おれのこと

酔っ払い共とおれの話のおかげで酒場が一層騒がしくなってしまったようで、おれは耳を塞ぐことに全力を尽くすのだ。おれに感謝しろよ人間共、お前らは今日の騒がしさと会話を忘れるだろうがおれは忘れないからな。


「とまあ、あんちゃん。これもなんかの縁だ――乾杯といこうや!」


 そう言われた次には『我が主に賛美と乾杯ハレルヤ!』と、人間共は汚い和音を揃えてくれた。


 その乾杯はおれとの縁を祝ってのものじゃないことは分かる。だからおれは陰鬱な雰囲気を纏わせながら、「乾杯」と音にもならない不協和音を奏でるのだ。


「人間のみなさま、楽しく飲んでいるところ申し訳ありませんが……この結晶人はこれから用事があるので失礼させていただきます」


 リジーはそう言うと、おれの手を取って無理やり酒場から連れ出した。この店で注文する最後の一杯くらいは待ってくれてもいいだろうに。ピザを冷まさないようなせっかちさんはおれの好みだが、酔いを醒まそうとするせっかちさんは少し苦手だ。


「それで、ニレンはおれと熱々の食い物で食事でもするのか? そんな時間はおれにはねぇよ」


「『結晶人が使える時間は短くもあり長くもある、だから大事に使え』って、ニレンは言ったでしょ。あなたの使える時間は無制限でも、ニレンの使える時間には制限があるの」


 ガキ扱いしてくるのはあいつだけで十分だってのに、みんなしてガキ扱いしやがって。


「呼び出される理由なんざ知らねぇなぁ、ああ知らねぇ。なんたっておれは結晶人にも人間にも忘れられた失敗作だからなぁ、ああ知らねぇ」


「グレないで――もう警備はいいから。ほら、ニレンが呼んでいるんだからさっさと行く!」


 おれはグレてなんかない、元からこのどうしようもない性格だ。仕方ないだろ、結晶人と言っても始まりは人間の精子と卵子だ、おれのような結晶人が誕生しても仕方ないとういものだ。もしもの話、おれが第四世代ノヴァの遺伝情報から造られているとしても、第四世代は人間の遺伝情報満載だ。結晶人と人間は切っても切れない縁で結ばれているのだから、クズがひとりやふたりいたところで何の問題もない。意識や魂から作り直せというなら……うん、仕方がないのさ。


「どうにかして逃げられない? カラダの調子が悪くて、なんだか熱も出てきたっぽいんだ」


「逃げたいなら逃げれば? 今度は無理やりニレンのところに連れていくから」


 なんて酷い奴だ、ちゃんとした結晶人のこころがあるのか。おれだったら相手に強制なんて絶対にしない、相手に強制する権利は人間様の特権だからな。


「おれはスパルタンじゃないんだよ。お分かりかな? スパルタ教師リジーさん」


「分かりませんわよ、自称大英雄の兄のアザミさん」


 そう返されたおれは言い返す気が無くなり、とぼとぼと、千鳥足を踏むように歩き出した。


 今考えても諦めを学ぶのは単純明快であって、誰にでも解ける問題だ。ということは、少年だった頃のおれは相当に頭の回転が悪かったらしい。


 こうして逃げられない今があるなら、どうして人間たちは『おれ』を造ったんだか……それは人間であろうと神であろうと知る由もない。うん、今日も最悪な日だ。


 どうだ諸君、失敗作のおれは逃げてもいいと思わないか。それとも、こんな偏屈なおれを成功作と言ってくれるのか。まだ判断できないというなら、おれのどうしようもない結晶人ぶりを引き続き楽しんでくれたまへ。

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