遺跡停止のために

 リアの歯がカチカチ鳴る。キラーを大量に吐き出され、あれから必死に逃げたときのことを思い浮かべた。

 バラバラにされてしまった遺跡泥棒。キラーから逃げ回りながら最下層に向かって停止なんて、死にに行けと言われているのと同義語だ。

 そんな彼女を見ながら、デュークは小さく溜息をつくと、彼女の肩を叩いた。


「怖いなら無理して来なくっていい。俺ひとりで行ってくる」


 そうきっぱりと言うデュークに、リアは反射的に噛みついた。


「いつも命大事にって言ってるのはデュークなのに……! 自分から死にに行くつもりですか!?」

「馬鹿、誰が死ぬために行くなんて言った」


 デュークはぶっきらぼうに言い切った。それにリアも怯む。


「……でも、あんな古代兵器が大量に吐き出されて……これがプロセルピナだけの問題になると思うか? あんなもの、現代魔法ですら再現不可能な技術なのに、あんなものなにも知らない村や町に放たれたら……」

「あ……」


 冒険者たちや騎士団のように重装備で戦えるような人々だったらまだいい。冒険者ギルドや駐在騎士団に討伐依頼ができるような村や町でもまだマシだろう……だが辺境の村や町にはギルドも駐在騎士団もいない。

 キラーはもちろんのこと、ドールやゴーレムまで遺跡から解き放たれてしまったら最後。この国はいったいどうなってしまうのか。

 デュークは短く、そしてふいに優しく言う。


「……発掘の仕事は重要だ。あれだけ発展していた古代文明の謎を解き明かせば、きっと今よりもいい文明になるんだからな。だが命を捨ててやることじゃない。俺が地下に潜ったら、すぐプロセルピナから離れるといい」

「……嫌、です」

「リア。子供じゃないだろ。そしてこんなに怖がってるんだったら、判断だって誤る」

「……ですけど、デュークは魔法使えないじゃないですか!? あんなもの、正直に戦ったら死にます! 足止めしながら逃げないと……絶対に最下層に辿り着けません」

「でも、あんな状態で呪文詠唱なんて」

「します! できます!」


 本当だったら、リアだってそんな無謀なことをしたくなかった。


(でも……でも。デュークとこんなことでお別れなんて、嫌だ)


 発掘師は女に向かない職業。大人しく大学で修復師や復元師を目指せと何度も言われた。一緒のチームになってくれる人なんておらず、ひとりでは遺跡に潜ることすらできやしない。

 リアにとって、発掘師としての仕事も自分に足りないことも全て教えてくれた人を、ここで失うなんて嫌だった。

 ふたりのやり取りを黙って聞いていたアルナルドは、ふっと息を吐いた。


「仲いいのはいいことですが、危ないのは事実です。手短に封印の方法を伝えますから、それから行ってください」

「大学で既に封印方法を?」

「理論上は可能というだけで、実証ができない以上ぶっつけ本番です」


 日頃から大学の学者たちは、古橋を叩き割らんばかりに叩きまくってから結論を出すが、緊急事態が過ぎて理論上可能にすがるしかないようだった。

 アルノルドは先程見せてくれた魔動具を見せてくれた。


「先程見せましたね。時間を巻き戻る可能性のある魔動具です。これを最下層に配置して起動することで、遺跡を封印解除前に戻します」

「たしかに……理論上可能ですね」


 本来なら、本当に時間を巻き戻せるという保証が見つかるまで、何度も実験を重ねなければならない。そもそも使用者が起動の際に巻き込まれない可能性だって考慮しなければならないが。さすがに時間が足りなさ過ぎて、その場で起動して一か八かに賭けるしかないようだった。

 デュークは黙ってその魔動具を持つと、それをリアに持たせた。


「どうして……」

「魔法が使えて足止めができるリアだったら、万が一時間の巻き戻りに巻き込まれかけても逃げられる可能性があるからな。だから預ける」

「今生の別れみたいなこと言わないでくださいよう」


 リアは泣きたくなった。

 だが泣いたところで、古代兵器から逃げ回りながら封印に行かなければならない事実は変わらない。

 アルナルドは「リアさん」と呼ぶと、大量に薬草の入ったクッキーをくれた。普段発掘作業中に食べているお菓子に似ているが、これらは魔力補強に特化した薬草らしかった。


「魔力補強用です。あとデュークくんにも」


 こちらの薬草入りクッキーは疲労回復用のもの。それらをふたりは鞄に入れると、急いで向かいはじめた。

 ドール。ゴーレム。そしてその先にいるキラー。それらを通り抜けるのは怖かったが、それでも遺跡を封印するためには出かけるしかなかった。

 リアは脳裏に掠めた最悪な絵を思い返した。

 プロセルピナで暮らす人々が、キラーに蹂躙される地獄絵図。あんなもの、国に助けを求めて重騎士団を呼んでもらわなかったら、どうにもならないし、間に合うかもわからない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る