第11話 ガリア戦役二年目

紀元前58年から前57年にかけての冬営期を、南仏と北伊の両属州の統治に専念して

いたカエサルの許に、ベルギー人の不穏な動きを伝える報告がもたらされる頻度

が増している。

それは、ブザンソンで冬営中の副将ラビエヌスからの報告で確認された。

カエサルは、二個軍団の新たな編成を決めた。

新編成される軍団の兵は、カエサル管轄下の北伊の属州で徴兵される。

カエサル配下の軍団は八個軍団になったことになる。

ガリア戦役での現地参加兵は、ヘドゥイ族をはじめとするガリア内でのローマ派

の部族である。

カエサル軍の総数は五万七千、ベルギー人の戦闘員の総数は、四十万の大戦力

であった。


カエサル「今回は新編成する二個軍団の編成完了をする前に一日も早くアルプス

     を越えようと思う」


総司「お父様の考えを尊重しますが、新編成される軍団はどうされますか」


カエサル「ペディウスに一任する」


ブザンソンにの冬営地に到着したカエサルは副将のラビエヌスに現地情報の収集を

する。

ラビエヌスによれば、ベルギー人が動き出した理由はまず、ガリア中部がローマの

覇権下に入った以上、ローマ軍の次の標的はガリア北東部の自分たちの領土だと

思ったことと、ゲルマン人の侵入を許さなかったのだから、ローマ人の侵入も許さ

ないという考えでありあと、この地方にローマの力が及べば、強い部族が弱い部族

を攻め従属させるというやり方も通用しなくなると恐れた事である。

この考えでベルギー人は団結し、スエシオネス族の長ガルバを総大将にして、

ガリア中部に侵入して、ローマに先制攻撃をかけようと策をめぐらせていた。


総司「孫子第二篇の二に

   [食糧は敵地のものに依存する。だから、兵糧は十分なのである。]

    とあります。今回はそれでいきましょう」


カエサル「よしそれでいこう」


カエサルは基地を捨て十五日間の強行軍で、ベルギー人領土との境界に達した。

これほど早い到着は誰も予想していなかったので、たちまち動揺したのが、

境界に最も近くに住んでいたレミ族である。

カエサルはレミ族に兵糧補給を要求したのである。

スエシオネス族をは友朋関係にあるレミ族の離反はカエサルにとってはありが

たく、人質として送られてきた部族の有力者たちの息子もローマに留学に出し

たり等厚遇した為、レミ族は以後、カエサルの同盟者になる。

レミ族から、より正確な情報を受けることもできたのであるが、それによれば、

レミ族が居なくなってもベルギー人の戦闘員は三十万であり、ライン以東に住む

ゲルマン人も、共闘を約束したという話である。


カエサル「先手を打つ」


総司「はい」


カエサルは、攻めて来られるのを待たず、全軍を率いて、ノビオドゥムのすぐ北を

流れるエーヌ川を越えたのである。


カエサル「うむ。陣営地は、地勢上の有利をもつ。背後には川が流れて、敵の攻撃に

     対して背後を守ると同時に、レミ族やその他の味方からの兵糧補給も、

     危険なく受けられる。

     川には橋がかかっていたから、橋を渡った対岸を要塞化して、幕僚の

     サビヌスに六個大隊を与えて、警備にに当たらせた。

     それと、陣営地の前方の低地には、左右に、3.5mの高さの防柵を築いて、

     幅5.4mの壕を掘らせる」


総司「これで後の作戦が立てやすくなります。ベルギー人は火計を使うでしょう。

   そしてレミ族は我々に救援を求めめすね」


また丁度良い具合に、川とは反対側の陣営地の前面に広がる平野の中ほどには広々

とした湿地帯もあり、この方面でも敵の勢いを削ぐことができそうだった。

ベルギー人は全軍で押し寄せ防柵上の防衛兵に向かって一斉に石を投げ、防衛兵が

ひるんだところを、門に火をつけ、柵を乗り越える策にでていたのである。

レミ族の町の攻撃にも、この戦法が使われたため、レミ族からカエサルに、応援の

急使が送られてきたのである。

ただちにカエサルは、ヌミディアとクレタの弓兵とマジョルカ諸島の投石兵を

派遣した。

レミ族の町の攻撃をあきらめたベルギー軍は、カエサルの陣営地を目指して南下

してきた。


カエサル「お前の予測通りだなソウジ」


総司「ここまではそうですね」


ベルギー軍は平原を埋めて陣を張った。

そこに先ほど襲っていたレミ族の町の軍勢が事前の作戦通り襲い掛かった。

これを見てカエサルはベルギー軍に襲い掛かり挟撃の形となったのである。

カエサル側は既に築かせてあった陣営地の左右の延長を成す防柵と壕が戦場の拡大

を防いでいる。

カエサルは新編成の二個軍団を、予備と陣営地の守りを兼ねて陣営地に残して、

六個軍団三万六千を一気に戦場に繰り出したのである。

一度カエサル軍に背を向けレミ族軍を迎え撃てば背後から強大なカエサル軍が

襲って来るため、ベルギー軍は正面のカエサル軍を攻撃するしかないが、正面攻撃

をあきらめたベルギー軍は、左右に分かれて川を目指し始める。


総司「敵は川を渡って我々の背後に回るつもりです。

   孫子九篇の一に

    [敵が川を渡って攻めてきたときには、それを川の中で迎え撃つことを

     しないで、その半分を渡らせてしまってから撃つのが有利である。]

   とあります。それに則って攻撃を加えましょう」


カエサル「うむ」


二手に分かれたベルギー軍は半分程が川を渡ったところでカエサル軍は猛攻撃

を加えた。

川を背に包囲網を敷かれたベルギー軍は後退や陣形再編の余地もなくカエサル軍に

徹底攻撃された。

この戦法は見事に決まりベルギー軍は兵の多くを失い勝敗の帰趨は決した。

ベルギー軍は降伏の申し出をしカエサルはこれを受けるのである。

カエサルはとって返してベルギー人中最強と言われるベロヴァチ族の領地に、

休む間もなく軍を向けた。

目的地から7.5kmの地点まで進軍したところで、ベロヴァチ族の長老全員が、

元々ベロヴァチ族はローマに刃向う考えは無かったと釈明した。

ベロヴァチ族はヘドゥイ族と友好関係にあったのだが、ローマの同盟者になった

ヘドゥイ族の生き方に反発した者にそそのかされ、反ローマ側にたったのだと。

それでベルギー人の連合軍に加わったのだが、カエサルに敗れ、それでもまだ

ローマの覇権下で生きるのを良しとしない強硬派の人々はブリタニア[現在の

イギリス]に逃げて行ったことなどを述べたのである。


カエサル「俺は、先を急ぎたいガリア東北部では最強といわれるネルヴィ族が

     いる。これを何とかしたいからな」


総司「それなら孫子十一篇の二に

   [上下の物が互いに助け合わないようにさせ、兵士たちが離散して

    集合せず]とあります。今回はこれを採用して離間の計を用いましょう」


総司の策略により、ネルヴィ族に対して行った策であるが、レミ族はもとより

ベロヴァチ族とも講和を成立させたことによりヌエシオネス族は不信感を抱き、

ヌエシオネス族はカエサル軍に対して一時休戦した。

そして何よりネルヴィ族とヌエシオネス族は互いに助け合わせなかったのである。

カエサル率いるローマ軍は、今度は北東に向きを変えベルギー領内に入る。


総司「ここはベルギー領内であり地理的によく状況が確認出来ません。

   孫子七篇の二にも

    [地形が分からないのでは、軍隊を進めることは出来ず、その土地に

     詳しい案内役を使えないのでは、地形の利益を収めることは出来ない]

   とあります。ここはレミ族の案内役を頼りましょう」


カエサル「それは任せる」


レミ族の提供した情報によればネルヴィ族の戦闘員だけで七万五千を数える敵が、

そのどこかで待ち構えているというのである。

八個軍団の内六個軍団は、通常の行軍ならば背負う40kg近い荷のほとんどを

輸送車に乗せることで身軽にし、軍団だけで先行させる。

目的地に到着した六個軍団がまずやらなければならないことは、陣営地の設営で

あった。

そのうち、輸送車隊も到着し始める。

敵には内通者がおり輸送車隊が姿を現すのが攻撃開始の合図になっていたので、

彼らは一斉に隠れていた場所から姿を現した。

七万を超える兵が、怒涛の勢いで川を目指したのである。

川近くの草原にいたカエサル軍の騎兵たちは、蹴散らされる。

敵の大波は、ローマ兵に向かって押し寄せてきた。

その勢いは驚く程早く、設営作業中のローマ兵の前も右も、またたくまに敵で

埋め尽くされたのであった。

カエサルは最前線にまで侵攻していた第十軍団に追いつく。

兵士たちを励ました後には、もはや敵兵とは投げ槍の距離に接近している

第十軍団に、戦闘開始を命じたのである。

最前線で闘う兵士同様、カエサルも最前線に留まりつづけた。

第十軍団を励ました後に、その隣で闘う第九軍団に駆けつける。

一人一人が、剣を取った場所に留まり、眼に入った隊旗が自分の隊のものでなく

ても、その周囲に参集して闘った。

戦況はローマ側に有利に展開し始める。

これがはっきりしたのは、輸送車隊の後衛を兼ねて行軍の護衛を務めていた

二個軍団が姿を現したのと、いち早く攻め込んで敵の陣営地を陥とすのに成功

していた副将ラビエヌスが、手の空いた第十軍団を支援に送ってきたからだった。

ネルヴィ族も、ベルギー人中最も勇猛であるとの名に恥じない闘いぶりだった。

しかし、突撃力ではすさまじい力を発揮するガリア人だが、耐久力ではローマ兵

が優る。

後半戦に入ってからのローマ軍の強さは比類ない。

激闘は、他の部族は逃げても彼らだけは戦場に留まって闘い続けた。

ネルヴィ族の男たちの屍の山を築いて闘いは終わったのである。


カエサル「前もって敵を離間させておいたのが功を奏したな」


総司「うまく行きました。なんとかなりましたね」


湿地帯に避難していたネルヴィ族の老人と女と子供たちは、使節をカエサルの

許に送って降伏を申し入れた。

カエサルは彼らに、人質提供の条件もつけずに講和を認め、彼らの地に帰って

住む権利も認めたのである。

ガリア北東部一帯の制覇を終えたカエサルの許に、一個軍団を与えて大西洋岸の

ガリア地方に派遣していた若きクラッススから、ヴェネティ族以下七部族の恭順

の獲得に成功したとの知らせが入った。

これらの七部族は、人質を提供して、ローマの覇権を認めると誓ったのである。

これで、全ガリアは、平和になった。

その年の軍団の冬営地を、カエサルはカルヌティ族やトゥロニ族の住む、ガリア

中西部に定める。最前線で冬営する兵士たちの冬中の兵糧の手配も見定めて

カエサルは南に発ったのである。

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