こどもの頃
<memory>//あれはガキの頃。
「結果だけ言うと、アザミはぼくに勝てないよ。それでも全力で相手してほしいなら相手になってあげるよ――来なよ、名も無き敗残者」
模擬戦闘の前にそんなことを言いやがったのはニレンだ――いいや、最初に喧嘩を売ったのはおれの方で「ファッキュー」やら「クリスタルファッカー」やらの、世間的に汚い言葉を使って挑発したんだったな。言葉を覚えたこどもが、その言葉の意味をしっかりと理解していても、汚い言葉には魅力とか使った時の中毒性がもの凄いのだろう。あの時のおれもいまのおれも、言葉の依存症患者で間違いない。
「シャラップ! 結晶に愛されて生まれたからって勝った気でいるなよ! ぼくは結晶に愛されなかったから愛されるように努力するんだ、だから将来はお前なんかよりずっと上手く結晶を使えるようになるんだ! そんで、将来のお前はこう言うぜ――『ぼくはクリティアスの大英雄アザミさんと対等に話ができるんだよ』ってな」
そういえば、昔のおれの一人称は「ぼく」だったっけ。いつから「おれ」に変わったのか、なんて説明は必要ないな。それよりも、少年のおれが未来を予想していたことにびっくりだ、立場は逆になっているわけだが。
「うん、そうだね。結晶だけに愛されていたら、ぼくはアザミに勝てないだろうね」
「はぁ? 死ねや! このサノバビッ――」
それでおれは負けるわけだ。ボコボコにされて泣くわけだ。諦めの悪いガキはおれくらいだったが、一度も勝たせてくれないニレンはおれよりも諦めの悪いガキだった――となると、諦めたおれはおとなで、今でも諦めないニレンはガキだな。
『あはははっ!』「どうした負け犬アザミ!」「少しはねばれよ!」「お前がニレンに勝てるわけないだろ!」
と、外野はおれに向けて野次を投げ飛ばしてくる。
「うるせぇ! ぼくは負けてねぇよ!」
そう言っておれはまたニレンに挑戦するんだ。
結果は同じ、おれは負けてボコされて同期の前で恥をかかされる。
どうしてこんなにも差があるのか分からなかった。おとなとこどもでは力に差があるなんておれでも分かる、なのにニレンはこどもなのにおとなたちより強く、礼儀正しく……非の打ち所がないおとなびた少年だった。
「まだだニレン! ぼくと戦え!」
「まだ諦めないのか?」
「諦めてたまるか!」
「ならばかかってこい結晶の子」
そしてまた負ける、また立ち向かう、また負ける。その繰り返しだ。
もしもニレンに勝てる世界線があったら……いいや考えるだけ無駄だ、ニレンに勝てる世界線は存在しない。何となくだけど、ニレンは最弱の世界線をも最強の世界線へと変えてしまう気がする。
『あはははっ、雑魚アザミ!』
「みんなやめなよ、アザミは頑張ったじゃない」「アザミ、お前はよくやっている。ニレンに挑戦する奴なんてお前くらいだ」
笑い者にされたおれはリジーやケントに慰められる。それも繰り返される日常の一幕だ。
「アザミはぼくに勝ちたいのかい?」とニレン。
「勝ちたいだと? 勝ってるわ!」
「いや、ボコボコにされてるじゃないか。泣いてるし」
「…………」
ニレンの言葉に少年のおれは何も言い返せなかった。
「アザミ、ぼくからのアドバイスだ――挑戦し続けろ」
ニレンの激励の言葉はおれにとって不愉快でしかなかった……そのはずなのに、心地良くも感じられた。
「うるせぇ! 何度だって挑戦してやるっての!」
こうして<負け犬>が板に付いたおれは谷底で試練に明け暮れ、ニレンはニレンであるが故に過保護に育てられたのだ。実際は同じ食事、同じ戦闘訓練、同じ授業を受けたがな。
ニレンと同じことをやっていれば、いつの日か追い抜くまでは行かなくとも追いつくはずだ、あの怪物に立ち向かっていれば、おれの中の何かが変わってくれる。そう信じて、ガキの頃のおれはどんな些細なことでもニレンに勝負を挑んだ。戦闘に関しては模擬戦闘以外に何十回何百回と挑んだ。
そして、「おれはバカで弱くて結晶に愛されていない――結晶人の失敗作だ」ということを全身だけでなく意識にも刷り込まされた。
ついにおれは、あいつに一度も勝てないまま試験と言う名の戦場に出て、戦場で逃げ回った。
最後の最後まで、何の感情もこもっていないニレンの瞳はおれを見てはいなかった。
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