夢を語る夢を阻む

 リアはどうしたものかとカルメーラの家にデュークを連れ帰ると、当然ながらカルメーラが驚いて出迎えてくれた。


「すみません。ここでは宿がなかなか取れないでしょうから、天幕を張れる庭を探しているんです。大丈夫な場所ありますか? こちらの庭は薬草園ではないようですけど」


 アウローラは世界樹の麓にある街な上、随所随所に稀少価値の高い薬草が生えている。

 宿も小さくて少ない上、野宿できる場所すら多くはない。デュークの言葉に、カルメーラはあっさりと言う。


「この辺りはたしかに宿は少ないですね。ほとんど商人たちで満室になってしまいますし。わかりました。うちの庭お使いなさい。うちの庭なら、庭半分なら薬草は植わってませんし」

「ありがとうございます」

「でも食事に行くのも大変でしょうし、滞在期間中に庭仕事や力仕事を手伝ってくださるなら、食事の用意はできますよ」

「なら……お願いします!」


 デュークが深々と頭を下げているのを、リアはなんとも言えないものを見る目で見てしまった。


(本当に庭を使うんだ……)


 デュークが慣れた手つきで天幕を張るための梁を組みはじめている中、リアはカルメーラに結界修復の報告を済ませる。それにカルメーラはころころと笑う。


「それはよかったです。でもあなたもそろそろ試験をしなければなりませんね。試験で私が一度解いた結界を、あなたが張り直す。それができて、一日維持ができれば、無事騎士団に戻って結界師として活動できますよ」


 そう言われて、リアの心臓が跳ね上がる気がした。


(嬉しい……嬉しいけど)


 庭のほうで天幕を張っているデュークをちらりと見た。


(せっかく再会できたデュークと、もうお別れなんだ……あの人はこのまんまだと、プロセルピナに着いてしまうし……)


 リアは何度も何度も死に戻ってやり直していたため、プロセルピナの惨劇がただ直前に巻き戻っただけでは足りないことをよく知っている。

 だからこそ、六年前に跳べた今しか、プロセルピナの惨劇を止めることはできないだろうと、必死に結界の勉強をしているが。

 このときデュークが自分以外の誰かとチームを組んで遺跡を潜った場合、止めることができるんだろうか。


(……今しか止めることができないんだよね)


 リアはどうやってデュークを止めるべきか、考えあぐねた。


****


 薬草を生地に練り込んだパン、薬草を混ぜてつくった野菜スープ、薬草を生地と一緒に蒸し上げたソーセージ。アウローラの名産品でつくる料理は、どれもこれも薬草を織り交ぜておいしくつくっている。

 リアはそれらを魔動具で火を熾したかまどでつくり、デュークの器にもよそった。


「はあ……これがアウローラの料理か……美味いな」

「おいしいですね。薬草っていうと薬ばっかりかと思いきや、意外とそうでもないですし」

「でもこんなに薬草使って大丈夫なのか?」

「薬草もすごい勢いで伸びてしまって、庭を壊しかねないものもありますから、定期的に使い切ってしまわないと駄目なものも多いんですよ」


 薬草を薬として使うためには乾燥させた上で調合する方法と、生薬としてそのまま調合する方法とあるが、乾燥させている間は薬草が伸びっぱなしになるため、自然と日常的に食べる方法の模索も増えていった。

 最後の薬草を漬け込んだ酒に、その酒をたっぷりと染み込ませたケーキも食べ終えると、デュークは満足げに腹を撫でた。


「美味かった。ご馳走様」

「それはよかったです」

「それじゃあ俺は天幕に戻るから」

「……あの、少し庭でお話いいですか?」


 そう尋ねると、デュークはキョトンとした顔をした。


「それはかまわないが。なにかあったか?」

「……いえ。遺跡の話を少し聞いてみたいと思って」


 途端にデュークは目を輝かせる。


「いいぞ」


 ふたりで庭に行くと、楽し気に話がはじまった。


「未だに古代文明が解明されていないところに浪漫があるんだ。今だと再現不可能な超合金。オリハルコンやミスリルの合金を錬成する方法もきっと残っているはずだから、調査してみたいんだ」

「たしかに……でも、そんなすごい古代文明もどうして滅んでしまったのか未だにわからないんですよねえ」

「きっとイレギュラーなことがあったからこそ、滅んだんだろうがなあ」


 しゃべると一気に話が弾む。かつて一緒に遺跡で寝泊まりするとき、寝袋に入って眠くなるまで明かりの下で話をしていた頃のように、今はまだ何者でもない青年と、結界師の修行をしている騎士見習いが、こうして話をしている。

 だからこそ、リアは必死で考えた。


「……その全てを解明してしまったら、なにが起こるかわからないじゃないですか」

「うん?」

「夢は夢のままで置いておいたほうが、幸せなことだってありますし」

「君は、これ以上プロセルピナの調査が進むのをよく思っていないのか?」

「……古代文明が滅んだ理由がわからないことには、それを知った上で同じことが起こらないようにして調査しなかったら、いずれしっぺ返しを食らうかと思います。プロセルピナの今の管理者は、金の亡者ですから。私が街を出るまでの間も、冒険者たちの遺跡探索を大々的に宣伝して推奨して、地元の学者たちとトラブルを頻発させてましたから」


 リアも死に戻った時点で聞いた話しか知らないが、元々最初に死に戻った時点で、大学側は何度も何度も管理者に突撃してやっと冒険者の立入を禁止にできたのだ。

 学者たちはあれだけ慎重に調査を進めていたのに、古代兵器が現れるようになったのは、冒険者たちが無神経になにかしら左右したようにしか思えない。


「だから……冒険者たちを抑え込んだ上で調査をしなかったら、きっと大変なことになると思います」

「ふうむ。君はそんなに遺跡が好きなんだな」


 デュークの率直な感想に、リアは目を白黒とさせる。


「私の話聞いてましたか? 怖いって言ってたんですけど」

「そこまで遺跡のことを考えて発言をするのは、遺跡が好きだからに他ならないだろ。でもそうだなあ。君の発言はもっともだ」


 デュークは空を見上げた。

 カルメーラの張っている結界はクリアで、魔力の流れを追おうとしない限りは、空の色も星の光も曇ることはない。


「俺は近い内にプロセルピナに行く。そのときに君の危惧したことは大学側に伝えてみるよ。君みたいなことを考えている学者だってきっといるだろう」

「……そうですね」


 リアは彼の言葉に、なんとも言えなくなってしまった。


(言って欲しくない。できればここに留まって欲しい。でも駄目だなあ、私は)


 リアはデュークの遺跡が好きな姿が好きなのだ。

 彼だけが自分を発掘師として認めてくれた。それだけでは、きっといい先輩後輩、いいチームメイトだけで終わっていた。

 彼の遺跡を語る目が好き。彼の遺跡に対する熱意が好き。彼の発掘に向けるひたむきさが好き。

 結局リアは、彼から遺跡を取り上げて、彼の輝きを奪いたくはなかったのだ。


(だとしたら……私は結界魔法をもっと頑張って、遺跡丸ごと封印できるようにならなかったら、あの惨劇は防げないし、デュークは死んでしまうんだ)


 責任は思っているより重い。

 そのことをリアは深く胸に刻んだ。

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