変わらない日常

 変わらない。何も変わらない。


 雨傘をさして、いつも通りアッシリア大広場の特等席に座って、いつもよりしけた面で妄想に打ち込む……いつもより変わっているか、最低に変わっているよな。


 なにがおれを信じろだよ、何がおれに付いてこいだよ。おれには信用も無ければ他人を信じるこころも無いだろ。有るのは役に立たないカラダと頭だけで、それらを使ったところで出来上がるのは糞尿と汚い言葉だけだ。おれはバカだな、同族を穢れた血だと罵っていたし、もう正気の沙汰じゃなかった。あれは酷い、死なない自爆とはああいうことを言うんだろうな。


 戦死者の怨念が今のニレンを作り上げているなら、戦死者に恨まれているおれは罰を受けたのだろう。いろいろなことから逃げて罰が当たったのだろう。


(ほんと、おれはニレンと何もかも違う)


 ニレンは超えられない。努力は当たり前だが、自分の努力を他人に分け与えられるのはあいつだけだった。人間たちは生まれたばかりの結晶人に飯を与えたりある程度の言葉を教えるくらい、それ以外は命令しかしない。そんななかニレンはいろいろと教えてくれた。文字の読み書きや計算や心や料理や男女のカラダの仕組みや絵や音楽や生命、その他に知らなくていいことを山ほど教えてくれたのだ。ニレンが始めた高水準の教育のおかげで、今の結晶人は昔よりも格段に強くなれた。そしていつからかニレンの真似をする結晶人が出てきて、気がつけば弱い人間たちのように助け合いをするようになっていた。こうしてニレンは、自分の努力を分け与えられるだけ分け与え、教育の場から戦場へと身を移したのだ。


 戦場でヒトや神を殺し、戦場から戻れば子供たちと触れあい大人たちと会話を楽しむ、こっちが質問をすればはぐらかしいつもいつも話にならない。つまりニレンは教師ではなかった。教師がどのようなものを製造するのかは子供に考えてもらうとして、ニレンという製造業があるなら――ニレンは機械に魂を吹き込んだり、奴隷をヒトに変えたり、結晶人には存在しないもの――父や母――を作って見せている……言わば情操教育の先にある〝己が理想とする「こころ」を創る製造業〟というのが<ニレン>だった。


 元々無いに等しい自分のこころを育てて、その育ったこころを他人に分け与えて、そうして戦場へ出る頃にはニレンのこころは空っぽになっていた。心を削り過ぎた今のあいつにこどものこころは無くなっていて、おとなが今更情操教育を受けたような、上から圧力をかけられた歪な形になっていた。


 そんな奴が誰にとっても特別。ヒトや神を殺しているのに、おれ以外はニレンを恥とも思わない。生き物を殺すことで恥曝しではなくなるなら、殺さないとおれの恥は消えないはずだ。


(どうしてこうも違う、どうしておれたちは普通でいられないんだ)


 結晶人のこどもは普通じゃないが、おれとニレンは結晶人から見ても普通のこどもではない。


 いつもニレンと比べられるのは同じ第五世代のおれだけだ。出来損ないのおれと、十六歳で神を殺したニレン。太陽とミジンコ並みの差がニレンとおれ――いや、そう言ってしまうとミジンコをバカにしているようだ。ミジンコは頑張って生きている、おれは頑張って生きていない。クソよりもクソなおれと肩を並べる生き物はいない、例えが思いつかないくらい命の価値に差があるのだ。お前はヒトでもなければ生物でもないって? 間違いなく図星だ。


(うん、それにしても今日は良い天気だ。ニレンが隠れているようで最高だ。それともニレンは隠れて泣いているのか……いや、あいつは泣かないな)


 ああ、おれはどうしてニレンばかり見ているんだ、超えられずとも肩を並べたいと思っているんだ。おれ以外の結晶人族シシでは並ぶことさえ無理だと、どうしてそう思っているんだ……。

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