襲来逃亡

 古代兵器との戦いをなんとかこなしつつ、ふたりは第六層の階段を駆け下り、第七層目掛けてはしっていた。

 次に現れたゴーレムは、土人形のようにも見えるが、それらは一度破片を持って帰ったところ「現在の技術では再現不可能が物質」とアルノルドに言われてしまった。オリハルコンとミスリルを土塊のような質感にしたものと言われているが、超金属であるオリハルコンとミスリルは溶かして合金にすることすらままならず、ましてや土塊の質感にする意味がわからないため、ゴーレム生成のためだけにそんな合金をつくるだろうかと疑問を持つしかできなかった。

 それらは動きこそドールより愚鈍なものの、力はドールよりも強く、腕をブンッと振り回せば避ける以外に対処のしようがない。受け止められるのは、大量に装備を持っている冒険者くらいであり、いくら荷物を持っているとはいえどほとんどは発掘用の道具の発掘師が対処なんてできる訳がなかった。

 リアは呪文詠唱をして、デュークの足に触れる。


加速アクセルレーション!!」


 ただ速く走るためだけの魔法だが、そもそも冒険者たちと違って魔物を倒すことを生業にしていない発掘師たちには、逃げ足だけの魔法のほうが都合がよかった。

 デュークが加速で走って行くのを確認してから、リアも同じ呪文で一気に駆け出す。その中でリアはデュークに尋ねた。


「これで……あと第十層に行けばいいんですよね?」

「ああ……だが。これだけ古代兵器を作動させておきながら、よく遺跡泥棒は無事だったな?」

「私たちはそもそも古代兵器を倒せないから逃げるしかないですけど……冒険者崩れだったらもっといろんな道具を持って足止めできるんじゃないですか? 古代兵器を作動させるだけさせて、私たちみたいな後続の人間を足止めさせておけば、追跡もされませんし」

「……その理屈で言ったら、冒険者崩れの割には冒険者のルールを知らな過ぎて怖いな」


 デュークの唸るような声に、リアは「なんですそれ?」と尋ねた。それに彼は短く答える。


「冒険者の資質で一番必要なのは、生きて帰ることだ。五体満足でなかったら、危険な冒険者稼業はできない。これだけ眠っていた古代兵器を無理矢理起こして逃げていたら、いつか絶対に帰れなくなると気付くはずだ。気付いていないんだったら大馬鹿野郎だし、気付いているんだったら自殺志願者だ。とてもじゃないが、プロセルピナに長居させる訳にはいかないから、即刻騎士団詰め所に連行する」


 その厳しい言葉に、リアは思わず頷いた。

 発掘師の場合は修復師や復元師とチームを組み、管理者や大学からのサポートを受けて行動できるが、冒険者は基本的に冒険者組合に属しているものの、そのほとんどは自給自足の生業なのだから、自分の身に合わない依頼は引き受けないのが基本だ。

 なのにロマンや身の丈に合ってない金を求めて行動し、冒険者立入禁止にしてもなおそれを押して行動するとなったら、そんなものもう異常者の行動としか取られないのだ。

 第七層を抜け、第八・第九層を抜けた先。いよいよ第十層に差し掛かろうとした途端。いきなり横殴りの震動が発生した。


「えっ!? キャッ……!!」

「リア、すぐに障壁バリアを展開しろ!」

「えっ!?」

「これは地震の揺れにしては変だ! 念のため!」

「は、はい……っ! 障壁バリア!!」


 慌てて障壁バリアを展開しつつも、この震動の不安定さが、なにかに似ていてリアは不安になってくる。


(なんだろう……この震動……まるで……)


 まるで、ゴーレムの歩行みたいなのだ。

 幸いというべきか、天井が割れることもなく、ふたりは急いで第十層を走る。そうは言っても、第十層は一番調査が進んでいない最下層なため、地図さえ完成していない。その中走るのは嫌だったが、それでもふたりを走らせたのは、獣めいたにおいがしたからだった……どう考えてもそれは、大量出血によるにおい。


「……遺跡泥棒が、よりによって最下層に到着していたか」

「でもこんな無茶な冒険、いくら冒険者崩れだからって、普通はしませんよ!」


 そのせいで妙な震動に振り回されたのだから、リアでなくても悲鳴をあげたくなる。

 遺跡泥棒は魔動具さえあればいいのだから、魔動具さえ見つければそれでいいし、いい値がつけばそれでよかったはずなのだが。

 デュークは舌打ちしながらも、血のにおいの跡を辿った。そこで、ふたりは信じられないものを見てしまった。

 四つん這いのはずだが、胴がなく、足しかない。足と一緒にあるのはひとつの目だけだった。黒い体はつるんとしていて、金属なのか樹脂なのか別の物質なのかも定かではなかった。ドールともゴーレムとも違うそれは、足に付けたカッターで、ここまで降りてきた冒険者を串刺しにしていたのだ。


「なっ、なにをやっているんだ……!?」


──シンニュウシャ ハッケン シンニュウシャ ハッケン

 ──タダチニ ゲイゲキタイセイ ニハイル


「な、なに……?」


 その音は金属音のようで、とてもじゃないが動物の嘶きとも人の声とも違った。

 そう宣言した途端、奥から黒いなにかがカサカサと音を立てて出てきたのだ。それにリアはポツポツと鳥肌が立っていくのを感じた。

 今まで、訳のわからない魔動具にはいくらでも対処してきたし、死にかけたことはいくらでもあった。しかし安心できたのは、対処できるから、逃げられたからであった。

 でも、これはいったいなんだ? こんなものに、本当に対処できるのか? なによりも。


(…………気持ち悪いっ!!)


 あのグロテスクな黒いカッターを付けた脚も、冒険者を残酷に切り刻む無残さも、リアの生理的嫌悪を込み上げさせるには充分だった。

 それにデュークは手を広げる。


「……落ち着け。あの見た目はわからんが、あれはおそらくはドールやゴーレムと同じものだろう」

「あれ、なんか黒光りしてますし、カッターついてますよ?」

「ドールやゴーレムだって、侵入者対策のものだった。俺たちは研究しているだけだが、どうも古代文明の当事者たちからは俺たちとこの冒険者崩れも変わらないらしい。ドールの対処は?」

「……拘束魔法を使って脱兎ですけど……あれカッター付いてますけど大丈夫ですか?」


 ドールもゴーレムも、現代だと再現不可能な金属でつくられており、一部の金属に至っては現代魔法すら壊してしまうのだ。そんな黒光りするなにかのカッターも超金属の可能性が高く、魔法を無視することすらありうる。

 リアの言葉に、デュークはふっと笑った。


「そこまで頭が働いているんだったら、大丈夫だ……逃げるぞ」


 できないことはしない。命大事に。

 ふたりはひとまずは、冒険者の死亡を確認した上で、逃げる選択肢を取ったのだ。

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