遺跡起動

 第八層、第七層、第六層……。

 ふたりは必死に駆け上がり、その中でリアは階段に障壁バリアを張った。あの訳のわからない黒光りするなにかに通用するかはわからないが、あんなものを外に出しては駄目だと判断したのだ。


「とにかく、このことはすぐに大学に……!」

「わかってます。わかってますけど、あれいったいなんなんですか!?」

「アルナルド氏も言っていただろう、監視用の古代兵器が増えた以上、これ以上の探索は中断したほうがいいと……おそらくだが、あの殺された遺跡泥棒が、起動させてはいけないものを起動させた」

「それって……!?」


 リアが悲鳴を上げる中、またしても震動に身を竦ませる。相変わらず横揺れも縦揺れもおかしく、だんだん目尻から涙が溢れてくる。

 その中でも、デュークは彼女の手首を掴んだ。


「……ここにいたら危ない。あと少しで出られる。頑張って階段を走るぞ」

「カーゴは……自動カーゴを使うのは」

「馬鹿、震動中に停止したり、万が一壊れたりしたら、そこで俺たちは立ち往生で逃げ遅れる。それだったら階段を使うほうがマシだ」

「は、はい……っ!!」


 大学の学生たちは既におらず、同業者たちも見当たらないということは、最初の震動ですぐ探索を中断して避難したのだろう。発掘師は危機管理能力が高くなければ務まらない。

 ふたりが懸命に第一層に出て、出口に到着したときには、息が荒れて上手くしゃべることもできなくなっていた。体中からどっと冷や汗が出る。

 呼吸を整え、どうにか大学のアルナルドの研究室を目指す。

 大学内は混沌としていた。


「ペルセルピナの遺跡が起動だなんて!?」

「既にあの遺跡は停止していたはずだろ、どうして……!!」


 それにリアは頭にいっぱいの疑問符が浮かぶ。


(遺跡の起動ってなに? 停止してたって?)


 意味がわからないまま、それらの話を聞き流している中、ツキンと頭に痛みが走った。


「ううっ……!?」

「リア、どうした? さっきの古代兵器にやられたのか!?」


 デュークに声をかけられ、リアは首を振る。

 だが、頭の中に浮かんだイメージで、だんだん吐き気を催してきた。喉の奥に異物が迫り上がってくる。


「す、すみません、トイレ……!」

「おい!?」


 デュークに止められる間もなく、リアは必死にトイレまで走った。

 大学のトイレは清潔であり、魔動具の機能を使って最新式の水洗式だ。プロセルピナ以外では未だに水洗式のトイレはそこまで普及していない。普段であれば「節水」と怒られるとろだが、今回ばかりはリアは水を流し続けながら便器に顔を近付けていた。


「う……う……っ」


 その中で、頭に浮かんだ恐怖で体が震えて強張っていくのを感じていた。


(あの、黒光り……キラー……)


 脚にカッターを付けたあの不可思議な古代兵器が、次から次へと遺跡から吐き出されていく。遺跡から吐き出されたそれが、無差別にプロセルピナの住民たちを蹂躙していくのだ。

 魔法が効かない……少なくとも学者たちが使うような攻撃に特化していない魔法では歯が立たない。剣が効かない……未だに遺跡からたびたび得られる超合金より硬い合金はつくられないのだ、普通に普及している剣では、キラーを壊すことどころか、傷を付けることすらできない。

 必死に逃げ惑う学生たち。脚が斬られて起き上がれない。回復師が間に合うこともなく、惨殺される。

 どうにか研究成果を持って逃げ出そうとする大学講師。逃げることもできずに蹂躙される。

 まるで虫を叩いて潰すような無慈悲さで、死が蔓延していく。

 そのイメージが、何故かリアの中に頭痛と一緒に流れ込んできたのだ。


(なに、これ……こんなの私知らない……知らないのに……)


 先程必死に走ってきたばかりのリアは、大量に戻してぐったりとしていた。その中で、トイレの扉が叩かれた。


「おいリア。大丈夫か? 具合が悪いのか?」


 声はデュークのものだった。それにリアは必死で口を拭う。もう残滓は残っていない。


「大丈夫です! ありがとうございます!」

「今、アルナルド氏が緊急会議から戻ってきた! これからこちらも班ミーティングだ!」

「……わかりました」


 どうにかトイレを流し、リアは出てきてデュークについていった。デュークは心配そうに何度も何度もリアに振り返る。


「本当に大丈夫か? 現在管理者と連絡がつかなくなって、大学も騒然としているらしい」

「あの人もう逃げたんじゃないですか? あの人がめつい上に自分が一番大事じゃないですか」

「あんまりそんな意地の悪いことを言うんじゃない」


 デュークに窘められながらも、アルナルドの研究室につくと、普段は朗らかな顔をしているアルノルドが、白い顔をしていた。血の気が完全に引いてしまっている。


「……よく戻られました。度重なる地響きの中、よくご無事で」

「いえ。こちらもなにがなんだか。いったいなんですか? この辺りにはたしか火山もなかったはずなんですけど」

「ええ、ありませんよ。プロセルピナも長いこと保持されていたのは、地震に影響のない土地柄だからでしょうし……本題に入りますが、まずいことが判明しました。遺跡泥棒が出たせいでしょうか。それとも遺跡泥棒がやったんでしょうか」

「……なにを、ですか?」

「……遺跡が起動しました。現在、遺跡内の古代兵器が全て迎撃態勢に入っているかと思われます」


 それに喉を鳴らした。先程も廊下で「遺跡が起動した」という言葉は聞いたような気がした。リアはあの黒光りする古代兵器を思い返して、再び吐き気を催して口を押さえる。デュークは顔をしかめる。


「遺跡の起動とは? そもそもプロセルピナは」

「……今まで、プロセルピナは学者の中では要塞だと思われ、魔動具が大量に隠されていたのも古代はこの要塞に立てこもって戦をしていたと考えられていましたが、第十層のままならない探索の中、拾われてくる魔動具を見て考えが変わり、おそらくそれが立証されたのが現状です」

「ええっと……?」

「……プロセルピナこそが、古代兵器そのものではないかという考えです。誰かがプロセルピナを起動させてしまえば、現代の文明にどう影響あるかがわかりません」


 そもそも、ここで発見される魔動具はもちろんのこと、古代兵器に使われている超合金、罠に使われている魔法など、現在では再現不可能なものが多過ぎるのだ。そんなものが起動してしまったら最後、対処のできない魔動具からは逃げる以外に選択肢がない。


「それ、全然駄目じゃないですか!?」


 リアが悲鳴を上げる。それにアルナルドが力なく頷く。


「ええ、駄目なんです。このままでは、プロセルピナの上に住む方々は……」


 遺跡から吐き出されたキラーがリアの頭に浮かんだ。

 倒すことができない。逃げることしかできない。しかし、逃げ切れなかった場合は。


「……あんなの、誰も止められないじゃないですか」

「ええ、現代文明では、古代遺跡を食い止めることはできません。ですが、現在でも起動できた以上、停止もできるはずです。最下層に……最下層に行って、停止させてくる必要があります」


(無理だ)


 途端にリアは絶望する。

 あの黒光りしたもの一体だけでも逃げるので精一杯だったのだ。そんなものが何体も何体も蔓延している中、緊急停止させに行くなんて。


(あんなの、死にに行くようなものじゃない)


 リアは発掘は好きだが、戦うことはそこまで得意じゃない。大学からしてみれば、なんとかして機能停止してこいくらいの心づもりだろうが、発掘師はそうではないのだから。

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