しばしの別れ

 デュークの実家の私兵たちにより、危うくさらわれかけた魔法使いたちは皆解放された。リアのことを心配してくれたプロセルピナの赴任予定の魔法使いに声をかけると、彼女は「ありがとうございます!」とブンブンと握手をしてくれた。


「わたし、今度プロセルピナに赴任しますブルーナと申します! 今度立ち寄った際には仲良くお茶しましょう?」

「は、はい。私はアウローラで修行中のリアです。どうぞよろしく」

「はい!」


 彼女は元気に馬車で去って行ったのを、リアは手を振った。


(彼女が派遣されることで、少しでもプロセルピナの状況が変わればいいけど……でも。キラーの対処や遺跡の封印は、やっぱり結界師でないと無理だ。重騎士団がいればキラー自体には対処はできるけど、古代兵器自体には誰も対処なんてできない……)


 キラーのことばかりが頭に浮かぶが、プロセルピナ自体が巨大な古代兵器だということを知っているのは、今のところ何度も死んでやり直しているリアだけなのだ。

 今回で結界師としての試験に合格して、プロセルピナの惨劇までに目的地に到着できなかったら……また惨劇が起こる。


(そもそも、今までは時間を巻き戻す魔動具があったんだから、それを確保しないと死んでもやり直すことなんてできないよ)


 今は大量に石を投げつけて、どうにか波紋を広げようとしている真っ只中だ。なにかがひとつでも変わってくれと祈ることしかできない。

 やがて、私兵に指示を与えていたデュークがやっと戻ってきた。

 思えば彼のことは本当になにも知らないと思っていたが、彼が元貴族だったことまでは、今日初めて知ったことだった。


「とりあえず、後はここの騎士団がやってくれるらしいから、俺たちはここでアウローラに帰ろう……どうした? 俺の顔になにか付いてたか?」

「い、いえ……まさかデュークが貴族だったなんて、知りませんでしたから」

「俺が偉そうにしてても、なんにも継ぐものないからなあ。せいぜい兄に多大な恩をつくってしまったから、それをどうにかして返さないといけないってところだ」

「恩って……お金ですか?」

「それよりも実績かな。俺はまだ、なにも成してないから。遺跡でいいものを発掘することもできてないし、そもそも遺跡まで辿り着けてもいない。もうちょっとしたら資金も貯まるからいよいよプロセルピナで勉強に励めるんだがなあ」

「そうですか……」


 そこにリアはじんわりとした寂しさを覚えた。

 試験の結果次第で、リアも正式な騎士団の仲間入りだ。あとは騎士団から命じられるままに赴任先が決まるのだから、プロセルピナに赴任したいと自己申告できるだけ、結果を出さなければ辿り着けない。


(ここでデュークとお別れになるかもしれないんだ……私がデュークと初めて会った頃よりも早かっただけで、そんなに長い付き合いもなかったはずなのにな)


 寂しい。そう思ったが、それをリアは口にすることなく笑った。


「おめでとうございます。プロセルピナの仕事、頑張ってくださいね」

「おう、ありがとうな」


 デュークに屈託なく笑われると、リアはそれ以上なにも言うことができなかった。

 袋に詰められていたときはヤヌスの街並みを見ている暇もなかったが、悪徳の街にしては妙な活気があり、自分たちが閉じ込められていた人買いの天幕以外は結構健全な商業街だったことに唖然とする。

 デュークは慣れたように歩いた。


「隣国との国境境の街だから、活気づくのも当たり前だな」

「犯罪者が多い街と聞きましたけど……」

「そりゃ人が多かったらその分犯罪者も多くなる。王都だってヤヌスの倍は犯罪者が検挙されているらしいが、人口だってヤヌスの倍いるんだから、そりゃそれだけいる計算になるだろ」

「なるほど……」


 プロセルピナみたいにほぼほぼ学者と一般人しかいなく、遺跡に価値を見出す人間しかいないせいで犯罪が起こりにくいのとは考えが違うのだ。

 ふたりで辻馬車で二刻ほど走り、やっとアウローラに戻ってきたときにはくたくたになっていた。最後に食べたのはクッキーくらいなのだから、もうちょっとまともなものが食べたい。

 カルメーラの家に戻ったら、リアは心配していたカルメーラに抱き締められた。


「わっ……!」

「無事でなによりです。迂闊でしたね。まさか外付けのトイレで誘拐だなんて」

「い、いえ……私のほうこそ、まさか平和なアウローラで誘拐事件が起こるなんて思いもしませんでした」

「平和ボケはいけませんね……試験ですが、これ以上ないくらいに合格です。結界の維持だけに留まらず、結界に魔力が抜かれることを利用して、誘拐先を特定させるのは見事としか言いようがありませんから」


 カルメーラに言われ、リアはほっと胸を撫で下ろした。ようやっと結界を解くと、体からやっと魔力が抜け続け、無限にお腹が減り続ける不快感が消える。

 カルメーラは試験に合格したリアと、住み込みで家事を手伝っていたデュークがやっとお金を貯めてプロセルピナに旅立つことを祝って、ごちそうを振る舞ってくれた。

 締め立ての鳥に、たくさんの薬草と岩塩、押し麦を混ぜて炊き上げ、それを切り分けてくれる。ケーキも気のせいかいつもよりもおいしいと思ったら乾燥果物をたくさん一緒に混ぜ込んで焼いてくれたものだった。


「でも寂しくなりますね、ふたりがいなくなくなるのは」

「俺も寂しいですが、これも縁ですから。そういえば。リアは結局どこに赴任になったんだ?」

「それなんですけど、明日から早速ウルカヌスに行かなくてはいけなくて」

「火山地帯かぁ……」


 ウルカヌスは火山の麓の街であり、定期的な噴火を観測している。大噴火の際には騎士団や結界師がいないと大惨事が起こるため、王都と並んで騎士団の重要度が高い。


「初っ端から大変だな、頑張れよ」

「はい……私にも夢がありますから、それが叶えられるように頑張ります」


 リアからしてみれば、引きはかなりいいものだった。

 ウルカヌスである程度成果を上げれば、自分の意思で異動先を決められる。プロセルピナに行ける道筋が見えてきたのだから。


(……残り四年。まだ四年だけどもう四年なんだ。これで私は結界を強くして……皆を助ける)


 ぎゅっとリアは握りこぶしをつくった。


****


 誰もが知らない記憶だけれど、リアは覚えていた。

 女だからという理由で発掘師になるのを反対され、せっかく勉強しても誰もチームを組んでくれなかったことを。

 そのときに助けてくれたデュークに惹かれるのは当然のことだったが、このままだと失われてしまうんだ。

 それを変えるために、今がある。

 何度も死に戻りたくないから、今がある。


<了>

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時空の先で君を待つ 石田空 @soraisida

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