第8話 ガリア戦役一年目-1

ローマではカエサルのガリア方面の遠征の祝宴会が質素に行われていた。

祝宴会も終わり各々家族にしばらくの別れを告げる。

カエサル一家ももちろんそのうちであった。


総司「じゃあ行ってくるねユリア。5年は戻れない予定だけどごめん」


ユリア「いいですわソウジ。軍人として立派な門出ですもの」


二人は口づけをし再開の日を夢見た。

この頃のローマではキスは忠誠の証ということもあり男が上なので

ユリアが浮気をせず謹慎な貞節を保って総司を待つという意味合いが濃い。


ユリア「お父様もどうかご武運を。ソウジを頼みましたわ」


カエサル「ありがとうユリア。短い新婚生活に二人をしばらく会えなくなる

     時期を作ってすまん」


ユリア「気にしないでくださいお父様。しばらくソウジとお父様に会えない

    だけですもの」


カルプルニア「お早いお帰りをおまちしております」


カエサル「ああ、カルプルニア、出征途中で出来たら帰ってくる。

     ではお母さま行って参ります。カルプルニアも」


アウレリア「武運を祈ってるよ」


カルプルニア「ご武運お祈り致しております」


数騎の騎兵で北へ向かったカエサルの騎兵は、総司の他にカエサル自らが副将に

と望んだラビエヌスと、誰かに託して子弟に武者修行をさせるローマの良家の

慣習からカエサルに託された若者たちである。

その中には三頭政治の一頭でもあるクラッススの長男も加わっていたし、

カエサルとは縁戚関係にあるデキウス・ブルータスも、カエサルには甥にあたる

クイントゥス・ペディウスもいた。

いずれも、20代の若さでも貴族の子弟であることでも共通していた。

貴族出身者は、はじめから将官待遇である。

といって、武者修行をはじめたばかりのこととて全幅の信用を置く事は出来ない

ので、カエサルは、平民出身のラビエヌスを、将官たちの首席の地位に就けた

のである。

カエサルと同年輩のラビエヌスとは、カエサルが政治活動を開始した5年前の

紀元前63年に、二人三脚の感じで活躍した、元老院派から見れば面倒ばかり起こ

してくれた仲でもある。

その年のラビエヌスは、護民官であったからだった。

総司は参謀としてカエサル直属の部隊で直接具申するという地位であった。

紀元前58年の春早くに任地入りしたカエサルは、彼の管轄下にある四個軍団に

緊急招集をかけた。

カエサル一家は家族にしばらくの別れを告げ四個軍団を整列させたのである。

第七、第八、第九、第十軍団である。

騎兵4千騎、重装歩兵2万人、総勢2万4千の軍団であった。


カエサル「どうだ総司、お前の注文通りの数は揃えたぞ」


総司「はい、お父様。初めてこれだけの軍勢をこうしてみると圧倒されそうになり

   ますね。しかし本当は予測される敵より圧倒的多数の兵がいたほうがいいの

   ですが」


カエサル「なあに、俺にないものをお前が持っているのと同じく、お前にないもの

     も俺にはある」


総司「せめて私が法務官であれば、もう少しお父様にご迷惑をおかけしなかったの

   ですが」


カエサル「このくらい大したことでは無い」


軍団は騒然ともなったがカエサルの一言で雄たけびに変わり以後静まり返った。


総司「お父様、孫子十三篇の三篇の四に

   [一体、将軍とは国家の助け役である。助け役が主君と親密であれば国家は

    必ず強くなるが、助け役が主君と隙があるのでは国家は必ず弱くなる。]

    とあります。

    この場合主君とはこの共和制ローマにおいては一つは執政官更には

    元老院と考えられます。

    軍の指揮つまり今回の5年予定の作戦にあたり元老院を一切黙らせなくて

    はなりません」


カエサル「そこは大丈夫だ。我々のポンペイウスとクラッススとの結びつきは強固

     だからな」


カエサルは、この時点で既に、第十一、第十二と名付けることになる二個軍団の

新編成を命じている。

軍団の新編成には元老院の許可が必要とされていたが、その為の時間的余裕が

無い。

それよりも総司の進言通り一切元老院は無視である。

カエサル軍は動いた。

アルプスを越えたのである。

そして、レマン湖からジュネーブの前を通って流れ出るローヌ河の河岸に、誰もが

待っていなかった姿を現した。

といって、彼はまだ、ガリアとローマ属州をへだてる境界は越えていない。

境界ぎりぎりに姿を現したのである。

だがこれは、ヘルヴェティ族を驚かせるに十分だった。

彼らはカエサルに使節を送り、再度ローマ属州内の通行許可を乞うた。

三月末のことだった。


カエサル「ソウジ、例の策はどう思う」


総司「今回は私にも他により良い具体策はありません。お任せします」


使節に対してカエサルは、そのときは回答を与えず、考慮するゆえ半月後に来る

ように言い渡した。

時間稼ぎのためである。

この間に彼は、中部ガリアからその南に位置するローマ属州への侵入阻止の策

として、ローヌ河南岸に28kmにわたって高さ4.8mの防柵をめぐらせ、防柵の

前方には壕も掘らせたのである。

総司は前世の学生時代の専攻の土木工学の技術を徹底してローマ兵に叩き込んで

いて、カエサルはそれを十分に応用したのである。

そして4月15日になって改めてヘルヴェティ族の施設が訪れた。


カエサル「お前の鍛えた工兵としての軍団は良く機能しているがどうだソウジ、

     お前の考えは?」


総司「見たところヘルヴェティ族の数はおおよそ三十万人と見込めます。

   この数の人が通過するのに何の支障もない保障などどこにもありません。

   断りましょう」


カエサル「うむ。俺の考えも大体そんなところだ。お前に聞くまでもなかったな」


カエサルは今度はヘルヴェティ族の使節にはっきりと、属州通過拒否を回答した

のである。

またも、ヘルヴェティ族は混乱した。

こうなっては西への一直線の道しか残されていないと覚悟した彼らは、その道筋に

に住むセクアニ族の説得を、さらにその西に住むヘドゥイ族に頼み込んだ。

ヘドゥイ族は、中部ガリアでは最も強大な部族で、ローマとも友好関係にある。

部族の有力者には、ローマ市民権さえ与えられていたのである。

ヘドゥイ族の長は、ヘルヴェティ族の窮状を察し、通過させてやるようにセクアニ

族を説得した。

説得は成功したのである。

しかしやむを得ずそこを通るしかなくなった者とやむを得ず通させるしかなく

なった者の間で起きた、ほんの小さな衝突がたちまち広がる。

混乱の波はヘドゥイ族の土地にまで広がり、ヘドゥイ族は仲介の労をとったことを

後悔したが遅かった。

この間、カエサルと彼の軍団は、南にあって監視の眼を離さない。


カエサル「思った通りだな」


総司「はい。こうなる可能性の方が大きかったのです」


ヘルヴェティ族の通行からはじまった混乱は、混乱を越えて戦乱の様相を呈し

始めていた。

自領を荒らされたヘドゥイ族は、同盟関係にあることで相互防衛も約した仲の

ローマに救援を求めてくる。

それは、ガリアに最も近距離にいるローマの総督に、援軍派遣を求めてきたという

ことであった。

この場合も、属州総督は元老院に指示を仰がねばならないことになっていたが

そんなものは無視である。


総司「進みましょうお父様」


カエサル「そうだな」


紀元前58年5月、カエサルと彼の軍団は、南仏属州の境界を越えてガリアに

入った。

入ってすぐのルグドゥヌムで、ヘドゥイ族の代表と会う。

ガリア戦線は、ローマとヘドゥイ族の共闘で行われることになったのである。

しかし、ガリア人との共闘関係は、カエサルにしてなお、寸時も気の許せない

信頼関係でしかなかったのである。

だが、敵への不信だけで出来る戦争とは違って、政治は、敵でさえも信頼しない

ことにはできないのである。


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