唐突な再会
それからリアのカルメーラの師事と修業がはじまった。
発掘師の場合最初に行われたのは体を鍛えることだったが、結界師の場合最初に行うのは瞑想だった。
「頭を空っぽにして、魔力の流れを、肌触りを感じられるようになってください。だからなにかを考えていてはいけませんよ。ただ、空気の流れだけを感じてくださいね」
アウローラの森の中。土の匂い、木々の匂い、甘いお菓子に使われる薬草の匂い……。
それらの匂いをわずかに吹く風と一緒に感じ、リアはカルメーラに言われるがまま、修行に励むこととなったのだ。
今まで何度もやり直した際、冒険者たちに魔法を教わったが、冒険者たちは魔法の専門家はほとんどおらず、魔法の使い方を教えてくれただけだったが、カルメーラは違う。
魔導書を読むために必要な古代文字の読み書き、肌で覚えた魔力の流れの読み解き方、呪文圧縮のために必要な言葉の訳し方などなど、学術的なことから実用的なことまでを徹底的にリアに叩き込んだのだ。
リアはそれらをスポンジのように吸収していった。
魔法がひとつ、またひとつと強くなれば、その分プロセルピナの惨劇を防げる手だてが増える。
彼女の使える魔法も少しずつ種類を増やしていった。二年ほど修行をしていったら、もうリアが元々は発掘師を志していたとは思えないようになっていった。
リアの髪は少しずつ伸び、かつての自分のようにポニーテールにできるほどの長さになっていった。リアはカルメーラに魔法と一緒にお菓子づくりを教わり、ここの生活に溶け込んでいた。
(あんまりにも平和で、毎日楽しくって、ついつい忘れそうになるけれど……あと四年なんだよね)
リアはまだ、カルメーラから森を覆うほどの結界を張り、合格判定をもらっていない。それだけ張れれば、プロセルピナに帰っても古代兵器を遺跡の中に閉じ込めることも可能だろうに。
(あと四年でプロセルピナの惨劇に間に合わせるとしたら、私は残りの年数で結果を出して、自分の異動先をプロセルピナに指名できるようにしないといけないのに、まだなんにもできてない)
魔法を覚えるのが楽しく、プロセルピナ以外の土地を知らなかったために、ここで魔法使いたちと交流するのが楽しく、なによりも薬草入りのケーキやクッキーが本当においしく、ついつい忘れがちになるが、リアはあくまで最終目標はプロセルピナの遺跡の完全封印なのだ。
そろそろカルメーラに再びテストをしてくれないかと頼むべきか。リアがそう考えていたある日だった。
その日も瞑想を済ませ、酒に薬草を漬け込んでから魔法の練習をしているときだった。
「すみません、ミス・カルメーラに手紙です」
「はい。リア、悪いけれど受け取ってくれませんか?」
「はあい」
封蝋で閉じられた手紙で、少し分厚い。カルメーラは騎士団所属の結界師のため、封印依頼の魔法の相談をたびたび持ち掛けられていた。
カルメーラもアウローラの結界維持のためにそう頻繁に移動することはできず、リアのように騎士団から預かった弟子を行かせることが多く、リアもそれを立地修行だと割り切って出かけていた。
作業をしていたカルメーラに「先生、お手紙です」とペーパーナイフと一緒に渡すと、カルメーラは封を切って中身を確認した。
「……アウローラより北方の坑道の結界の相談ですって。そうね。あそこはよく魔物が出るから、よく騎士団が出向してますからね」
「前に先生出かけてましたよね?」
「はい。あそこの結界に綻びが生じたということは、土砂崩れかなにかで基盤が緩んだんでしょうね。リア、悪いですが結界の補強お願いできますか?」
「わかりました」
ひとまずカルメーラはリアを代行として立てた旨の手紙を書くと、それを封蝋をした上で彼女に持たせた。
リアはポニーテールを揺らし、ケープを着て「それでは行ってきます!」と手を振った。
それにカルメーラは微笑んだ。
「行ってらっしゃい。それにしても、リアは洞窟とか遺跡とかの結界の仕事が入った途端にうきうきしてますね」
そう笑われて、リアは顔を赤くして辻馬車に乗って旅立っていった。
元々発掘師として遺跡巡りが好きだったがために、プロセルピナほど大きな遺跡でなくても遺跡の結界を張ることも、狭い坑道を歩くのも好きなままだった。
なによりも。
(……忘れたくないって思ってたら自然にそうなるんだろうな)
彼女の新しい人生の中で、少しずつ薄まっていくプロセルピナで過ごした日々を補強するように、リアはカルメーラの依頼を引き受けていた。
プロセルピナの遺跡起動に間に合うように。泣いてなにもできなかった頃に戻らないように。
今回ほど長い時間をかけて準備ができた機会は、何度やり直したところでそうないだろうから、これを逃したくはなかった。
辻馬車を走らせ半刻ほどで、【関係者以外立入禁止】と書かれた立て看板が見えてきた。
リアはそこで辻馬車を降りると、少し急な坂を登りはじめた。
「ああ、結界師さんの……!」
「はい、カルメーラ先生の弟子のリアです。結界の補強とは……」
「はい、先日少々がけ崩れで崩れてしまって……結界が……」
やはりカルメーラの読み通り、地盤の緩みと一緒に結界も緩んでしまったらしい。
リアは「わかりました、お怪我した方はいらっしゃいますか? ついでに治療致しますけど」と尋ねると、炭鉱工は申し訳なさそうな顔をした。
「うちの若いのが巻き込まれて……」
「わかりました。若い方が怪我したまんまは駄目ですね。見ます」
リアは結界師の元で修業しつつも、カルメーラに治療魔法のほうも少しずつ見てもらっていた。
「あなたの結界魔法と同じく、治療魔法もずいぶんと詰まっている印象ですね」
「詰まってる……ですか?」
「密度が濃いんですよ。たしかに結界魔法の場合は密度が濃いほうがいいんですが、治療魔法の場合は魔力の流れが詰まって、全身に回らないおそれがありますから、注意が必要ですね」
プロセルピナの遺跡起動に備え、治療魔法もきちんと会得しておきたいリアにとって、治療魔法を使うタイミングはいつも伺っていた。
リアは炭鉱工に連れられてきた先には、簡易テントと簡易ベッドが並んでいた。
「これだけ……」
「ええ、地震や地鳴りの予兆もなかったんで。ほら、騎士団の魔法使いさんが見てくれると」
「ありがとうございますー」
野太い声で歓迎され、ひとりひとりの治療をして回った。
土砂崩れに巻き込まれて、主に足や頭を打ち付けたケースが多く、この辺りはすぐに治せ、淡々と処理していく。
最後のひとりのところまで差し掛かったとき、リアは思わず彼を凝視してしまった。
「ええっと……?」
最後に残った人に、我に返ったリアは「すぐに、治療しますね」と言いながら、青くなった腕に手を伸ばして治しはじめた。
(そういえば……彼はプロセルピナ出身じゃなかった。仕事を求めてあっちこっち行っていた中、プロセルピナの発掘師が一番性に合ったと言っていたから……ここで炭坑工をしていてもおかしくないんだ……デューク)
彼女の知っている彼よりも、顔が幼い。リアだって、プロセルピナの遺跡起動の頃は成人していたのだから、しょうがない。あれから四年前となったら、彼だってまだ若いのだ。
あの頃のリアと同い年くらいのデュークは半裸で青痣をつくって寝かされていたのだ。
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