手が届かない

 最下層まであと少し。

 リアとデュークは必死に走り、途中でアルナルドからもらった薬草クッキーをかじる。口の中がパサパサしてくるが、同時に魔力と活力を取り戻し、次の行動を考える。


「とにかく、あとは最下層で魔動具を起動させて、遺跡起動をやり直すことだけれど」

「……やり直す場所やタイミングを考えないと、大惨事になりませんか?」

「というと?」


 リアは自分の記憶にあるキラーや古代兵器のことを思い返す。自分が巻き戻ったタイミングが、よりによって近過ぎた。直前になるまで、遺跡泥棒のことはもちろんのこと、遺跡が起動することまで思い出せなかった。

 もっと前に巻き戻らなくては意味がない。管理者は大学側が何度遺跡の調査をこれ以上進めてはいけないと忠言しても聞く耳を持たないのだから、大惨事が起こってしまった。だからこそ、自分たちは無謀にも古代兵器が蔓延している最下層にまで向かっている訳で。

 リアはどうにかして考えをまとめて、口を開いた。


「……もし巻き戻ったのが、昨日の今日でしたら、結果は同じじゃないですか? ただでさえ管理者は金の亡者なせいで、大学側の諫言に聞く耳持たずですし、遺跡泥棒に入られたせいで遺跡が起動したのを止めきれませんでした」

「……だとしたら、どこまで戻るかだな」

「管理者を止める理由付けを探すとか、逆に国の重騎士団を呼び寄せるとか……」

「でも下手なことをすると、管理者がやっぱり介入してきて動きを止められないか?」


 ただでさえ、プロセルピナの管理者は、ここから掘られる魔動具が金の鳴る樹だからこそ、遺跡を野放しにして探索を放置していたのだ。外から余計な介入があると判断したら妨害しかねない。

 ふたりがうんうんと考え込んでいるときだった。


「ギギギギギギギィィィィ──……」


 聞き覚えのある音に、リアの肌が粟立った。

 ゴーレムだ。土塊に見える体で、リアたちを見つけるやいなや、存外に速いスピードで追いかけ回してきた。いくらクッキーを食べてかろうじて体力は回復しているとはいえど、こんなスピードで何度も何度も追いかけられてはかなわない。

 ふたりは必死で走り、リアは詠唱を済ませる。


障壁バリア……!!」


 軋む不快な金属音がリアの張った障壁を削り落とそうとしているのを耳にしながら、デュークとリアは必死に走って行った。

 第十層まで到達したものの、だんだん黒光りするカッターを付けた手が迫ってくるのが見える。


「くそっ……」

「……今までの古代兵器と同じく、あんなの封印一択じゃないですか」


 あんなもの、学者とそれを商売対象にする商人ばかり、わずかな駐屯騎士しかいないこの土地では対処しようがない。だからこそ、魔動具を使って時間を巻き戻さないといけないが。リアは鞄を抱き締める中、不意にデュークが彼女の肩を叩いた。


「……デューク?」

「鞄は置いていけ。魔動具だけ持っていけ。小柄なお前だったら、あいつらの隙間を擦り抜けて走っていける」

「……なに言うんですか。デュークはどうするんですか。私が魔法詠唱で足止めして……それから」

「お前も言っていただろ。発掘師の魔法じゃ全然止められないと。でも魔動具で時間を巻き戻せるなら、それに賭けるしかない」

「……でも」

「ここまで来て、俺についてきたのだって、俺をひとりにさせたくなかったからだろう?」


 それにリアはドキリとする。

 女は発掘師になれない。それを無視して発掘に励めたのは、この先輩がいたからこそだ。だからこそ、彼ひとりだけに遺跡の封印をさせたくなかった。遺跡の封印と引き換えに彼が死ぬのは耐えられなかった。

 リアは首を振る。だが、デュークは腰の剣を引き抜いた。


「行け。俺が囮になる」

「で、でも……!」

「……ここで食い止めなかったら、大惨事になる。今ここで止められたら、なんとかなるんだから。なっ?」

「……デューク」

「行け……!!」


 そのままデュークはキラーたちの前に躍り出た。


「ここから先には出さない……! 学者ばっかりがお前たちの相手できる訳ないだろう!?」


 デュークだって遺跡泥棒くらいとしか戦えず、力のある古代兵器には後手後手にしか回ることができないのは、リアが一番よく知っている。だが。彼にキラーたちのギョロリとした目が集中している間に、リアは行かなくてはいけなかった。

 リアは遺跡泥棒が勝手にこじ開けた最下層の一室へと向かう。


「ここ……」


 本来なら修復師が壁画をきちんと修復すれば読めるだろうが、すっかりはげ上がってなにが描かれているのかよくわからない。古代文字もかすかすになっていて、勉強してきたリアですら読み通せるものではなかった。

 ただ、壁からあからさまに石が減っている。おそらくはこの壁画をつくっているのは超金属であり、壁面を囲っていた石からキラーや古代兵器が復元され、地上を目指しているのだろう。

 リアは魔動具を取り出した。ラッパのような形をしたそれは、あからさまに吹けと言わんばかりの形をしている。リアはそこに「失礼します」と口を付け、吹き上げた。

 吹いたときに鳴った音は、まるで鼻を噛んだときのような間抜けな空気音。しかし、体が途端に引きちぎられるような錯覚に陥った。


「ああぁああああああぁぁあぁあああぁああ……!!」


 なにもかもが走っているように見えた。キラーが壁から生まれる様も、ここに遺跡泥棒が入ってきたところも、何故か全てがさかさまに見える。……いや、違う。


(私が、全部さかさまに見えているんだ……つまりは……私ごと巻き戻っているんだ……!!)


 体がブチブチと千切れ、激痛が走る。時間を巻き戻る速さに体が追いつけず、壊れていっているのだ。


(死にたくない……! 死んだらなんのためにデュークが犠牲になったのかわからないじゃない! でも……どうせ巻き戻るならもっと昔に戻って!!)


 どこまで昔に戻れば、この遺跡の封印をなんとかできるだろうか。

 遺跡泥棒をとっちめる? それは対処療法だ。そのときは助かっても、いずれ誰かが封印を解いてしまう。

 管理者を脅して発掘作業を中断させる? 理由や理屈で動く大学側を納得させた上で管理者が決定を出さないと無理だ。

 なんとか重騎士団をここに呼ぶ? 駐屯騎士団を呼ぶ権限なんてどうするの。

 リアは必死に考え、だんだん視界が血で真っ赤に染まり、なにも見えなくなってきた中、デュークと初めて魔動具を発掘できた日のことを思い出した。


「すごいな。これだけ形のいいままだったら、復元師に渡さずとも修復師に渡せば、すぐにでも使えそうだ」

「そ、そんなにすごいんですかね?」

「ああ。力任せに発掘しても、なかなか形を保って取り出せないからな。よくやった」


 発掘作業が好きだった。ふたりで他愛ない会話をしながら、シャベルで掘り進める作業が好きだった。この日常が好きだった。

 でも……この日常を守ってばかりだと、好きな人を助けられない。


(強くなりたい……好きな人が死なない……私は……)


 何度デュークに逃がされ、魔動具を使ったのかは思い出せない。だが、逃がされるたびに、彼が死んだのだ。

 もう、彼が死ぬ時間を作り出したくはない。


(彼が死ななくなる時間まで、巻き戻して……!!)


 魔動具がどこまで要望を聞いてくれるかはわからないが、それに賭けるしかなかった。

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