最弱と最強

🎼セカイはこんなにも広いというのにおれの舞台は狭すぎる。


 と、考えながら歩いていたおれは足を止めた。おれの目の前には例の男、離れたところには付き人らしきAちゃんとB君が立っている。夜ということもあって戦闘訓練場に人影はおれを合わせて四つだけ、どうしておれとあいつ以外の影があるのか不明だ。しかし通訳としてこの場にいるなら、あいつの扱う言葉を現代語訳してくれると助かる。ま、AちゃんとB君にその気がないのは分かりきっているがな。


「来てやったぞ――」


 仏の顔も三度撫づれば腹立つる。仏は二度まで理不尽に耐えられるらしいが、正直言って失笑ものだ。仏ですら理不尽な事を二度しか耐えられなかった。おれは理不尽に一度も耐えられない立派な結晶人だから理不尽は理不尽で返そうと考えてみるが、やはり一番は逃げることなのだ。二度も耐える仏さんと一度も耐えられないおれに比べて、今のヒトは理不尽に何度耐えているんだ……間違いなく一度や二度よりも多く耐えている。


 まるで抜け殻のようなヒトたちばかりだ。


 つまり、慈悲深い仏ですら怒りの感情を持っていた。おれも怒りの感情は持っているし、仏さんと感情表現の豊かさを比べりゃおれの方が豊かだと言える。そこで今のヒトといえば『すばらしい無意識のケモノ』。まるで「あいつ」がそこかしこにいるような気持ち悪いセカイ。


 あいつ……あいつの名前は、


「――ニレン」


 戦闘とは無縁のおれを、コロシアムのような戦闘訓練場に呼び出したのはいったい誰だ……もちろんおれの目の前にいるニレンだ。戦場で使えるか使えないかの試験をしてくれるなら、おれは間違いなく使えない部類に入っている唯一の結晶人。誰が何と言おうと肉の盾にしか使えない、となると肉の盾にもならないわけだ。


「ひとりで来れたんだね。逃げるかと思っていたけど、リジーに頼んで正解だったよ」


「貴重な時間を五分ほど無駄にされた気分はどうだ? ムカついたなら次は呼び出すんじゃなくてお前が来るんだな。前夜祭を回れないお前の付き人も迷惑していることだろう」


「悪いね。街に出るとぼくは目立つから、こういう形を取らせてもらったんだ」


 と言うニレン。おれが時間に遅れても怒りもしない、いつもフラットな大英雄様だ。神と戦って勝利を収めたから悟りを開いてしまったのだろうか……もし相手が仏だったら悟り悟られの大合戦で、最初に腹が立った仏はニレンに手を上げてから手を挙げてしまうのだろう。


「大戦の大英雄様はいつもお忙しそうだ」


「いいや、最近はそこまで忙しくないよ。次の侵攻は二週間後に再開だから、今の期間はみんなに休暇と鈍らない程度の訓練しか言い渡していない。それに第四世代の子たちに仕事を持っていかれてしまうから、今のぼくはかなり休めている方だよ」


「そうかいそうかい、おれに休みが無いのはどうしてだろうか。説明できるかな?」


「首都の警備は君の仕事だが、もしかして休めていないのか?」


 そりゃあ、休むはずがない。休むくらいだったらサボるか、ありもしない有給を取るかのどっちかだ。まったく、おれも大舞台に出てお前のように活躍したいぜ。


「おれの期待していた説明じゃなかったのが残念。まぁそれはいいとして、久しぶりにこうして会ったんだからお前の話を聴かせてくれよ」


「話……アザミはいつも噂話として下らない話を広めるじゃないか。話すことなんてないよ」


「少しくらいあるだろ。大英雄の愚痴でもいいんだぜ、それかおれが見ているセカイとは全く違うお前のセカイを聞かせてくれよ。大英雄のセカイは広いだろ」


 このやり取りこそがおれの生活の命綱。大英雄へのインタビューを気楽にできる事に加え、その情報を記事にすれば金になる。印象が良くなる情報はおれ以外の結晶人が喜び、印象が悪くなる情報は人間の背信者が喜ぶ。善悪を書き分け、情報を使い分けるのが上手い立ち回りだ。


 おれは上手くやっているはず、なのだが、


「違うところなんて何もないよ。違うところがあるとすれば『大虐殺の大英雄』ってところかな」と、おれの生活がかかっているというのにニレンはつまらなそうな反応をしてくれる。


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