世界樹の麓の街
プロセルピナから辻馬車で揺られて一刻と少し。
遺跡の上につくられた学園遺跡都市から一転、森に囲まれた区画に出る。リアはそれを「わあ」と息を呑んで見守っていた。
それに一緒に同乗していた商人らしき人がホケホケと笑う。
「お嬢ちゃんはアウローラは初めてかい?」
「はい、私プロセルピナからほとんど出たことがありませんから」
「そうかいそうかい。あそこは大量に薬草が採れるし、それを使ってつくるお茶もケーキも絶品でね。なんといっても静かな場所だよ。魔法使いたちが大勢住んでいるから、魔物の被害も少ないしね」
「そうだったんですね……」
思えばリアは今まで何度も死んでやり直したときも、プロセルピナから離れたことがなかったため、こうして遠くまで来たのは初めてだった。
商人が教えてくれたように、アウローラは太い樹に守られてできた街である。太い樹は世界樹とも呼ばれていて、その根元には稀少価値の高い薬草やきのこが採れる。一時期は乱獲騒ぎが起こったらしいが、見かねた騎士団が在中の魔法使いたちを派遣したことで、乱獲騒ぎも沈静化しているとのこと。
薬草と聞くと苦いものや青臭いものばかりが挙げられがちだが、中には花の匂いで優しい味のものも多く含まれ、花の蜜や糖蜜の代わりになる薬草もあるため、それらは特産品として酒に漬け込まれて売られ、その酒で香りを移してつくったケーキは顔が溶けるほど美味いと評判であった。
目的地に降りると、リアは辺りを見回した。プロセルピナではアパートメントがあちこちに建てられ、大学に部屋を借りて住んでいる発掘師や学者以外はもっぱらそこで押し合いへし合い住んでいるのが通例であったが、アウローラは小さな家がぽつぽつと並び、そこに住むのが一般的なようだ。
どことなくキノコに似た可愛い家が建ち並ぶ中、目的の場所を探しはじめた。
リアだってわざわざアウローラに来たのは観光目的ではない。結界師の元で鍛錬を積み、騎士団に戻るためにやってきたのだ。
やがて、目的の家が見えてきた。赤い笠のキノコのような愛らしい一軒家だった。
「こんにちは、騎士団から紹介を受けて来ました、リアです」
「あら、お上がりなさいな」
「失礼します」
中に入ると、そこはリアの記憶の中ではあまり見たことのない光景だった。
ウッドテイストの家具に囲まれ、生活感溢れる家の中で大量の薬草を吊した家。薬草からは甘い匂いがし、思わずリアが見上げると、声の主はくつくつと笑った。
「もうしばらく乾燥させたら一番いい匂いがするから、そのときにケーキを仕込もうと思うのよ。ようこそリアさん。私が結界師のカルメーラです」
ころころと笑っているのは、黒いローブを羽織ったおっとりとした年齢不詳の女性だった。ウォームグレイの髪は一瞥だけなら彼女を年老いて見せるが、彼女のきらきらと輝く金色の瞳も、血色のいい白い肌も彼女の年齢をさっぱりとわからなくしていた。
リアは呆気に取られながら、頭を下げた。カルメーラはにこにこと笑っている。
「学校を中退してまで騎士団の門を叩いて、ここまでやってくるなんて珍しいものね。そんなに結界魔法がお好き?」
「お好きと言いますか……もっと人を守れるようになりたいんです」
そこにはリアの嘘は含まれていない。
リアの習った
それにカルメーラは「そうねえ」と言いながら彼女を呼んだ。
「いらっしゃい。ちょっとそこを歩こうと思うの」
「歩くんですか? あの、修行……」
「今日はさすがに時間が足りないから、明日からきちんとやりましょう。まず私の最大魔法を見せたほうが早いと思うから」
それにリアは目をパチパチさせながら、家を出て行くカルメーラについていった。
おっとりとした口調だし、小柄な彼女ではあるが、外を歩くときの背筋はピンとしているし、まだ子供で発展途上なリアとは言えど、カルメーラの存外に速い足で、小走りにならないと彼女に置いて行かれそうになる。
「あのう……」
「アウローラは森の中につくられた街でしょう? でも魔物は滅多に入らないわね。たしかに小さな獣は現れるんだけれど、薬草畑を荒らすほどは来ないのよ。私が森全体に結界を張っているから」
思わずリアは言葉を失った。
(たったひとりで、森全土に結界を……!?)
たしかに街ひとつを覆うほどの結界は王都などには張られているが、それはプロセルピナで発掘した魔動具を利用して張られたものであり、人ひとりが結界を張って維持している例をリアはほとんど知らない。魔法は呪文を唱えたら誰だって使えるものではなく、中には魔力を流し続けて維持しないと意味がないものだってあるのだから。
やがて、リアはカルメーラに連れられて大きな坂に到着した。
「ここからアウローラを見渡せるかと思います」
「わあ……」
アウローラの街並みはきのこを模しているせいか、森に完全に溶け込んでしまい、街の人々が歩き回っていなかったら森と一体化し過ぎてわかりにくい。
だが、よくよく目を凝らすと街に薄い皮膜が張られていることに気付く。もっとも、魔法を習い、魔力の流れを追うように教えられてなかったら気付かないだろう。
「街ひとつ、本当に結界に覆われてたんですね」
「ええ。魔力は世界樹にも手伝ってもらっているけれど、結界の維持は私が意識的に行わなければ続けられませんから。最終的には、あなたにはこれだけの結界を張れるようになってもらいますが……いけますか?」
「やります! やらせてください!」
思わずリアは叫んだ。その魔法は願ったり叶ったりだ。
(これだけの結界が張れるようになったら、絶対にプロセルピナは助かる!)
今まではずっとキラーに蹂躙されるだけだったのに、やっと反撃のめどが立ちそうなのだ。それを喜ばずにはいられなかった。
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