酸っぱい葡萄

「あらあら、寝太郎から成長したアザミ君じゃない」


 と、ここで登場するのがカグヤだ。何も知らないような顔で、実のところ何でも知っているカグヤ姫様。この変女ともう少し早くに出会っていれば、おれはずっと寝太郎のままで過ごせたはずだ。寝太郎のまま死ねたはずなのに、どうしてこいつはおれを目覚めさせるんだ。


「寝太郎から格下げされたぞ、もういない子でもない焼却処分済みの空っぽの何かだ」


「よしよし、いい子いい子」とカグヤはまたしてもおれの頭を撫でまわしてくる。


 こいつは何も分かっていないのか? 本当に何も知らないのか? そうだ、こいつは無理難題を解いて竹から生まれたカグヤ姫様だ、つまり頭がおかしいんだ。


「ガキ扱いすんなよ、おれの顔をよく見ろ、今にも死にそうなクソニートの顔をしているだろ」


「ニレンに引っ叩かれたんでしょ。引っ叩かれた理由も分からないんでしょ」


「バカ言うな、殺されそうになったんだよ。あれはただの暴力だ、ヒトを殺す力だ」


「わたしもあのヒトの立場だったら同じことをしていたよ。一発引っ叩いて己のいのちの重みを理解してもらわないと、あなたはいつまで経っても覚えなさそうだもん」


 おいおい暴力振られたのはおれだぞ、毎度毎度どうしておれに味方する奴はいないんだ。そんなに力による支配がしたいなら人間共を皆殺しにすればいいだろ。


「ならおれじゃなく人間共を引っ叩けよ、いのちの重みを理解するまで磔にしやがれ」


「うーん、あなたには《酸っぱい葡萄》も似合わないね」


 そりゃあ似合わねぇよ、腐敗した葡萄の方が似合っている。酸っぱい葡萄を好むヒトはいるから価値がある。しかし腐りきった葡萄なんてヒトは好まない、つまり無価値なものだ。


「能力が低いどころじゃないおれは誰の色にも染まらないからな。酸っぱい食事を求めて争っているわけだが、おれと比較される奴は惨めだぞ」


 特にニレンだ、あいつはゴミおれと比較されてきた。甘い葡萄を取れるあいつが酸っぱい葡萄すら取れないおれと比較されるのはおかしいだろ。おれは鼻も利かなければ目も利かない、収穫時期すら判断できない奴は比べられる対象で存在していいわけがないだろ。


 どうしてニレンは同じ土俵で酸っぱい葡萄なんかを取っていやがるんだ、どうしてあいつは殺すことが下手くそなんだ、どうしてあいつは戦わねぇんだ。


「あなたはなんでそんなに戦いたいの? 己と闘っているのになんで同志と争うの?」


「戦争は結晶人ほだしとの存在理由だ、聖戦の世だからおれがいる。他の勢力と争わずしていのちの重みなんぞ理解できないんだよ。おれを見てみろ、おれが一番良い例えだろ」


 戦場という大舞台に立つことを禁止されているおれは生涯いのちの重みを理解することはないだろう。戦わずして、争わずして何かを得られるなんてのは己惚れだ。


「わたしは聖戦の話をしていないよ、同志と争う理由は何なのか訊いているんだよ。同志と争う必要ってないよね」


 そう返されたおれはすぐに返答できなかった。結晶人が戦争をするために生まれたなら、仲間とは協力するものだ。カグヤの言う通り仲間と争う必要はない。競争社会ならば群れを成した者どもが小さく争うが、戦争は規模が違う。戦争は国と国や国内であれば西や東といった勢力、数百や数千の頭数では足りない。だからおれには仲間が必要だったんだ。


「……仲間は戦争に必要ない。どいつもこいつもひとりで戦争していればいいのに、徒党を組んで仲良しこよしだ。そこでおれはガキだなんだのと仲間外れ。つまり人間社会や結晶人社会に認められるには、内輪でも争わないと己の存在を確立できないってこった」


 仲間に勝てなきゃ戦争を終わらせられない。己の意志を露わにしなければ新たに徒党すら組めない。おれは唯一の失敗作だから成功作どもを追いかけなくちゃいけないんだ。


「そっか、右の翼あれば左の翼あるって感じで、両翼無くして自由は得られずだね。仲間に依存しないなんて発想は天使や悪魔と同じだよ」


 ほう、やはりカグヤ姫様はヒトの言葉を扱うのが不得意ですな、そしてそのコミュニケーション能力が宇宙人的で意味不明。お前も仲間や友達なんて一人もいないだろうな。あ、おれも友達やら仲間がいなくなったからお前の仲間だな、つまりおれとカグヤとニレンは同志だ。


 いやいや、キチガイと同志なんて御免だよ。

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