第10話 ガリア戦役一年目-3

現在ゲルマン民族はライン河を渡ってきて十二万人に達している。

既に現状でも、ライン以西に侵入したゲルマン人の頭目アリオヴィストゥスの力は

強大で、近隣のガリア部族を抑圧し、ガリア民族中最大のヘドゥイ族でさえ人質を

強要され、年貢金を払わされている始末である。

ガリア人にとってのゲルマン問題を複雑にしているのは、同じガリア民族ながら

ヘドゥイ族とは勢力を争う仲のオーヴェルニュ族が、ガリア東部に住むセクアニ族

を通じて、ゲルマン人をガリアに呼び寄せるのに一役買っていることである。

アリオヴストゥスの言い分は、既にローマの属州になっている南部以外のガリア

にはカエサルたりとも手を出すな、と言うことに尽きるのである。

アリオヴストゥスに従っていたゲルマン騎兵がカエサル側の騎兵に接近し石を投げ

はじめたために、情勢は一挙に危険と化す。

両軍は戦いに向け互いに接近した。

しかし、自領内で闘うアリオヴストゥスは戦闘を急がなかった。

まず騎兵力を駆使しての、カエサル軍の兵糧補給路を断つ作戦から始める。


カエサル「これに我々は乗ってはならない。敵陣の近くに陣営地を建設し会戦を

     挑む」


総司「さしあたりそれくらいでしょうね」


ところが敵は、近くまで迫られても陣営地から出てこない。

カエサルは第二の陣営地を建設することで、更なる挑戦を続ける。

それでも敵は、少しは兵力を出して応戦の構えは見せはしても、全軍を戦場に

出すことまではしなかったのである。


総司「敵はどうして全軍で応戦しないんでしょうかね」


カエサル「うーむ、捕虜を尋問してみよう」


捕虜の尋問によるとゲルマン民族には、母親になったことのある女にくじを引かせ

たりして、戦機か否かを占わせる習慣があるというのだ。

それによれば月のない新月の期間に戦いに訴えた場合は、ゲルマン人に勝利は恵ま

れないと出たというのである。

カエサルは総司と相談しこれを利用する。決戦は、翌朝と決まった。

ゲルマン側は十二万人と圧倒的多数であった。

ゲルマン民族の戦闘のやり方は、ローマ人と違い、女子供も戦場に連れて行くのが

常であった。

カエサルの断固とした挑戦に応じざるを得なくなったアリオヴストゥスも女子供を

乗せた馬車を連ね、それで味方の背後を断つ、背水の陣を布いた。


カエサル「どうだ今回はソウジ」


総司「やってみないと結果はわかりませんが、今回はお父様だけの指揮に

   かかっているわけではありません」


カエサルのとった陣形は、なぜか余裕がうかがえる。

まず第一に、六個軍団のそれぞれに、軍団長を配置した。

指揮はカエサルがとるのだから、その為の指揮官ではない。

各兵士の健闘ぶりをチェックする役ともしてである。

これで兵士たちは、奮闘すれば必ずカエサルの眼に止まるという、確信をもって

戦場に出て行くことになったのである。

ガリア戦役の第二戦になるこの戦闘で、カエサルと総司は敵情は正確に把握して

戦術を駆使している。


総司「敵右翼が弱体化しています。こちらに先制攻撃を行うべきでしょう」


カエサル「うむ。わかっている」


もともとが弱体の上に先制攻撃をかけられては、投げ槍を投げる暇もなく崩れる

と見たからである。

また、ゲルマン人にはガリア人と似て、緒戦の突撃力は強烈でも、戦闘が進むに

つれて力が衰えるという欠陥があった。

これを突くのもカエサルと総司は忘れていない。

カエサルが臨機応変の戦術を使えるのも、ローマ軍の構成が中隊、大隊、軍団の

順にまとまり、戦術が変更されてもそれに応じて各隊が独自に動けるように

なっているからである。

このローマ軍の伝統を、カエサルは少しも変えていない。

ただ、より効率的に活用しただけである。

なにしろゲルマン人も、ガリア人同様にギリシア式の大型密集隊形で闘うのを

常としていたのである。

これでは、前方攻撃には強くても横からが弱い。

その上、ゲルマン騎兵一人一人は強力でも、ゲルマン人の指揮官は、騎兵団

としてまとまったときの機動力を活用することを知らなかったのである。

それでも、数の差が戦局に大きく影響してきた。

二倍以上の敵に攻められて劣勢に陥っていたのである。

その時だった。

ローマ軍の騎兵隊の別動隊が駆けつけたのである。

そして戦局は一変した。

ローマ軍主力が騎兵団ということを隠すためと敵の布陣を半包囲網にさせて

第二軍が到着すれば不利な布陣になるように、別動隊の騎馬をほとんど森林の

中に隠して敵情報網の探索をあえてさせてローマ軍が歩兵部隊と思わせて時間

的誤差を生ませ、遠近の計を使い、主力部隊[軍団]と同数の第二軍の副将

ラビエヌス軍を主力部隊の戦闘に間に合うよう急行させたのである。


総司「ふーっぅ、何とか間に合ってくれたかあ。これでなんとか

   孫子第七篇の一

   [遠近の計-遠い道を近道に転ずるはかりごと-]

    は一応成功の様です」


カエサル「お前の事だ信頼はしていたよ」


総司「いやー、私も綿密に計算したつもりですがぎりぎりでした。

   それにそれもこれもお父様の今までの本体の戦術とラビエヌス副将の

   洞察力があったから全部うまくいったんですよ」


カエサル「お前の策略もだ、ソウジ」


そして追い打ちをかけるように、若きクラッススの機転があった。

三頭の一頭のクラッススの長男であるこの青年将校は、残る騎兵団の指揮を

まかされていたのだが、味方の勢いにのってというのもあるが、第三軍列の

兵士たちが活用されていないのに気付き、彼らを率いて右翼の支援に駆け付

けたのである。

これが決定打となった。


総司「勝敗の帰趨(きすう)は決しましたね」


カエサル「本当にみんなよくやってくれた。しかしまだおわっていない」


ゲルマン人は、戦場から7.5km離れたライン河を目指して敗走した。

それを、カエサル自ら先頭に立った、ローマ騎兵団が追う。

騎兵の後を、隊列を乱さずに進む歩兵軍団が続いた。

筏や小舟を見つけて、それで河を渡れた者は少なかった。

アリオヴストゥスの二人の妻と娘の一人は殺され、もう一人の娘は捕虜になった。

総司自身が手を下したわけではないが、総司は女子供まで手をかけることに何とも

胸が痛い思いを味わったのである。

彼らに捕らわれていたガリア人は、全員が自由を回復したのである。

この戦闘の結果が知れ渡るや、ライン渡河を目指して河近くに集結中だった

スヴェヴィ族は、ガリアへの移住をあきらめて自分たちの土地にもどって行った。

アリオヴストゥスはラインの東に逃げはしたが、一年後に死んだのであった。

ガリア戦役の初年を二つの戦勝で飾ったカエサルは、九月半ばという冬営には

早い季節だったが、全軍に冬営という形での長い休息を与えることにした。

ローマ軍のガリアでの初冬営地は、セクアニ族の本拠地ブザンソンと決める。

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