隣にいること

 次の日。その日は朝から雨が降っていた。それにリアは「ああ……」と呻き声を上げる。


「先生……」

「結界の綻びは天気を待ってはくれませんから。結界の修復の際に魔物に襲われることもありますし、天候のせいで地盤が緩んで結界が緩むことも、あなただってもうご存じでしょうが」


 穏やかな物腰だが、長年アウローラの結界をひとりで守ってきただけあり、カルメーラの意思は強固だ。リアは雨避けにロープを羽織りながらも、カルメーラに頭を下げた。カルメーラは頷く。


「それでは、今から結界を解きます。その間に、結界を張り直し、なおかつ三日間結界を維持しなさい。それで合格としますから。もちろんここに戻ってきても結構ですし、休憩や魔力の補給も大切です。ですが、アウローラの地に一匹でも魔物が入ってきた場合、不合格と見なして再び二年間修行生活に戻るということを、どうぞお忘れなく」

「……わかりました。先生、行ってきます」


 リアはフードで頭をすっぽりと多いながら、最後に庭で天幕を張っているデュークの様子を見に行くことにした。雨が細かいせいか、特にデュークは問題ないらしく、ひょっこりと天幕から顔を出して、出かける準備をしているリアを見つけた。


「出かけるのかい?」

「はい……試験ですから」

「そういえば。試験内容は聞いたけれど、試験中って、内容さえ合っていれば手助けするのはできるのかい?」


 それにリアはギクリとする。


(……そりゃ今は先生が結界を解いたから、しばらくしたら魔物が入ってくるかもしれないし……天気が悪かったら、それに乗じて雨避けに世界樹の麓を目指すかもしれないし)


 アウローラ全土に結界を張るとなったら、いくら結界魔法が得意なリアでも時間がかかるし、集中力を全て結界展開に持って行かれて唐突に魔物に襲われても対処ができなくなる。その点、誰かが傍にいてくれたら安心ではあるが。


(でも……この時点でデュークって剣は使えるの?)


 リアの覚えている発掘師のデュークは、遺跡内剣術は得意だった。しかし外での戦闘だとどこまでやれるのかリアも知らないし、実際に現状のデュークの実力を知らない。そもそもこのやり直しの機会で初対面が坑道なため、剣を振るえるのか確認する機会すらなかった。

 考え込んだ末。リアは頼むことにした。


「それじゃあ、私が試験に集中できるよう守ってください。そこまででしたら、先生の試験のズルにはならないはずです」

「そうなのかい?」

「結界を展開し、維持すること自体は私がしないと意味がありませんから、他の結界師に助けを求めたりしたら失格です。でもそれ以外。結界展開維持中のトラブルは私が外注して対処するんだったら問題ないはずですから」

「なるほど。わかった。それじゃ行こうか」


 リアは坂を登る前に、ちらりと可愛らしい赤いキノコ風のカルメーラの邸宅を見た。まだ結界は解かれていない。結界が解かれたらすぐに魔物の危険がやってくるため、早めに向かわないといけない。

 リアはデュークを伴ってパタパタと歩いて行った。


****


 霧雨が降っている。ローブが湿気る上に視界を遮るものの、幸い地面を緩くするほど強い雨ではない。

 なんとかアウローラ全土を見渡せる見晴らしのいい場所に到着した途端、魔力の光彩がふつりと切れた。それに気付き、リアは急いで持ってきた薬草入りのクッキーを囓った。魔力が緩くリアの体内を回転していく。


「それじゃあ、既にアウローラの結界は解けていますから、私が張り直しします。その間、魔物が来たら対処をお願いします」

「おう」


 リアは急いで結界展開の詠唱をはじめた。


(落ち着け、まだ魔物はやってきてないし、今まで習ったことをやるだけだ)


 リアは魔力を放出して伸ばし、それを膜にするイメージをつくりながら、手を伸ばしていく。

 彼女が必死に結界を展開している中。ふいにデュークが動いた。腰に差していたのは剣ではなく、鉄杖だったが。それを大きく振りかぶってガンッとなにかを叩き落としたのだ。思わず振り返るリアにデュークは黙って「いいから呪文詠唱呪文詠唱」と首を振られる。

 そこにいたのは怪鳥だった。魔物としてポピュラーであり、とにかく庭木を荒らす、食い意地を張っていて畑を無茶苦茶にすると忌み嫌われているものだった。

 おそらくはアウローラに入れるようになったことで、稀少価値の高い薬草を食べに来たのだろう。人間には薬用がある程度の薬草も怪鳥からしてみれば酒のような酩酊感があるものがあるため、アウローラでは主にこの魔物を避けるために結界を張っているのだ。


(……デュークはやっぱり、強い)


 かつての彼とは違う道を辿っているのかもしれない。かつてのリアと今のリアが大きく外れてしまったように。

 ただ隣を任せられる。その安心感はそう簡単に手放せるものではなく、リアは必死に呪文を紡いだ。


結界エイキュー……!!」


 アウローラ全土に、薄い皮膜が張られた。それはカルメーラの結界の光彩とは違い、リアの髪のようにどこか金色に光っているように見えた。

 ここから三日間が本番だ。

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