校受験だって頑張ってるよ! そのための塾通いじゃん。でも、オーディションも受ける! 他のオーディションもすでに応募してるんだ!」

「えぇー。今年は受験に専念した方が・・・」

「親みたいなこと言うなよ」

 チッと舌打ちするあずくんに、やっぱり親とケンカしたんだと悟る。


「安心してよ。もう第一希望決めてるし。模試でA判定も出てるからこのまま維持すれば間違いなく受かる」

「え、本当!」

 期待するボクにあずくんが余裕たっぷりのドヤ顔でブイサインする。

「でもショックだなー。アイドルオタク仲間として、仲間がアイドル目指そうっていうのに全然喜んでくれない」

 チラシを鞄にしまい込みながらいじけてくる。

「ごめんごめん、時期が時期だから」

 苦笑いを浮かべながら平謝りするボクに、あずくんはツーンとそっぽ向いていじけまくる。

「ボク、めちゃくちゃ応援するよ! あずくんなら絶対アイドルになれるよ! 口は悪いけど美人だし、ダンス上手いし、可愛い時もあるし、年下キャラとしていけると思うよ」

 あずくんの機嫌をとるためにテンション高めで褒めまくるけど、「口悪いのは余計だ」と舌打ちされた。


「アキは僕がアイドルになったら推しにしてくれる?」

 急に上目遣いであざとい視線を送るあずくんに、不覚にもキュンッとした。

「もちろん、推すよ!」

「トモセくんよりも?」

 確信をついてくるあずくん。それはもちろん、

「それは無理」

「おい、そこは僕優先だろ」

「無理、それは断じて無理無理無理」

 両手で大きくバッテンをするボクにあずくは渾身の右ストレートをするフリをし、それを食らったフリをしてよろけてみせた。


 駅へと歩き出すあずくんに、

「いつでもラインして」

 ボクは横に並んで歩く。

「リモートがいい。顔見ないと眠くなる」

「いいよ、あ、でも、あんまり遅い時間だと寝てるから」

「そしたら着信音で起こす」

「そこはスルーで」


 仲間。だけど、弟みたいな存在。

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