炭鉱工と結界師見習い

 デュークの青痣に治癒魔法をかけつつ、リアは不思議に思った。


「他の人たちと違うようなんですが……」

「ああ、地盤沈下に巻き込まれて、危うく面倒見ていたらサラマンドラの子供が潰れそうになったから、助けたら巻き込まれてな」

「なっ……」


 リアは二重の意味で絶句した。

 サラマンドラは別名火トカゲとも呼ばれる魔物である。こんな炭鉱で育てていたら火花が散ったらこの辺り一面爆発しかねないので、普通に危ない。

 そしてリアはデューク自身が相当人がいいことを知っていた。


(私が会ったときには大分落ち着いていたけれど……若い頃だったらもっと危なっかしかったのかも……)


 一応リアは尋ねた。


「それで……サラマンドラは……」

「ああ。親が迎えに来たから、帰してやった。あいつらが無事でよかった」

「本当に……」


 サラマンドラが怒ったら、火花が散りまくって本当に炭鉱ひとつが丸々消し炭になるところであった。リアは治療を完了したら、腫れ上がった青痣は引っ込み、綺麗な腕になる。それに「おっ」と言いながらデュークは腕を曲げ伸ばししはじめた。


「ありがとうな」

「いえ……」


 リアはそう一旦言い置いてから、ひとまずは炭鉱工に言われた結界の修復へと向かっていった。

 炭鉱工曰く、地盤が崩れた先だという。本来は、ここは魔物避けが施されていて、強い魔物は来られない。サラマンドラも子供だったから結界に弾かれなかっただけで、親ともなったら普通に入れないはずだ。

 リアはカルメーラから習った通りに魔力の流れを見る。


(地盤沈下で乱れているだけで、完全に破れた訳じゃない。先生の結界ってやっぱりすごい。これを習えば、私だって……)


 そう思いながら結界に魔力を注ぎ込んでいく。治癒魔法と結界魔法が遠いようで意外と近く、リアが結界魔法と治癒魔法を同時に勉強修行しているのは、このためである。


修繕リペア……」


 結界の綻びがみるみる塞がり、最後に蓋をするようにリアが魔力を流しきって、修繕は完了となる。


「終わりましたよ」

「はあ、お疲れ様。君すごいな」

「あら……?」


 思わずリアは仰け反る。案内してくれた炭鉱工と思ったのに、来たのはデュークだったのだ。それに彼は不思議そうに彼女を見下ろす。まだあどけない彼に、リアはどんな表情を浮かべればいいのかがわからない。


「なんだ? 俺は君になにかしたか?」

「い、いえ……寝てましたのに、いきなり起きて大丈夫ですか?」

「別に。ただまあ……そろそろここでの路銀稼ぎも終了って思ったのに、もうしばらくはここから離れられないなと思っただけで」

「あら?」


 それはリアは初めて聞いた話だった。


(デュークの昔話、私実はほとんど知らないんだよね。私の中で、彼はずっと尊敬すべき発掘師だったから、発掘師になるまでの話は。私と違って遺跡の上に住んでた訳でもないのに)


 リアは変に思われないよう、どう質問するか考えあぐねてから口を開いた。


「お金稼いで買いたいものでもあるんですか?」

「買いたい? そうだなあ……強いて言うなら、夢かな」

「夢、ですか……」


 どうも彼女の知っているデュークよりも、若い頃はお調子者な部分が多かったらしい。でも夢を買うとは、大きく出たものだ。

 デュークは炭鉱の出口を見た。


「遺跡を買いたくってな」

「ええ……遺跡って、買えるものなんですか?」

「金持ちは買えるらしいから、案外なんとかなるものらしくって。今度プロセルピナに行くんだ」


 あまりにも屈託なく言うのに、リアの喉は鳴った。


「……プロセルピナって」

「ああ、知らないか? 遺跡の上にある街だが。あそこは古代文明の解明が遅々として進まないから、発掘師を定期的に募集しているんだよ」


 それはプロセルピナに住んでいたリアからしてみれば、ずっと流し見していた宣伝である。管理者が強欲なのは知っていたが、まさか街の外にまで大きく宣伝していたことまでは知らなかったが。

 デュークはのんびりと言う。


「あそこは魔動具がたくさん見つかって、古代文明の研究が進みそうなんだ。だから、あそこに行くための金を稼いでいるんだ」


 まだまだ調子者だが、その言い方はリアの知っているデュークに限りなく近いものだった。

 リアはそこで迷った。


(……プロセルピナは、近いうちに絶対に古代兵器が見つかる。彼の夢見ていた古代文明を解き明かそうとしたら……きっと古代兵器が出てきてなにもかもを無茶苦茶にする。プロセルピナは管理者こそろくでなしだけど……嫌いになって欲しくないなあ)


 本来なら、彼を止めることが一番正しいとは、リアも理解していた。

 近い内に現代人では手に負えないようなものが次々と見つかり、やがて重騎士団を召喚しなかったら対処できなくなると。重騎士団だってキラーまでなら始末できようが、肝心の遺跡の破壊までは無理だろう。

 でも同時にプロセルピナで育ったリアは、デュークの憧れもよく理解できた。


「……私も」

「うん?」

「私も、プロセルピナ出身で、発掘師を目指してたんですよ……」

「おお、君も!?」

「うっは……!」


 思わず手を取られて、リアはドギマギした。そして手袋を嵌めているデュークに手を取られて衝撃が走った。


(……手袋越しでもわかる。スコップとシャベルをずっと握ってた分厚くて硬い手だ。この人……本当にプロセルピナに行くために、ずっと資金稼ぎをしていたんだ……)


 発掘師は大学所属の修復師や復元師とチームを組むものの、発掘で成果を上げる……それこそ調査の進捗を早めるとか、新たな魔動具を発掘するとか……ことをしなければ、大学はお金を出してはくれない。自前で生活資金を調達しないといけなかった。

 それにリアはキュンとなりつつも、本当のことは言えない。


「……昔、の話ですよ」


 ズキズキとする胸は、こんなに早くデュークと再会しなかったらしなかった痛みだろう。


「私、今は最高の結界師を目指してるんです」


 だからもう発掘師として一緒に遺跡に潜ることもできないし、それどころかプロセルピナを封印したがっているなんて、言える訳がなかった。

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