突然の誘拐

 試験二日目も、なんとか結界の維持を続けることができた。強度はその都度カルメーラが様子を見に出かけているものの、リアの結界の密度で申し分がなく、あと一日もてば試験は合格そうだ。


「ええ、これであと明日一日もてば晴れて合格ね」

「よ、よかった、です……」

「うふふ。初めて魔力を強制的に搾られる感覚はどうですか?」

「これに慣れないといけないんですよね……」

「でも三日間結界の維持を続けていれば、自然とどれだけの魔力を放出すれば結界の維持ができるか、魔力を補うのに一番有用なものはどれか、自然と学べるでしょう?」

「それは……たしかに」


 リアは魔力がどんどん抜け落ちる間も、どうにか補給しようとあれこれと食べていた。薬草クッキー、薬草ケーキ。いろいろ食べたり飲んだりして、一番効果があったのは薬草茶だった。本当なら薬草そのものをむしって食べるのが一番効くのだろうが、さすがにそれをずっと続けるのはリアの心境としてもつらい。

 だから薬草茶をしきりに淹れて飲むことで、どうにか魔力を補給していた。

 デュークはリアの試験中はずっと家にいた。さすがに気になり、リアはデュークに尋ねる。

「あのう……プロセルピナに行くための路銀稼ぎのほうは?」

「でも君になにかあったとき、困らないか? 俺が空いてたほうがいい」

「先生がいますから、そこまで気を遣わなくても」

「でもリア。君も結界を張る際に魔物に襲われかけただろうが。俺が傍にいたからよかったものの、あのままやられてたら君は重傷だったし、試験だって中断だった。だったら俺がいたほうがいいじゃないか」


 あまりに正論で、ぐうの音も出なかった。リアは困った顔でカルメーラを見ると、カルメーラはにこにこと笑う。


「もちろんあなたもいずれは世界樹や遺跡などの結界管理を任せられることもあるでしょうが、若い内は大丈夫だと思いますよ。熟練の技を身につけるまでは、いろんな人に頼りなさい。そのほうが都合がいいですからね」

「そういうものなんですね」


 リアはデュークがいるのを思いながらなんとも言えない顔になる。


(でも……たしかにそうか。呪文詠唱で時間を食っている間に私がやられちゃったら結界を張れないんだから、その間だけでも守ってもらわないといけないんだ……ひとりでやれることって結構少ないな)


 アウローラからだと、現在のプロセルピナの情報はなかなか手に入らない。かろうじて行商と薬草の売買の際に世間話を聞く程度だ。


(古代兵器を見つけたあたりから、大学はだんだん遺跡の危険性について分析をはじめるはず……でも。時を巻き戻す魔動具の発掘が完了しない限り、時間を巻き戻す術が消失してしまう……)


 管理者に古代兵器の危険性を見せつけなければ、いずれ高飛びしてしまう。その際にプロセルピナは惨劇に巻き込まれてしまうのだから、保険として時間を巻き戻す魔動具はどうしても必要だった。

 リアが考え込んでいる中、デュークはまたしてもリアの眉間の皺をつついた。それに思わずリアは噛み付く。


「も、もう! 人が考え事しているときにいつもつつくんですから!」

「魔力を消耗して大変なのはわかるけどな。でもあんまり思い悩むなよ」


 デュークはリアの眉間をツンツンとして、そしてふっと微笑んだ。それにリアはどぎまぎする。


「今は試験のことだけ考えろ。いろいろやりたいことを考えるのはいいけれど、それで試験に落ちちゃ元も子もないんだからな」


 そう言われて、ようやっとリアは沈みかけた気持ちが浮上するのを感じた。


(……そうなんだよね。ひとりでできる分は自分でやるとしても、頼ることも覚えなかったら、遺跡は……)


「じゃあ、私になにかあったら助けてくださいよ」


 リアは冗談っぽく言うと、デュークは快活に笑った。


「ああ、任せろ」


 それがしばらくのお別れの言葉にする気なんて、本当はふたりにはなかったのだが。


****


 明日で試験が終わる。そう考えたら、リアは少しだけ緊張して、薬草茶をたくさん飲んだ……たくさん飲んだらその分トイレに行きたくなる。

 アウローラのトイレは基本的に屋外の小屋にあり、リアは「私の馬鹿……」と言いながら家を出て庭を横切っていく。庭の天幕の明かりが切れていることから、既にデュークも寝ているのだろうと、小屋に入ったところで。

 いきなり太い腕にリアは取り押さえられた。


「フグッ……!?」

「おい、いたぞ結界師が……!」

「まだガキじゃないか? ばあさんじゃないのか」

「あのばあさんは家の周りに結界入ってるから、唯一張ってない小屋で待ってたんだろうが」


 その人々の服装や言動は、明らかにアウローラの穏やかな人々とは異なる類いのものだった。


(人買い……)


 結界師の結界は基本的に魔物避けのものであり、悪意のある人間を追い払う効果はない。

 元々騎士団所属の魔法使いの中でも、結界師や治癒師などは戦闘能力はそこまでなく、しかし魔法自体は国から許可を得ている者にしか精通してない魔法を多く使えるため、たびたび人買いが見習いを攫うのだ。

 もちろんアウローラもいくら穏やかだからとはいえども、騎士団直轄の街なのだから騎士団の駐屯所も存在しているが。


(この人たち、わざわざ騎士団駐屯所の目をかいくぐってきたんだ……!)


 リアは乱暴に袋に入れられた。必死に抵抗しても、袋ごとふん縛られて身動きが取れなくなる。


(もう……もう……!)


 何度も何度もやり直している中、今回のやり直しはリアの中でも特殊だった。

 結界師を目指してプロセルピナを離れたのも初めてならば、デュークと同居していたのも初めて。そして荷物のように袋に詰められたことも初めてならば、そのまま担がれて誘拐されていくのも、やり直した人生の中でも初のことだった。

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