失敗作

「まあ、おれは結晶人だけど――」


「――アザミ、仕事サボって何してるのかな?」


 とそこに、おれを探していたのだろう結晶人の女はとても素敵な笑顔で話に割り込んできた。ああ、怒っている時のこころから笑っていない笑顔だ。


 ここで一つ――おれは結晶人だけど、勤勉でもなけりゃ怠惰でもないんだ。


「よう、リジー。お前も飲みに来たのか、やっぱり前夜祭は花がないと盛り上がらん」


 おれはそう言ってこの場を悪い方向へ向かわせないようにしたつもりだ、そのつもりだったからなのかリジーは深いため息つく、それはそれは深海よりも深いため息をついている。


「飲みに来たとでも思っているの……」


 うん、違うだろうね。おれが原因でストレス蓄積状態なのは分かるが、お願いだから暴力は振らないで。今は良い気分で、饒舌で、おれが『アザミ』じゃないくらいに酔っている。


「明日は帝国の建国記念祭でしょ? いろいろな場所からヒトが集まって来ている今、帝国の首都エーテルの警備をサボるとはどういう了見、それほど大事な用事があったの……」


 大事も大事、大事件だ。仕事をサボっているのがばれた今が大事件。逃げるか? いや、こいつからは逃げられない。ならどうするか決まっているだろう。


「結晶人たる者、忘れるべからず――『奴隷の歴史は過去に置き、新たな歴史は怠惰の現在』。ニレンならそう言うだろ……」


「はいはい、アザミの言葉はいつもヘンテコ。『歴史を過去に置くことなかれ、歴史を背負い新たに生きよ』でしょ。与えられた簡単な任務を遂行できないようじゃ、いつまで経っても新しい歴史は始まらないの」


 そんなことを酔っ払いに言っても明日には忘れるぞ。特に話している内容は確実に忘れる。しかし、忘れるから暴力を振るっていいことにはならないからな。


「用事がそれだけなら今日は有給を取らせてもらう。それも新たな歴史の第一歩」


「もう、バカ言わないの。明日はニレンの晴れ舞台でもあるんだから、自称大英雄の兄のあなたがしっかり警備しないでどうするの……」


 酒に酔い、酒に飲まれている今だからこそ、おれは裡なるおれを見せつけられるというのに、大英雄の話を出さないでほしいもんだ。


「おれにそこまで構うなよ。おれが仕事をサボるなんざいつものことだろ。おれひとりが仕事しなくても他に優秀な奴がいるんだから、そいつらにやらせればいいだろ」


「その優秀な奴があなたでしょ。その優秀な奴に向けて、ニレンがお呼び出しをかけているんだけど心当たりはある?」


「ニレンが? おれに? 冗談だろ」と言ったおれだが、心当たりはあった。


 そういえば、試験を受けてもらう、とか言ってたっけな。まったく酷い奴だ、ヒトを呼び出すんじゃなくて自分からこればいいだろうが。それにどうしておれが試験なんざ受けないといけないんだ。試験は随分と前に受けたはずだ、不合格確定の試験にな。


「こりゃあ驚いた。あんちゃん大英雄と知り合いだったか。あんちゃんの世代は?」


「結晶人でこれだけ感情表現豊かなのは第三世代スールよか上だ。戦場の中継で見たことはないが、あんちゃんは第四世代ノヴァだろ。いやはや、都には今日着いたばかりでな、見渡せば戦場で名誉を得た結晶人がそこかしこにいてびっくりしたぞ」


「さっき大英雄の兄とか聞こえちゃったのだけど、大英雄にお兄ちゃんがいるの?」


「自称って聞こえたわよ。取り出された順番的に兄貴って話でしょ。そうでなきゃ……あんたらも知っているでしょ? 大英雄と同時期に生まれたもうひとりの――」


『第五世代(フロイデ)の成功作にして――結晶人初の失敗作!』


 と、人間の野郎共と女郎共は大声を揃えて大歓喜だ。


「こんなところに失敗作がおったらいい笑い者だ」


「ほんとほんと、ないない。名前も知らない、顔も知らない、まさに大英雄と同じ伝説級」


 この瞬間こそがおれのセカイを少し狭くする。おれがこの酒場に通い続けるのも今日で最後……また酒場探し、酒場は歓喜だねぇ。酔いを醒ますには酒場が一番だねぇ。

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