百鬼夜行の魂

「この話は、おれが夜中にひとりで歩いていた時の話になる」


 と何の変哲もない酒場にいるおれは、隣の席に座っている男たちに言う。哀しいことにおれの両隣には花もなければ、一緒に飲んでくれる仲間も今はいない。だから今日は、今日だけ一緒に飲んでくれるという薄っぺらな友情の下で、結晶人でもない不細工な人間の男たちに噂話を披露してやるのだ。


「いつものように警備をサボって暗い通りを歩いていると、どこからともなく聞こえてきたんだ――『生きていても仕方ない。殺しはしない。痛い。我慢しろ』と。おれは気になってその声の出どころを探ってみたんだ。そしたら、あれが……」


『なんだ?』と男たちは興味を持ってくれたのか声を揃えて訊いてくる。


「月華に照らされた時だ、おれの十数メートル先にいたのは――鮮血を両手に塗りたくった、ヒトの形をした<何か>だった」


「まさか!」「あれを見たのか!」


 おれは男たちの反応を見て察した。どうやらこの言葉は順調に広まっているらしい。


「そう、帝国領土のあちこちに出ると言われる【百鬼夜行の魂アヤカシ】だったんだ」


 百鬼夜行の魂……それがどんなものかは決めてある――戦死者たちの怨念が集合したものだ。つまり、今までの話はおれの実体験だが、<百鬼夜行の魂>という言葉はおれが色付けして広めた<何か>の部分になる。残念なことに、名付けたのはおれというセンス皆無な結晶人だったわけで、子供たちにダサいと言われ、大人たちからは猿でも思いつきそうな名前だなと噂されたのを憶えている。ああ、よく憶えているから今も根に持っているんだ。


 百鬼夜行と言うから妖怪の大行列かと思う者も多いだろう、しかし実際は一つの何かだった。命名したのは紛れもなくおれであるが、仕方ないだろう、実際に見たおれの感想は『ひとりで百鬼夜行みたいな恐ろしい何かだった』、そんな感じなのだから。それと命名したもう一つの理由は、くだらない日常に少しでも面白い話を届けよう、というおれからのプレゼント。


 今年の流行語大賞はこれに決定だろう、と思っていたが大賞は発表されているので流行に遅れた言葉か未来の言葉か、今では大英雄のみぞ知る。


「それで、あんたはどうしたんだ?」


「本当に百鬼夜行の魂だったか? 顔はあったか?」


 そりゃあ、顔を確認する間もなくおれは逃げたさ。とは口が裂けても言えないので、


「ああ、あれは間違いなく人じゃない」とだけ言っておこう。


「なんてこった……堕天使やら神やらだったら大英雄がどうにかしてくれただろうに」


「時代が時代だ。戦死者の怨念が渦巻いても仕方ない。大英雄が何とかしてくれると信じよう」


 そう話す酔っ払い共におれは数回頷いて見せる。一つ言わせてほしい――大英雄の話はおれの前でするな人間、酔いが醒めてしまうだろう。


 パチン、と両手を合わせたおれは「まあ、話を戻して」と気を取り直し話し始める。「少し経ってその場所に戻ってみたが、そこには血痕も無けりゃ生物の臭いも残っていなかった。おれはどこかで悪い薬でも貰ったのかと思ったが、こちとら薬とは無縁な結晶人でね。酔っ払って幻覚を見られるんだったら、あの時のおれは酒も飲んでいない酔っ払いだったんだろうぜ」


「なんだ、あんた結晶人だったか……そりゃそうだよな、警備やら何やらの仕事関係はほとんど結晶人のやる事だよな。おれもあれだけ動けりゃなぁ」


「そうだなぁ、おれも時々仕事をやってみるんだが、体力も無いし頭も悪くてねぇ。結晶人の邪魔になっちまうから、おれは生まれた時から仕事は引退の人間よ」


 なるほどなるほど、ご立派な人間だ。やる気や生きる気力があるくらいには人間をエンジョイしているらしい。

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