咲けば散る
」「2.「はぁ」と、おれはため息をついてしまう。
(ヒトの人生には花のある物語が用意されている。花はひとりひとりに必ず用意されているはずなのだが、なぁニレン、どうしておれには花が用意されていなかったんだ……)
「まだ枯れてないって言うなら、おれには成長するための肥料も水も与えられなかったってことで、人間たちの気まぐれでおれは生かされているということだ。戦場で咲くは花、散れば只の草。逃げ回ったおれは只の草にもなれないわけだ」
「《咲けば散る 咲かねば恋し山桜 思ひ絶えせぬ花のうへかな》。アザミは亡き者たちの意志を背負って生き続ければいいんだよ、それだけで十分だ」
なるほど、おれにはニレンの言ったことが一つたりとも理解できん。結晶人の大舞台は戦場だというのに、戦場に出られないんじゃ生きている価値なんてない。大舞台に出られないことに加えて都では穀潰し、おれはある意味完璧な結晶人と言えるだろう。
「生者は死者になれば蘇らないが、死者の怨念は生者のようなインフレやデフレで渦巻いているぞ。その証拠に帝国領の都だけじゃなく町や村にまで行方不明の結晶人が出ている。それもこれも、おれが聖戦アレスで同士を見捨てて逃げ回ったからかもしれないんだ」
「アザミが悪いわけではないさ。失踪の件数は増えただけで昔から行方知れずになる結晶人はいた、それに怨念なんて下らない話しだよ。戦争と死者と行方不明者の間に、何かしら繋がりのある証拠を提示すれば話は変わってくるけど、そんな証拠は無いんだよ」
そうは言われても、このセカイでは何があるか分からんだろうに。実際、今から約五年前に帝国領で不可解な失踪と得体の知れない怪物――百鬼夜行の魂――がうろつき始めた。その頃から失踪率は急に上昇したんだぞ、しかも聖戦アレスの後だ。何かしら繋がりがあるだろう、例えば、おれを怨んで死んでいった結晶人の亡霊がおれを殺したがっているとか。
「お前は神秘や霊的な話になると急に論理的になるよな、正直言ってつまらねぇ」
「霊は信じないけど神秘や死者は信じるよ、それと、つまらないことを面白くするのが君だろ。『負け犬の話術』って、ケントとかアランとかクルーがアザミについてよく話してくれるよ」
おいおい、陰口は穏やかじゃないな。後であいつらに灸を据えなくてはいかん。
「……まあ、そんなわけで、おれは逃げて生き残ったからこそこの下らない今がある。もしもの話、お前のように戦争でヒトやら神様やらを簡単に殺せる力を持っていたら、おれも英雄になれただろうよ」
と、おれがいつものように愚痴っぽく言ってやると、ニレンは具合の悪そうな顔をした。顔がいつも具合悪そうなのはおれもニレンも変わらないようだが、実際は何も似ていないからこそおれの具合は本当に悪いのだろう。
「殺すことが英雄への近道だと思わないでほしい」
ニレンはおれに向けて、尖った刃物を見せびらかすように言った。おれに偽善者の台詞なんて覚えさせるなよ、とてもじゃないが悪い空気も悪い気分も台無しになってしまうぞ。
(ほんとムカつく奴だ。昔からヒトの生やら死やらについては赤子の敏感な肌くらいに反応しやがる)そう浮かんだおれは偽善者の台詞が大嫌いなわけで、
「はぁ? お前は何万ものエンルル人を殺し、悪魔や堕天使だけじゃ飽きたらず大神までも殺して大英雄になっただろ。帝国民の誰もが『ニレンは大英雄だ』、と話しているぞ」
「確かに帝国民はぼくを大英雄と呼んでいる……しかし、戦争なんかで得た名誉はこの帝国でしか語られないし、神生国側からしたらさっきも言ったように、ぼくは大虐殺の大英雄とでも呼ばれていそうだよ」
残念だがニレン、このセカイにおいて戦争で得た名誉は名誉でしかない。自国を守るよりも侵略行為こそが名誉、戦争の英雄こそ歴史に名を残す――と、これを聞いたら《ユートピア》のユートピア人もびっくりしてしまうだろうがそういうことだ。
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