第12話 ガリア戦役三年目、四年目-1
ガリア戦役三年目にはいり、前年にローマに一度は帰順した部族で、大西洋岸に
勢力を持ち海軍力のあったウェネティ族が同地区に駐屯していたローマ軍に対して
反乱を起した。
カエサルは、ティトゥス・ラビエヌスをベルガエ人やゲルマニア人へ、
プブリウス・クラッススをアクィタニア人への抑えに回し、自身はウェネティ族の
討伐に向かい、モルビアンへ到着した。海戦の経験に乏しいカエサル軍で
あったが、デキムス・ユニウス・ブルトゥスが率いるローマ艦隊がウェネティ族ら
の艦隊をモルビアン湾の海戦で撃破し、反乱を鎮圧した。
また、同時期に反乱を起したウィリドウィクスが率いるウネッリ族や
アウレルキ族、エブロウィケス族らにはクィントゥス・ティトゥリウス・
サビヌスが当り、プブリウス・クラッススが赴いたアクィタニア人の居住地区
でも、ソティアヌス族等からローマに対する攻撃が生じたが、
いずれの騒乱も平定した。
ガリア四年目に入り、ゲルマン人の中の弱小二部族が、ラインを渡って西方に
移動していた。
ゲルマン民族中で最強の部族はライン河中流地帯の東部に住むスヴェヴィ族
である。
全部族は百の共同体に分かれ、毎年、その共同体ごとに一千人の戦闘員を集めて
軍を形成する。
総勢、十万の戦力になる。
この十万が、国外侵攻要員である。
スヴェヴィ族の共同体では私有地は認められなかった。
また、一年以上同じ土地に定住することも許されなかった。
スヴェヴィ族は、戦闘に勝って他の部族を屈服させても、ローマ人のように
植民都市を建設したりして、現地に融合するやり方はとらない。
征服者と被征服者の関係は、はっきりと分かれている。
それを示す為か、自分たちの領域の周囲を荒地のままにしておくのが常だった。
その荒地こそ、自分たちの強さの証であると考えていたからである。
他部族の侵入を許さないその無人の荒地の幅は、カエサルが聞いたところでは、
900kmにもなっていたのである。
ライン以東に住むゲルマン人の中で、最強ではなかった部族が、スヴェヴィ族
よりは上流に住むウヴィ族である。
この部族はライン河に近い一帯に住んでいるために、ガリア人との交流も多く、
より文明化していた。
スヴェヴィ族はこのウヴィ族にも何度も戦闘を仕掛けたが、相手の人口の多さに
追い出すことも出来ず、年貢金をとることが精いっぱいだった。
スヴェヴィ族の侵攻がラインの下流、つまり北方に集中したのも、ウヴィ族の
征服を断念したからである。
おかげで、スヴェヴィ族の侵攻の矢面に立たされることになってしまった
ウシペティ族とテンクテリ族が、征服されて奴隷化されるのを避ける為に、
ラインを渡ってガリア側になだれこんできたのである。
総司「戦争論第一篇第二章に
[敵側の同盟国を引き離すか、あるいはこれら諸国の援助を中止させる。
他方では自国に新たな同盟国を得て、政治的な効果が自国にとって
最良になるように煽動する事などは、この目的にとって最良である。
このことが将来の成果の確実性を大いに高め、また敵の戦闘力の完全な
打倒よりもはるかに速やかに目的に到達する方策である事は明らか
である。]
とあります。今回はこれを用いましょう。
ウヴィ族とスヴェヴィ族は元々敵対していますが更にこれらを引き離し、
うまくしてゲルマン人を見方勢力に取り込りましょう」
カエサル「そうだな。わが軍勢の接近で各々の部族は使者を送ってくるだろう」
カエサル軍の接近を聞き知ったウシペティ族とテンクテリ族は、急いで使者を
カエサルの許に送ってきた。
スヴェヴィ族に追い出されたがゆえの移動だから、ライン以西の地に住むしか
ない、と告げるところまでは哀願の調子であるが、いざとなればローマ軍相手に
一戦交える気でいることは読み取れたのである。
それにカエサルは、自領も守れないゲルマン人のライン以西への移住は認めない
こと、住む地が無いというのならば、ウヴィ族を説得するから、彼らの地を
譲ってもらうとよい、と答える。
スヴェヴィ族はの専横に困惑していたウヴィ族の使節が、ちょうどその時期、
カエサルの陣営を訪れていたのである。
その日は、この提案を部族にもどって討議すると言って使節は去ったが、その後も
カエサルと使節の話し合いは二度行われたのである。
その間カエサルは、一日の行軍距離を数km/hまで落としたが、前進はやめな
かった。
ところが、このように和戦の双方ともが微妙な状態で進んでいた時、ゲルマンの
騎兵がローマの騎兵を攻撃し、不意を突かれたローマ側は七十四騎も失うという
事故が起こるのである。
カエサル「ソウジ、折角のお前の提案だったがこれでは和平は望めんな」
総司「残念ですね」
戦闘を控えていない平時でも5km/hで踏破するローマ軍の行軍速度では、ゲルマン
の二部族の宿営地に到達するのには二時間とかからない。
ゲルマン人たちは、全ての点で不意を突かれた。
ローマ軍の突然の出現である。
長老たちが不在なために、指揮をとる者も欠く状態である。
驚き慌てるだけの宿営地に、前日の味方の犠牲で怒っているローマ兵がなだれ
込んだ。
ゲルマン人の宿営地は、ローマ人の堅個な壕と柵で四辺を囲んだそれと違て、
荷物を運ぶ馬車でぐるりと周囲を囲んだ内部に天幕を張っただけのものに過ぎ
ない。
勇敢に剣をとって抵抗した者も、味方の混乱で存分に闘うことすら出来なかった。
総司「戦争論第四篇第十二章に、
[第一に、追撃を行わなければどのような勝利もたいした効果をもたら
さず、第二に、勝利への道のりが短くても、勝利の成果は何度かの
追撃をまって初めて生じるものだ。]
とあります。これを徹底しましょう。
カエサル「うむ。そのつもりだ」
武器も軍旗も投げ出しての、敗走しかない。
逃げ惑うゲルマン人の人々はライン河を目指したが、その追撃にカエサルは、
前日の恨みを最も感じている騎兵を送ったのである。
河を眼の前にして、多くのゲルマン人が殺された。
ローマ軍はわずかの負傷者を除けば、戦死者は一人も出なかった。
総司「戦争論第四篇第四章に、
[戦闘中における物理的戦闘力の損失は、敗者と勝者のあいだに大差が
生じる事はむしろまれな例である。
時にはその差が皆無なときもあり、それどころか勝者の損失の方が
大きい場合さえある。]
とあります。まさにこの事でしょう」
カエサル「相手部族総数は四十三万人だからな」
ローマ軍の戦闘員十万は確実だったが敵軍をこのように蹴散らし目的をはたした
ということならば大成功であった。
ゲルマン人とのこの闘いを終えて陣営地に引き上げたカエサルは、拘留されていた
長老たちを釈放を命じた。
だが、自分たちの部族の運命を知った彼らは、ここで釈放されてもそれまで略奪の
対象にしてきた周辺のガリア人に報復されるのを怖れて、カエサルの許に置いて
くれるよう願った。
カエサルは、彼らの自由にすることを許した。
そして、休む間もなく、ライン渡河の計画の実施に移る。
ローマ軍にとってはもちろんのこと、ローマ人としても初めてのことであった。
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