第9話 ガリア戦役一年目-2
セクアニ族とヘドゥイ族の領土の境を流れる川にアラウ川がある。
ローヌ河に北から流れ込む支流の一つである。
流れはゆるく、筏(いかだ)でも渡れる。
カエサルが放っておいた斥候のもたらした報告によれば、その川にヘルヴェティ
族が群れていたという。
3/4程は渡ってしまったようだが、残り1/4はまだこちらの側の岸にいるという
ことである。
総司「お父様、敵の全体は大多数ですが、ここは各個撃破の好機です」
カエサル「よし、作戦の詳細を練ろう」
カエサルは、三個軍団だけを率いて、真夜中すぎに野営地を後にした。
不意を突かれ、全体を二分された状況下では、スイス人はローマ軍団の敵では
ない。
こちら側に残っていたヘルヴェティ族の多くは殺され、殺されるのを逃れた者は
逃げ去ったのである。
既に対岸に渡っていた同胞たちが手をつかねて見守るように、戦闘は終わった。
しかし、ここでもカエサルは、時間を無駄にしなかった。
ただちに橋をかけさせたのだ。
工兵に一変した軍団兵によって、橋は一日で完成したのである。
この総司から受け継いだローマ人の技術力を見て驚いたヘルヴェティ族は、
カエサルに使節を送ってきたのである。
カエサル「ソウジ、お前の土木建築技術がこんなに役に立つとはな」
総司「ローマ兵の変わり身の早さにも驚きます」
カエサルは、人質の提供とヘドゥイ族への損害賠償を条件に、講和締結を承知
する。
だが使節には、この条件が気に入らなかった。
使節は、自分たちには人質を受け取る習慣はあっても、提供する習慣はないと
言って立ち去ったのである。
交渉決裂である。
北に進路をとったヘルヴェティ族の後を、カエサルの六個軍団が追った。
追跡行は、両者の距離が8km以上離れないようにしながら、半月の間続いた。
その間、カエサルにとっては、共闘関係にあるヘドゥイ族からの兵糧提供が
とどこおりがちになるという難問が生まれた。
総司「この問題どうします」
カエサル「ヘドゥイ族は信頼がおける。これは表に出して信頼できないものは隠す
というやり方で行こうと思う」
総司「そういうことですか」
カエサルのやり方は見事に成功しこの問題は解決されたのである。
27km北東に、ヘドゥイ族の首都ビブラクテ[現在のオータンの近く]がある。
そこで兵糧を確保するつもりのカエサルは、軍団を北東に向けた。
だがこれは、ローマ軍に参加していたガリアの一騎兵によって、敵に内通されて
しまったのである。
ヘルヴェティ族はきびすを返す。
これまでの戦機を活用しなかったローマ軍を過少評価したか、それとも兵糧補給を
断つつもりでいたのか、ローマ軍に初めて戦いを挑んできたのである。
行軍の殿(しんがり)を攻めてこられたカエサルは、ただちにそれを受けて立った。
総司「孫子第八篇の一に
[およそ戦争の原則としては、高い陸にいる敵を攻めては
ならず、丘を背にして攻めてくる敵には迎え撃ってはならず]
とあります。
ここは騎兵で迎撃している間に歩兵を丘の上へ布陣せさましょう」
カエサル「そういうことか。なら細かい指令は任せておけ」
カエサルは総司の指示通りに編成を行い更に輸送車隊は、丘の上部に隔離され、
兵士たちの邪魔にならないようにする。
兵全体は、こうしてローマ兵で埋まった。
ローマ軍が中隊、大隊、軍団の順に指揮官がそれぞれを担当する陣形であるのとは
反対に、ガリア人の陣形は、ギリシアのファランクスに似た全軍の密集隊形を
とる。
これで兵の下方から猛攻撃をかけてきた。
歩兵の主たる武器の一つである投げ槍も、兵の斜面から下方に向けて投げるのに
加え、敵が大型密集隊形で攻めてくる為、的中率は見事なくらいに高かった。
大密集型も、この為各所で崩れる。
その崩れた部分を狙って、ローマの第一軍列全員が抜刀姿でなだれこんだ。
これでは、三万のカエサル軍に対してその三倍は優にいたヘルヴェティ族の兵も
はじめに後退、次いでは退却するしかなくなる。
ヘルヴェティ族は第一波の攻撃が失敗するや一旦後退すると見せかけ、次の布陣を
用意していた。
数で丘を包囲して兵糧攻めをしてきたのである。
総司「見たところ敵は5つの部隊に分かれています。
孫子第六篇の四に
[こちらは集中して一団になり敵は分散して十隊になるというのであれば、
その結果はこちらの十人で敵の一人を攻めることになる。]
とあります。一隊当たりはこちらの方が数の上では多数です。
これは各個撃破の好機です」
カエサル「そうだな一隊撃滅するたびに歩兵を別の丘の上へ移そう」
総司「それを数回繰り返すうちにこちらの方が数で有利になり敵も撤退する
でしょう」
カエサル「よしそれでいこう」
丘の上のローマ軍に対し三倍の兵士数のヘルヴェティ族は五部隊に分かれて
丘を包囲していたが、ローマ軍は一隊分は少数になったヘルヴェティ族を
各個撃破して、別の丘に移り登った。
そしてヘルヴェティ族軍はまた同じ様に包囲するが、数回これを繰り返すうち敵は
この狙いに気づいたのである。
ローマ軍より少数になったヘルヴェティ族は後になって兵力を集中させて丘の上
目掛けて襲ってきた。
ガリア人も奮闘し、午前1時からはじまった全戦闘を通じて背を見せた者は、
日没までは一人もいなかった。
生き残ったガリア人はその夜のうちに北東目指して敗走したのである。
カエサル「ソウジ、お前の策略が見事に決まったな」
総司「お父様の煮詰めた全軍の指揮が絶妙だったからですよ。
それに運も良かった」
カエサルはガリア人をただちに追うことは出来なかった。
負傷者の手当と戦死者の埋葬で、三日足止めされたのである。
四日目には全軍で追跡行を再開する。
先のビブラクテの戦闘で、ヘルヴェティ族は再起不能な痛手を負っている。
生き延びた者たちが逃げ込もうとしている先のリンゴネス族に、カエサルは
一早く、逃亡者を助けた者は逃亡者同様にローマの敵と見なす、と伝える使者を
送っていた。
総司はここまで徹底する者なのかとも思ったが、これが古代西洋の司令官であり
政治家であり戦略家であるカエサルだということを改めて思い知らされた。
三日の休息を終えたローマ軍が追跡行を再開したときには、ヘルヴェティ族は、
南にも行けず西にも行けず、北東にさえ逃げ込む先も無く、食糧さえ与えてくれる
者もいない状態になっていたのである。
彼らには、カエサルに許しを乞うことしか残されていなかった。
人質と武器を差し出す形で、講和は成ったのである。
カエサルは彼らに、一旦は捨ててきた土地に再びもどるよう命じた。
カエサル「俺は彼らの家も畑地も焼き払ってしまおうと思う。何故かわかるか」
総司「ヘルヴェティ族の土地を無人の地のまま放置しておけば、ゲルマン人が
ラインを渡ってきて住み着く危険があるからですね」
カエサル「その通りだ」
カエサルは南仏属州に住むガリア人に、当面の食糧援助を命じた。
それで食べつないでいる間に、焼き払った町や村を建て直すのである。
三十六万八千人で移動を始めた人々のうち、もとの土地に戻ったのは十一万人
たっだ。
とは言え、これでスイス人も、スイスに住み続けることになったのである。
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