最後の剣
「――《終わりよければ全てよし》、だろ?」
「……なるほど。終わりがあるなら心も体も大分楽になるだろうね」
と返してくるニレンは、突然おれに向けて一枚の紙を放った。ヒラヒラとした緩やかな流れではなく、風を切るかのような鋭い紙っぺらの一撃だ。
(おい、危ないだろ。もしおれが人間だったら紙切れ一枚で死んでいるかも知れないんだ。『君は結晶人だろう』だとでも言うのか? おれが結晶人だと知っていても、お前の投げる紙が眼に刺さったら失明するかもしれないんだぞ。この人殺し!)そう言ってやりたいのはいつものことなので、おれは言葉を浮かべるだけにとどめるのだ。
「そこでシェイクスピアは、人生という幕を下ろしたくて下ろしたのかな」とニレン。
おれは会話のキャッチボールが面倒になったので、キャッチした紙に目を通すことにした。そうしたのはいいが、紙には何も書かれていないではないか。<神はいても内なる神はいない>ってことか? まったく笑えねぇよ。
「はぁ」とおれは、出したくもない深いため息がついつい出てしまった。ため息は百貫デブの元だと昔からよく言われているらしいから、ニレンの話を聞くおれは百貫どころのデブではないはずだ。しかし、普通に食事していたら痩せてしまうのが結晶人であって、百貫デブになれるならなってみたいのがおれの本音だ。
「この空白は何か意図があってのことか……聖戦記の一ページとでも」
「〝終わりよければ全てよし〟。そう教えてくれたのはアザミだろ」
さあさあ、終わりだ終わり。こいつの考えを言葉にして、さらに現代語訳にしてくれなきゃもう話していたくない。ああ、やだやだ、これだから大英雄にはお友達が一人もいないんだ。
頭が痛くなりそうなおれは、もう試験を受けずに帰ろうかと思ったその時、
「アザミ。お礼に一つだけ情報を提供してあげるよ」ニレンは人差し指を立てた。
お礼……皮肉なお礼なら今までに嫌というほどもらったが、またもらえるのか。ま、無料でもらえるなら何でももらっておこうではないか。
「お前に流れている風が変わったのなら、とびっきりの情報で頼む」
と、美食家なおれが特上の情報を注文してやれば、チリンチリンという呼び出しベルの音ではなく、ゴーンゴーンと、訓練施設近くにある時計塔から大鐘の音が聞こえてくる。一回、二回、三回…………十回数えて次がなければ、今の時間は嫌でも分かってしまう。あと二時間で前夜祭は終了、今頃大通りは酔っ払いで溢れ返っていることだろう。
うむ、警備をサボったのは不正解だが正解でもあるような気がする。
「十と言えば、〝物質的セカイは最後の剣と通じ合う〟らしいよ」
時計塔が近いこともあり大鐘の音はいつもよりうるさかった、しかし鳴り止んでしまえば寂しくも感じるというもの。その寂しさを紛らわせたかったのか、訳の分からない雑音を奏でたのはニレンだ。と、話すべき内容を忘れてしまうくらいの十分な間は取れたはず。
「意味のない話は抜きにして、それでは話してもらおうか。大英雄ニレン殿」
<この時のおれの発言は考えるまでもないシンプルなものだった。だから過去の『おれ』に今のおれが教えてやる――お前はもう少し洗練された言葉を扱い、自らの裡にある運命の輪を引き当てていれば、こんなにも冗長的な旅になることはないんだ>
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