塔計画

「神生国エンルルには<塔>の建設計画があるらしいんだ」


 とニレンは話し始めた。面白そうな話をつまらなそうに話せるのはこいつの特技だ。社交的な立ち振る舞いを学んでいても、本人は人間とも結晶人とも共の社交性をめんどくさがっているに違いない。だから側付きも第一世代しかいないなのだろう。


「ほー、考えることは神生国も帝国も似ていそうだな。帝国には建設休止中の【バベルの塔】、それで神生国にはなんて名前の塔がある……」


「【ハノイの塔】と言うらしい」


「へー、エンルルがそれを造る目的は……まさか、結晶に浄化された土地に踏み入るとかか。攻められて護るだけだったのにやっと反撃できるようになるってか」


「違うさ。ハノイの塔の目的は――神々を凌駕する<イヴの目覚め>のためだったんだよ」


 と言うニレンにおれは疑問を浮かべた。『だった』ってなんだよ、計画は失敗した、みたいな言い方しやがって。おれの前で失敗とは言えないからそう言うしかなかったのか?


「なら、そのイヴの目覚めってのは帝国にどんな不利益をもたらすんだ……」


「〝真砂砂鉄は何が何でも溶かせ、鉄は熱いうちに打て、砥げるならば砥いでみろ〟、それらの言語や文法を滅茶苦茶にしてやろうって魂胆だったらしいけど――」


「――なるほどなるほど」とおれはニレンの話し途中でうんうん頷き、「よく分からんけど、このセカイにはお前のような狂った奴しかいないらしいな」痛くもない頭痛を和らげるために、自らの頭をコンコン叩いて苛立ちを和らげようとした。


 肉体的にも精神的にも苦痛を伴った情報内容だったわけで、もううんざりしてしまう。観客に魅せるとか、興味を引かせるとか、そういったマーケティングをしてほしいものだ。


「それじゃあ何か分かったってことだよね」


 勿の論、無の論。クリティアスとエンルル、その両者の塔計画タワー・プロジェクトには重大な欠陥がある。それはと言うと――どちらの塔も目的の場所には届かないという出鱈目な点と雑な線だ。


「大英雄ニレンが存在する今、向こうが躍起になるのは仕方ないってことだろ。つまり、第五世代の創造も向こうのイヴの目覚めとかいうものも、終戦には早すぎるんだ」


「そっか、何も分かっていないようで安心したよ。〝神に挑むか人に挑むか、それとも剣を探し当て、剣を引き抜きし者に挑むか〟それがぼくたちの立つべき本当の舞台なんだ」


 おいおい、それは大昔に大嘘つきの巫女たちが予言した戦士たちの未来であって、人間共が共同体まで創って信仰している宗教的な言葉だぞ。騎士道物語であっても、神様を殺す騎士様は異端者扱いされちまうよ。


「塔が完成したところで聖戦は聖戦、予言は予言だ。歴史は繰り返すものだが、今になっても巫女の言葉が実現されていないのはおかしな話で、人が死んだら復活しないのと同じ話しだ」


「巫女はセカイの常識を語ってはいないよ。アザミはふたりの巫女を知っているのかい……」


 お前に教えられたんだから知っているさ。『むかしむかし、星を司る巫女と物語を司る巫女が聖戦の行く末を予言した――〝新たなる時代より、月の姫君は不死の山で十を数え終えるだろう。聖戦の終末に降るは花、覆うは結晶。奈落より剣を探すは獅子の子、天空で知るは仔羊〟』と、ふたりの巫女は長くても十年間の戦争って予言したらしいが、何万年どころか何億年経っても終わる気配すらしない。巫女の予言も元は人間の予言ってことだな。


「もしかして、どちらかの塔計画が上手くいけば聖戦が終わるとでも?」


「終わらせようとすれば一瞬で終わるんだけど、すぐに終わっては困ることもあるんだよ」


 そうそう、なんたって戦争はビジネスだからな。仕事でミスしても、戦争を終わらせるなんてミスは誰もしないだろうよ。それに、間違っても間違わない問題は世の中にあるからな。


「価値ある物は黒字、価値なき物は赤字。結晶人の赤子が万年赤字でも造られるってことは、終わりなきビジネスってことで、赤子に<赤>を使うってそういう意味を含むんだろうな」


「生まれた時は皆が赤子だよ……愛されたか分からないけど、愛されるべき命だ。帝国でも神生国でもそれは変わらないことなんだけどね」


 お前は他の結晶人とは違うだろ。血の赤も関係なければ、赤字の赤すら関係ない赤子だっただろ。兄弟のように育ったおれとお前だが、愛されなかったアザミと愛されたニレンだろ。


 そこでおれはため息が出てしまい、


「情報提供をどうもありがとう、と大英雄ニレン殿にお礼を言っておこう。で、話を変えさせてもらうが――情報は己の命の次に価値あるモノであって無料じゃない、しかしお前はどうやってこんな情報を、どこの誰から仕入れたんだ?」


 おれは予想と訊くことしかできないので、ここでは訊くことを選ばせてもらった。『訊ねる前に検索エンジンを使って調べろって?』ああ、調べ尽くしたさ。しかし、中枢アーカイブに接続して重要な情報を抜き取るなんて恐ろしくてできないし、足跡を残さない接続なんて無能なおれに出来ない。要領の良いおれは『訊く前に調べろ』とかいう人間共が使っていた古臭い死語を耳に入れず、AIより信用できる大英雄ニレンに訊いて最適解を教えてもらいますぜ。

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