満たされた空っぽの朝

「聖戦聖戦……アトラス皇帝の血が途絶えようとしている時代に選択肢はねぇよ、勝ったら勝ったでおれたちの居場所はなくなるんだよ。戦いに勝ったら良くて人間たちの労働奴隷、悪くて廃棄処分だ。おれたちの燃費は人間のそれとは別なんだからな――つまり今やっている聖戦もリソースってことだ。おれたちが生きていられるのは、聖戦とその聖戦を観戦してくれる人間共がいるからなんだよ!」


 冗談はいい加減にして分かれよ。どうしてこんな簡単なことが分からねぇんだ……国を良くしたくて戦争続けるなら、戦争しないで国を良くするだろ。神生国から奪った広大な土地を利用してバベルの塔建設なんざ頭のネジが飛んでる奴しか考えねぇよ。


「そんなことはない。ニレンは次代を考えているんだ」


「ニレンはこう言うぜ、『ひとつ:戦って滅びるか。ふたつ:戦わずして滅びるか』ってな」


「それはアザミの言葉だろ、『ひとつ:戦場で散りたいなら一輪咲かせろ。ふたつ:闘争の果て散りたいなら生きろ。そして最後に――どちらも選び、どちらも選ぶな』」とクルー。


 ああ、聴き飽きたぜ。あいつの意味不明な言葉は全部聞き飽きた。もうあいつの存在自体が意味不明なんだよ。あんなのは生まれてきてはならないんだ。


「ああ、そうだ。ニレンのクソ野郎が今の人間共を操作しているんだよ。最初からおかしかったんだ、行方不明者の増加と侵攻作戦の増加、あいつが最初から……ニレンが何もかも舞台構成していやがったんだ。元からニレンは純皇帝派なんか見ちゃいない、あいつは穢れた血だ」


「アザミ、言葉は選べ」


「ニレンの真似は止せ。おれを信じろ! おれに付いてきてくれ! 第一世代や第二世代の能無しの雑魚共ではなく、お前らのような強い奴らが必要なんだ」


 そうだ、おれならやれる。おれなら卑怯な手を使ってでもやれる、あの剣を振れば神の王だろうが殺せる……力だ、力がなければ失うだけだ。お前らも力に付き従うだけの結晶人だろ、神を殺せるニレンの腰巾着だろ。良い機会だからおれの力で自由にしてやるよ。


「そんなお前に真実を告げると――結晶人は誰もお前に付いて行かない。おれたちは戦争に勝つことで自由になれると信じているからだ。それに、戦争があるよりは無い方が長生きできる。第一世代や第二世代は知能が低いと言われているけど、今のお前よりはずっと賢いぞ」


 ああ、そうやって正論を吐き捨てても戦争が終わるわけもない。こっちには大英雄ニレンがいるのにセカイの半分を手に入れるまで何年経った? 帝国民のくせに誰一人として答えられねぇだろ、つまり神生国の神々は遊んでいやがるんだ。おれたちは神と人間の駒だ。


 もしおれが出来損ないじゃなきゃ、ニレンのように神々と戦ってみせたり神々を殺せるのに……冗談は噂話だけにしてほしいもんだ。


 ……こうして考えるだけ考えた結果、おれが出した答えといえば言葉ではなくため息だけだった。おれが言い返しても共同体に押しつぶされるだけだ、全てが無意味なんだ。


 かつてニレンは言った――『生きていれば何とかなる』、それを信じてここまで生きてきたのに、一度たりとも勝利したためしがない。このセカイで生まれたおれは、何をしても無意味なクソ野郎だ。


(そうだ、おれは結晶人の中でも唯一の落ちこぼれだ)そう再確認できるくらいには脳機能の衰えすら感じられないし、おれのこころもカラダも『出来損ないおれ』という完成品だ。


「頭を冷やせ」


 十二分に冷えている。他の物質に頼らずとも、おれの頭は熱くも冷たくもならない結晶質でできている。思考停止のサルよりも下品な結晶人族シシの恥曝しだ。


「ごめん、おれが悪かった。いつもの妄言だから気にしないでくれ」


 生まれたのが悪い、弱いのが悪い、おれがすべて悪いんだ。このセカイにおれが封印されていなければ、もっと幸せなセカイだったんだ。何もかもおれが悪いんだ……みんなごめん。


 おれは歩き出した。おれは誰とも歩めないからひとりで歩くしかない。罪人はどんな歩き方をすればいいのだろうか、四つん這いで歩けば罪が軽くなるのだろうか。さっさと死ねたら、いいや、もう考えることすらしたくない。


「ニレンからお前に言伝だ――『たとえ力が欲しくとも、力で剣を振るな』だとよ」


 そうケントはおれに伝えてくれる。


 分かっている。己で気付かなくてはならないんだ。力ではないと力を否定しなければならないんだ。でも力を欲しないで何を欲せばいいんだ、己に一番欠けているものを欲しないで何を欲して生きればいいんだ。


「アザミ! ごめん! リジーのこと悪く言ってごめん。結晶人族の恥曝しはおれの方だった、ほんとごめん」と、おれの背中に謝ってくる奴は誰だったのか、思い出せないおれが悪いんだ、おれがみんなに謝るべきなんだ。


「ごめんアザミ。おれはお前らに付いていけない」「すまないアザミ、お前たちの道は険しすぎる。おれには無理だ」とアランとクルーは悲しげに言う。


 そうだ、ここにいるのはやっぱり黄金期の奴らだ。ニレンと切磋琢磨した光り輝いている奴らだ。その中で唯一輝いていないのは腐っているおれだったんだ。




 外は弱い雨だ、今日は一日中そんな天気らしい。

 空は暗雲で満たされ、結晶の都は雨水で満たされている、なのにおれは空っぽ。

 ……満たされた、空っぽな朝。

</morning>

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