試験の最中
結界を張り、三日間の維持。
その間もリアの魔力はどんどんと抜け落ち、その都度薬草クッキーを食べて魔力を維持し続けないといけなかったが。
リアもこれだけ大規模な結界を、しかも街ひとつを包み込むようなものなんて張ったことは今までになく、じりじりとこめかみが痛み、魔力消費の激しさを思い知っていた。
「うう……」
「大丈夫かリア? 体が」
「体は大丈夫なんですけど……こうも魔力が抜けることなんて初めてですから……でも、これでなんとか維持し続けたら試験は終了ですから……そうしたら、私も晴れて騎士団所属の結界師になれますから」
そのあとは、なんとか猶予期間中にプロセルピナに到着し、プロセルピナの遺跡を結界で封印する。しかしタイミングが重要なのだ。
(あの金の亡者の管理者は……多分性格が変わってない)
何度やり直したときも。大学の学者たちと一緒に遺跡調査の中止を訴えたときも、これ以上冒険者たちを呼び寄せて魔動具発掘に参加させないように促すときも、全部首を振り続けたのが遺跡の管理者だ。
魔動具で与えられる利益と金でメロメロになり、プロセルピナの惨劇の最中も自分は金と魔動具を持って高飛びをしてしまったのだから始末に負えない。しかもそれは何度もやり直したときも、管理者だけは無事だったのが腹が立つ。
(管理者が心の底から「この遺跡は封印しよう」と思わせる方法なんて……キラーを見せつけて「冒険者ですら対処できない」と諦めさせることだけなんだから。あとは、封印ができる)
それは危険な賭けだった。
いくらリアの
それに重騎士であったらキラーに対処できるだろうが、管理者に「重騎士団がいるなら大丈夫だろう」と怠慢決めさせる訳にもいかなかった。
リアの計画はお世辞にも計算尽くではない、運と出たとこ勝負で任せたものだった。普通は計画とは呼べない。
ひとりでそう考え込んでいたところで「リア」とデュークから声をかけられて、リアは我に返る。
「はい?」
途端に額をツン。と指でつつかれる。いや、違う。
リアの眉間を軽く指の腹で押さえられたのだ。思わずリアは眉間に手を触れると、デュークは快活に笑った。
「眉間の皺。考え込み過ぎだ」
「……すみません。いろいろ考えてないと、魔力と一緒に体力も削られていくのに耐えられないというか」
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫なんですよ。これでも」
リアはなんとかヘラリと笑った。
彼女の記憶の中で、キラーの被害が頭に浮かんだ。何度もやり直した。何度も何度もやり直した。しかし彼女の記憶が取り戻せるのは遺跡起動直前であり、なにも大きく変えることができなかった。
しかし、今回は何回もやり直した中で、やっと起こせた奇跡なのだ。
「私、運がないほうだと思っていましたけど、実は強運なんじゃないかと自惚れていたところです」
「うん?」
デュークは本気でわかってないという顔をするのに、リアはクスクスと笑った。
(……遺跡起動の六年前にまで戻れたのなんて、運がいいとしかいいようがないもの……それに、この頃のデュークに会うこともできた。私とはもう、出会えないかもしれないけれど。でも……)
ふたりで他愛ない話をしながら発掘作業に勤しんだことを思い出した。
魔動具らしきなにかを見つけて、興奮しながらリアはデュークを呼んだが、出てきたのは古代のシャベルだったこととか。
初めての魔動具発掘作業でうきうきしていたら、壊れてしまいデュークにしこたま怒られながらふたりで修復師の元まで走ったこととか。
大それたものじゃない、あのささやかなもう戻ってこない日常に、リアはずっと恋い焦がれている。
そうとりとめのないことを考えていたら。いきなりデュークが顔を覗き込んできたことに、リアは思わず仰け反った。頭をゴンッと木に打ち付けそうになる。
「な、なんですか……!」
「うん。なんだか失礼なこと考えてそうだなって」
「失礼ってなんですかぁ」
「君、なんだかここじゃないどこかにばかり目を向けるなと思うから。あんなに遺跡のこと好きそうなのに、発掘師や修復師でなく、何故か結界師を目指しはじめるし、プロセルピナの話をすると、いつも遠くに意識を飛ばすんだ。それ、いったいなんだ?」
まるで心を読み取られたかのような指摘で、リアは言葉を詰まらせる。
(言える訳、ないじゃない……何度も何度も死に戻って、遺跡をどうにかして封印しようとしているだなんて。だって……この時代はまだ古代兵器の危険性だって公表されてないのに)
下手に言ったら歴史を変えてしまうかもしれない。仮に歴史は変えられなくても「考え過ぎ」と言われても困るのだ。リアが歯がゆく思いながら、なんとか言葉を振り絞る。
「……言えないことってありますよ。私が遺跡のことが好きなんだってことだけ、覚えてくれてたら嬉しいです」
「ふうん」
そこで無理矢理話を打ち切る以外に、リアはどうすることもできなかったのだ。
試験一日目は、魔力がどんどん抜けて、集中力が途切れていくのを、どうにか食欲で誤魔化すことでやり過ごした。
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