救難要請
だんだん袋の中にも細かい砂が入り込んできて、リアの喉もいがいがとして、くしゃみや咳が止まらなくなってきた。辺りが真っ黒な中、ようやっと袋から出されるが、代わりに寝間着の上から麻縄でふん縛られてしまい、口には猿ぐつわを噛まされてしまった。
「稀少価値の高い結界師が魔法を使われたらたまらないからな」
「……っ」
リアは自身から抜け落ちてくる魔力の量があとどれくらい持つかを確認した。
(全然飲まず食わずだったら……あと半刻持てばいいほうか)
魔力は定期的に補給を取らなかったら、最終的には命まで削らないといけなくなる。
(命を削るタイミングは今じゃない……まだ私は時間を巻き戻す魔動具も手に入れてないし、プロセルピナにも到着してない。それまでに死んだら困る。もうやり直しができなくなる)
なんとか慌てず騒がず助けを待つしかない。リアが結界に仕掛けを施したのだから、それに気付いてほしいと祈ることしかできない。
それにしても。リアは耳を澄ませる。ここはどうも商品を置いている天幕らしく、明かりが入れられていない上に、外からも厳重に入れないよう見張りが付けられているらしい。
何度も何度も瞬きして、どうにか目を馴らしたリアは、辺りに自分と同じく商品にされてしまった人々を確認する。
そこにいるのは、どれもこれもどこからかさらわれたらしい魔法使いたちだ。現在進行形で魔法を使っているならともかく、魔法を使えないように皆猿ぐつわを噛まされて、リアのように縛られている人もいれば、袋に詰められて転がされたままの人もいる。見目が綺麗な子に至っては、可哀想に鳥籠らしき牢に入れられて、猿ぐつわに加えて手足を鎖で縛られている子だっている。
(こんなに……私の仕掛けで、騎士団が動いてくれるといいんだけど。大捕り物になったらまずいかも)
ただでさえヤヌスは立場が微妙な街なのだから、大事にしたら隣国と戦争になりかねない。だからと言ってこれだけ魔法使いや魔法使い見習いたちがさらわれていたら、人材流出も甚だしい。
リアがそうぼんやりと思いながら、せめてもの抵抗で猿ぐつわを一生懸命噛んでいたら、いきなり肩をポンッとぶつけられた。その勢いで思いっきりリアは床に体をぶつける。痛い。
それにぶつかってきた本人が慌てふためいた。
ぶつかってきたのは、明かりがなくて色まではよくわからないが、ローブにわざわざレースを足している少女趣味らしいことまではわかった。
彼女は謝りながらも、床をトントンと叩きはじめた。最初は意味がわからなかったものの、その叩き方は古代文字の省略だと気付く。
(【あなた 魔力が抜け続けてるけど 呪われてるの 大丈夫?】ああ……私がさらわれた上に呪われてないか心配してくれてるんだ。【試験中に誘拐されたの 今日で試験終了だった 今は試験内容に救援要請 書き足してきた】)
リアも彼女に合わせて床を叩き、古代文字で応酬する。
まさかやり直す前にさんざん勉強してきた古代文字を、誘拐先で暗号として活用することになるなんてリアも思っていなかった。
彼女は心底ほっとした顔をした。
(【助けが来るの?】【私はアウローラで修業していたの アウローラの先生は優秀だから】【騎士団は来られないんじゃ】【多分なんとかなる】)
こちらのやり取りに、どうも古代文字だと気付いた人たちもいるらしく、こちらを見てきた。手で床を叩ける人たちで、それぞれやり取りがはじまった。
さすがに袋ごと縛られている人たちや手足を鎖で固定されている子は無理だったが、皆で一斉に情報交換がはじまる。
今ちょうどリアとしゃべった彼女からは、意外な話が聞けた。
(【私はプロセルピナに行くところで捕まりました】えっ、プロセルピナに騎士団所属の魔法使いが来た覚えなんてなかったけどな……【プロセルピナは遺跡の街だけれど どうして?】【遺跡の発掘調査で問題が発生したから 冒険者の取り締まりに行く予定でした】)
どうもリアの記憶通り、遺跡で冒険者が問題ばかり起こすため、そろそろしたら冒険者の出入り禁止になる頃合いだったらしい。そしてリアの記憶に騎士団所属の魔法使いがいなかったのは、そもそも彼女が誘拐されてしまったせいで、結果的にプロセルピナの惨劇に間に合わなかったようだ。
(私が騎士団所属の結界師の修行をしなかったらわからなかった話だ……私が誘拐されなかったら、そんなこと気付かなかったし)
だとしたら、なんとしてでも彼女と一緒に助かり、プロセルピナへの異動に渡りを付けたい。リアはそう思いつつ、少しだけ疲れて目を閉じた。
そもそも夜中に起きてしまったのが原因で寝付けなかったのだから。
****
目が覚めたのは、魔力がだんだんと底を尽きかけて、空腹に近いなにかが背中からせり上がってきたことと、騒音のせいである。
最初は騎士団かと思ったが、違った。
「エルマンノ伯爵家の私兵騎士団だ!」
「なんでヤヌスにそんな奴らが来るんだよ!?」
「知るか! さっさと荷物をまとめ……! グフッ!!」
言っている意味がわからず、リアはポカンとして縛られたまま見ていた。そもそもリアは貴族の家名なんて聞けるような街には住んでいなかった。
(でも……エルマンノ……? どこかで……)
わからないまま外の様子を窺っていたら、突如として天幕が裂けた。それに捕まっていた魔法使いたちは一斉に体を強張らせた。
もし人買いに人質にされたら困る。
「リア……!!」
その知っている声に、リアは目を見開いた。
外は貴族所持の騎士団が人買いを捕縛しているのが見える中、知っている人が走ってきたのだ。そこにいた人は、どこからどう見てもデュークだったのだ。
リアはふん縛られたまま座り込んでいたら、縛られたままデュークに抱き締められた。
「……無事でよかった」
リアはそれにもごもごとさせる。デュークはリアの猿ぐつわに気付いて慌てて外すと、リアは必死に訴える。
「や、薬草クッキーかなにかを……魔力が……もうちょっとで……なくなる……」
「あ、ああ……!!」
デュークは慌てて荷物からクッキーを差し出した。その香りは間違いなくカルメーラが焼いた薬草クッキーであった。それをデュークがリアの口に押し込んでくるので、それをコリコリと食べる。
「……ありがとう。助かりました。でも、これはいったいなにが……ここにいる人たち、皆それぞれ騎士団所属の魔法使いたちなんですけど……」
「リアの張った結界に、ここの地名と誘拐された旨が書かれていたんだろう? 俺には読めなかったけれど」
リアが誘拐されても必死で魔力を結界に注ぎ込んでいたのは他でもない。魔力の色を必死に変えて、救難信号を結界に書き記していたからだ。魔力のある人しか読めない上、アウローラでそれらが見えるのはカルメーラくらいのものだった。
「だからデュークが来てくれたんですか……あのう、あの貴族の私兵の皆さんは……」
「……うちの実家。正確には兄上の私兵だな」
「はあ……」
「実家が貴族だからな。俺は次男だから、なにも継げるものなんてなかったんだけれど」
リアは少し驚いてデュークを見た。
彼の生い立ちはなにもわからなかったし、どうして日雇い労働ばかり繰り返していたのかも、ようやくわかった気がする。
貴族は一子相伝であり、次男以降には一切財産が分けられない。だからこそ、デュークは発掘師になるために独学で勉強しながらプロセルピナを目指していたのだろうと。
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