試験を受ける前に
リアのもやもやした気持ちはよそに、デュークは庭に天幕を張り、仕事を探しに出かけた。この静かな街でも意外と日雇いの労働は多い。特に年寄りは薬草採集や荷物持ちなど腰に負担のかかる仕事は不得手なため、しばらく滞在するデュークのような若者はちょうどよく、数日経ったらすぐにアウローラでも評判の美丈夫となってしまったのには、リアは唖然としていた。
「たまたまリアさんが連れてきたとは言えど、彼ずいぶんと有望なのね?」
「は、はい……本人は遺跡のことしか頭にないみたいなんですが……」
結界師としてアウローラの結界の維持やら、近所の人々から魔法使いとしての相談やらを請け負って忙しくしているカルメーラも、物珍しげにデュークを見ているのに、リアは頭が痛くなった。
(私が知らなかっただけで、彼は人間的に当たり前なことをしていたら、勝手に評価がうなぎ登りになっていたのかもしれない……実際に、デュークがいい人だからこそ、私だって好きになった訳だし)
彼がいい人だというのは、自分だけ知っていればよかったのに。女子供はあまり関わらない発掘師の仕事であったら、ライバルは少なかったのに。
アウローラは薬草採集のために魔法使いたちがよく訪れる。若い魔法使いの女の子たちがすぐ彼を好きになるのに、リアはどうしても嫉妬の念を向けてしまうが、それを必死に打ち消していた。
(かつての私だったら、一緒のチームで発掘作業をしていたんだもの。おまけに終始一緒にいたから、他の人が付け入る隙がなかったから、私が嫉妬しなくって済んだだけ。この人がいい人だって知ってたら、そりゃ誰だって好きになるし……そもそも前と勝手が違うんだから、私が彼の周りの人に嫉妬するのはお門違いだ……わかってる。わかってるけど)
自分でもしょうもないとはわかっていても、リアも据わりが悪い気持ちを完全になかったことにはできずにいた。
リアを見て、カルメーラはクスリと笑った。
「なあに? あなた、私のほうが先に好きだったのにって嫉妬?」
「……そんなんじゃ、ないです……」
実際に何度も死に戻ってやり直しているから、彼に向けていた情はリアの中でよっぽど重くなってしまっているが、今のデュークからしてみればリアは派遣されてきた結界師の弟子くらいにしか思っていないのだから、覚えのない感情を向けられてしまったら普通に引くだろう。
しかし意外とカルメーラはそのことをきちんと指摘する。
「魔法使いにだって、恋愛だけはどうしようもないですからね。惚れ薬を使って気持ちをねじ曲げたところで、その場を誤魔化すことはできても魂のあり方まで変えることはほぼ無理ですから」
「……先生みたいな凄腕の魔法使いでもですか?」
「そりゃそうですよ。恋愛なんて時間薬以外で消す方法なんてありませんし、時間薬だって最低でも五年くらいはのたうち回りますから、そう簡単になかったことにはできません」
「……他の人を好きになってもですか?」
「だって、その人を好きだったことと、別の人を好きだったことって、一緒くたにできますか? 好きだったものと今好きなものが増えるだけで、のたうち回ることには変わりませんよ?」
カルメーラにそう言われ、リアは自分の胸を抑えた。
プロセルピナの惨劇を完全に回避できない限りは、自分の気持ちを言うことはできないのだ。リアだって既にカルメーラの下で修行をしてわかっている。
感情こそが、もっとも魔法で制御が難しく、魔法の公使の上でもっとも大きな障害になることを。
「……私はデュークに気持ちを伝えることはできません。ちょっといろいろありまして」
「そう」
「でも、頑張って結界師として一人前になって、騎士団所属の結界師としてバリバリ活動できたら……そのときは伝えることができるかもわかりません」
「頑張りなさいね。さて。あなたの試験だけれど」
「はい」
その途端に、カルメーラの家の中は緊張でみなぎる。カルメーラは微笑んではいるが、いっぱしの結界師としての言葉は凜々しく、自然とリアの背筋も伸びる。
「三日後に執り行います。三日後、私はアウローラの結界を解きます。あなたはアウローラ全土に結界を張り、それを三日維持なさい。それで試験合格とします」
「はいっ……!」
結界の展開に、三日間の維持。三日間結界を維持するために、展開するスポットの確保。魔力の温存にじりじりと削られていく心身の消耗のために薬草入りクッキーの常備、三日以内にそれらの用意をしないといけない。
リアは「行ってきます」とカルメーラに頭を下げると、アウローラ全土を見渡せる場所の偵察へと向かった。
****
以前にカルメーラに連れられて行ったときは、緩やかな坂を少しくたびれながら登ったと思うが、魔法についてイチからジュウまで学んだ今では、自然とリアもすいすいと歩ける。そしてカルメーラの結界を確認した。
「これを三日間か……」
カルメーラの結界の魔力の色は、シャボン玉のように光彩を変える。それが解かれたら魔物たちが侵入し放題になるのだから、それを防ぐためにもすぐ結界を展開しないといけない。
(これができるようにならないと、プロセルピナを封印なんて絶対に無理だ。キラーを絶対に通さない結界を張らないといけないんだから)
どうしても緊張で頬が強張る。そんな中「あれ、リア?」と声をかけられた。背中に大量に薪を背負ったデュークの姿に、リアはぎょっとする。
「デューク、どうしたんですか。その大荷物は」
「これか? 世界樹の枝の剪定の手伝いをしてきたんだが、剪定で切り落とした枝は持って帰っていいって言うから、とりあえず薪にしようかと」
「そりゃまあ……」
本来ならば薪はもっと木を乾燥させてから切って使うのだが、世界樹の剪定を行っていたということは、既に枯れかけていた枝だろう。充分に使える。
不意に、リアのほうをデュークが覗き込んできたので、リアは思わず仰け反った。
「……なんですかぁ」
「なんか緊張しているのか?」
「試験がありますから。結界師として認められるための」
「そうか。大変だな、結界師も。これが騎士団で認められるためのなのか?」
「そりゃまあ。国で認可されなかったら、魔法もたくさん覚えられませんし、人を守ることだってできませんから……」
「大変だな……そうだ」
デュークはガサガサと懐をまさぐると、布でくるんだなにかを取り出した。甘い薬草酒の匂いと一緒にケーキが出てくる。
「これ、どうしたんですか?」
「一緒に選定作業をしていたおじさんが、家で奥さんが焼いたから休憩時間にもらってたんだよ。それをひと切れ残してたんだ。よかったら食べないか?」
「な……それはデュークのお仕事の対価ですから、私はもらえませんよ」
「対価はちゃんともらってるけどなあ。これはリアにもらってきたものだから」
それにリアは顔を赤くし、少しだけむっとする。
(だから、私は今は自分の気持ちを封じ込めたかったのに……! どうして発掘師になる前の彼はこうも甘いし、優しいし、いろんな人をたらしてくるの……!?)
リアがむくれてのに、デュークは困ったような顔をした。
「すまん、怒らせるようなことを言ったか……?」
「怒ってないです、怒ってないですけど……ああ、そうだ」
結局はケーキを手に取ると、半分に割って割った大きなほうをデュークに差し出した。
「ふたりでいただきましょう」
「……ああ」
アウローラ全土を眺めながら、ふたりでのんびりとケーキを食べる。
普段花の甘い匂いのするはずの薬草ケーキは、この家庭のものはどことなくすっとする清涼感と苦みを残した。
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