第3話「ボクの日常」2/3

 フライパンの中で目玉焼きが三つ、ジュクジュクと焼けていく。

 頃合いを見て、今だというところで火を止め、すでにウインナーとミニトマトが乗っかっているお皿へと盛り付けていると、ドタドタと階段を下りる足音が。

 ボクがテーブルに朝食の準備をしていると姉さんたちが次々とリビングへと入ってきて、

「おはよーアキ! 悪いけどあたし朝食いらない! 一限に遅れる!」

「え? また寝坊?」

 きょとんとしているボクの目を盗んで、長女の愛理姉さんがウインナーをひょいっと口に放り込んで玄関へと逃げて行った。

「アキ、私ダイエット中なの。お米はよそわないでね」

 次女の美紀姉が静かに席に着くと、上品にミニトマトを口に運ぶ。

「またダイエット?! 美紀姉はもう十分細いよ!」

「・・・あのゲスッ! 今に見てなさい、ギャフンッと言わせてやるんだから!」

 グサッとホークでウインナーを刺す。

「朝から物騒だ・・・」


 青ざめていると、

「アキ~、シャワー浴びたんだけどタオル忘れちゃったぁ~」

 開けっ放しのドアから三女の百里姉の声が。

「また~、ちゃんとタオル出してからシャワー浴びてよぉ」

 慌てて洗面所まで行き、浴室から水を滴らせながら顔を覗かせている百里姉にバスタオルを渡す。

 やれやれとリビングへ戻ろうとしたところで、夜勤明けの母さんが帰ってきた。

「ただいま~、アキ。あー疲れた。工場の爆発事故があってもう大変だったんだからー」

「お帰り、母さん。今日もお疲れ様」

 フラフラな母さんを支えながら一緒にリビングへ入る。


「あー本当だ。今ニュースでやってる」

 母さんの話を聞いて、美紀姉がテレビを観ている。

 テーブルに着く母さんに味噌汁とご飯をよそってテーブルに置くと、疲れがにじみ出た顔でニコッとボクに微笑みかけた。

「アキがいてくれて助かるわ。いつもありがとうね」

「自分の朝食を作るついでだよ、母さんこそいつもボクたちのためにお仕事頑張ってくれてありがとう」

 姉さんたちの分のお弁当を用意しながら笑顔で返す。

「あーん、もう! なんてよくできた息子なのぉ!」

 グイッと腕をつかまれそのままぎゅーっとハグ。

「えーずるい、私も」

 美紀姉が席を立って参戦してくる。

「百里もぉー」

 リビングに入ってきた百里姉も当然とばかりにハグ。

 朝から母さんと姉ふたりに挟まって熱烈な包容をうける。


「う、嬉しいけど・・・学校遅刻しちゃうよ?」

 ボクの一言に姉さんたちがハッと我に返りハグタイムは解散となった。

 もみくちゃにされたボクはやれやれと一息ついてキッチンの片づけにとりかかる。


 ボクはこの雨野家の末っ子長男として生まれた、雨野明。(あめのあきら)家族や仲いい友達はアキって呼ぶ。

 母さんは大きい病院で夜勤看護師として毎日働いている。

 父さんは銀行マンとして去年からイギリスに転勤中。

 4人姉妹の姉さんたちは、上ふたりが大学生。百里姉は専門学生。四女の希愛(のあ)ちゃんは父さんと一緒に去年からイギリスに住み、向こうの高校に通っている。

 ボクは都立の高校に通って2年目になる。(高2ってやつです)

 雨野家は朝からハグするほど仲良し家族。特に姉さんたちはボクを赤ちゃんの頃から可愛がってくれて、ほぼ育ててもらったようなもの。

 

 そう、その育て方が問題だった。

 ボクが生粋のアイドルオタクなのは何を隠そう、四姉妹の絶大な英才教育の玉物だ。

 ボクがアイドルオタクである前に姉さんたちが筋金入りのアイドルオタクなのだ。

 男性アイドル大好きなのも姉さんたちの影響。

 ちなみに、姉さんたちに遊んでもらったおかげで可愛いものが大好きだし、幼い頃は姉さんたちのお下がりの服も着ていた。(男でもスカートを履くのは普通だと思っていた)

 さすがに小学校に上がれば恥ずかしい気持ちも芽生えて、男友達もできて外遊びに夢中になったりもしたけど、女子とアイドルの話をしてる方が好きだった。

 キラキラしたかっこいいイケメンに憧れ、なりたいとも思っていた。さすがに、今はなりたいなんて思わないけど。

 ボクも、姉さんたちと血は争えない、イケメン大好き。(可愛いものも好き)



 「いってきまーす!」

 ベッドで爆睡してる母さんを残し、ゴミ袋を片手に家を後にする。

 紺色のブレザーをはためかせ、自転車で登校。だいたい20分くらいで着く。

 教室に入ると窓際に見知った顔ぶれが。

「はよー、雨野」

「おはよ、宿題やった?」

「一応。答え合わせする?」

「いいね」

 友達は少ないほうだけど仲は良好。

 クラスでは目立ちすぎず、薄すぎず、アイドル好きは封印。


「雨野くーん、宿題忘れちゃったー見せてくれる?」

 クラスの女子が両手を合わせながら寄ってくる。

「いいよ」

 はい、とノートを渡す。

「ありがとー! 今度お礼にクッキー焼いてくるねー」

「あは、ありがとー」

 女子が立ち去ると、鳥海くんがツンツンとボクのブレザーの裾を引っ張る。

「今の浜村さんじゃん。学年で可愛いって人気あるらしいぜ」

「へー」

「雨野、ときどき声かけられるじゃん。脈ありかもよ~」

 鳥海くんがニヤニヤしながらブレザーの裾をまた引っ張る。

「うーん・・・どうだろう」

「なんだよ、かわいい系興味なし?」

「そうゆうわけじゃなくて。そうだったら嬉しいけど・・・浜村さんはボクみたいなの好みじゃないと思うな・・・」

「はいはい、出たー、雨野の謙虚」

「そうゆうんじゃなくて・・・」

 言いかけたところで担任の先生が教室に入って来て慌てて席に着く。


 鳥海くんには話してないけど、浜村さんが女子友達とボクの話をしているのをうっかり聞いちゃったことがある。

『雨野くんていい人だよねー。でも、それだけっていうかー? 顔が残念?』

 ケラケラと友達とおかしそうに笑う浜村さんを思い出し、心がチクッと痛む。

 友達もいるし、クラスのみんなにときどき頼られることもある。先生からの評判も悪くない。

 だけど、冴えない男子のひとり。

 あともうちょっと身長が高かったら。せめて170あれば。

 顔も丸顔じゃなくて、もうちょっと輪郭がはっきりしていれば。

 目も小さくて一重じゃなくて・・・。

 言ったらきりがない。

 外見の悩みは女子だけじゃない。

 今時の男子高校生も悩みは尽きない。



 浜村さんのことをふっきるように、部活でもある剣道でおもいっきり竹刀を振って体を動かす。

 放課後は部活で汗をかく毎日。

 文武両道。

 外見は残念だけど、せめて中身は理想に近づきたくて頑張る。



 部活が終わったあとは地元の駅近くにあるパンケーキ専門店でバイト。

「ホイップクリーム付き、パンケーキふたつお願いしまーす!」

 ウエイトレスの飯島さんがカウンターからキッチンに向かって注文する。

「了解しましたー」

 ボウルにたまご小麦と材料を次々に入れて手慣れた手つきで生地を作り、温めたフライパンを一度濡れた布巾で冷ましてから生地を流し入れる。

 いつもの手順でここの看板商品のパンケーキを焼き上げ、盛り付けをしてカウンターへと出し、飯島さんを呼びつける。

「お願いしまーす!」

「はいはいー。ん~いい匂い。雨野くんの作るパンケーキって特別いい匂いがするのよね~」

 ポニーテールを揺らしながら幸せそうな顔でお皿を手に持つ。

 飯島さんはいつもボクのパンケーキを褒めてくれるから、嬉しくしてついつい頬が緩む。

「レシピ通りに作ってるだけですよ?」

「作る人が違うと違うのよ!」

 チラッとキッチンの奥にいる赤井先輩をギロッと睨みつけ、

「やっぱり、心がピュアだとパンケーキにも表れるのかしらぁ~」

 挑発する飯島さんに赤井先輩がチッと舌打ちをし、間に挟まれているボクはひたすら苦笑いを浮かべるしかない。(バイト先で痴話ゲンカはやめてほしい)

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