第5話 三頭政治

ポンペイウスはカエサルに対して好意こそ抱いていたが嫌悪はしていなかった。

7年前の海賊一掃作戦の際、またそれにすぐ続いた東方遠征に際しても、

ポンペイウスに大権をゆだねるのに反対であった元老院の中で、キケロと共に

賛成した一人がカエサルだった。

カエサルと総司が話していた。


カエサル「今回の様なことがあって、強力な見方がほしい。俺はポンペイウスを

     見方に取り込もうと思う」


総司「そうですね。ポンペイウスのキャリアと人気は絶大なものです。

   これを取り込めば、お父様に絶大な味方となります」


カエサル「既に手は打ってある」


総司「今回も勉強させて頂きます」


密かな協約が二人の間で結ばれていた。

ポンペイウスが旧部下たちに動員をかけ、彼らの票でカエサルの当選を助ける

代わりに、執政官となったカエサルは、ポンペイウスの旧部下たちへの農地給付と

ポンペイウスが組織したオリエントの再編成案の承認を実現させる。

という協約である。

カエサルの当選は確実になったのである。

しかし、二者連合では、ポンペイウスとカエサルの力関係が釣り合わない。

ポンペイウスの方が断じて強いのである。

ここがカエサルの悩みの種であった。

総司は習得している学問の内、有名な三頭政治と言う事を思い出し、ここで

三頭政治は始めるのだなと言う事を強く思った。


総司「お父様、それならいっそクラッススを仲間に入れ、三者で独占政治態勢

   を敷くのが宜しいかと思います」


カエサル「クラッススか、彼は俺の借金の膨大な債権者だからな、俺を見捨てる

     ことは出来ないだろう」


総司「それにお父様をその不良債権から見捨てることができずに、お父様

   を助け続けなければならないことで、クラッススは自分とポンペイウスの

   間の不平等な関係の、均衡を計るはずです」


カエサル「なるほど、お前政略の才もなかなかあるな」


総司「前世でカエサル、ポンペイウス、クラッススの三頭政治と言えば、教育機関

   でも主体で行うほど有名な事です。そこから現状を考えて見ただけです」


カエサル「ポンペイウスとクラッススの仲はかなり悪いが、クラッススは経済界

     の代表人であるし、ポンペイウスとて、自分が制覇した東方の統治が

     順調にいくか否かは、経済界の協力いかんにかかっているという現実

     くらい知っているだろう。

     クラッススの方も、ここで協力することは、自分が代表する

     騎士階級[経済界]の市場の拡大になることくらいわかるだろう」


紀元前60年の春頃こうして、有名な三頭政治は成立したのである。

40才を迎えたばかりのカエサルは、圧倒的多数で執政官に当選したのである。

しかし、カエサルの当選が決まった後も、元老院は、半年程もの間三頭政治の

存在を知らなかった。

ローマ人が慣れ親しんできた政体とは、まったく別物であったためこの三頭政治は

秘密に保つ必要があった。

カエサルと総司は話す。


カエサル「昔なら、ローマとその近郊からローマ市民、つまり有権者がローマに

     集まって開かれる市民集会で、執政官以下公職が選挙によって決まる

     も、意味があると同時に現実的でもあった」


総司「でも領土がイタリア半島を占めるまでに広がり、そこに住む自由民全てが

   ローマ市民権を持つようになった、紀元前90年前後から市民集会での選挙も

   意味が薄くなって、非現実的に変わってきたと言う事ですね」


カエサル「ああ、しかもその後もローマ市民の住む地域は広がる一方だ。

     地中海全域に散ったローマ市民の数も、増大の一方になる。

     それらのうちどれだけが、年に一度の執政官選挙、またこれも年に

     一度の護民官選挙のたびに、首都ローマにまで来れると思うか」


総司「それで今回の執政官選挙は、ポンペイウスの旧部下の息のかかったものを

   主体に選挙させるというやりかたで、彼らの比重が重かったわけですね」


カエサル「現在のローマの現状は、首都とせいぜいその近くに住むローマ

     市民権所有者だけが、市民権を行使出来るようになっているからな」


これらに長く続いたシステムには必ず生まれる、当事者たちの才能と力量の

衰退が加わる。

表面的には堅個きわまりないシステムに見える元老院体制も、実際は堅個

どころではなく、反体制が攻撃を集中するには値しないとカエサルは見抜いた

のである。

スッラの改革の目的も、この元老院体制の強化にあったのだから。

これが現実では、反体制勢力の先頭に立って体制を攻撃するよりは、

新システムの樹立を心掛けたほうが意味がある。

三頭政治は秘密である。

情報通を自認していたキケロでさえ、まったくきづかなかった。

それどころか、カエサルのポーカー・フェイスに欺かれる始末。

カエサルの執政官最高位当選に警戒心をいだいた元老院派だったが、この派の

スポークスマンのキケロに、カエサルは早くも手を打つ。

腹心のバルブスに、キケロを訪問させたのである。

これにキケロは親友のアッティクスに手紙で次の様に書く。


キケロ「バルブスが来て言うには、カエサルは、この私からの協力をあてに

    しているという。

    カエサルはバルブスに、こうも言ったというのだ。

    自分は何しろキケロとポンペイウスの判断に従うつもりでいるし、

    ポンペイウスとクラッススの関係改善にも努力するつもりだ、と。

    そうなれば、我ら元老院派はポンペイウスと良好な関係を持てること

    になり、カエサルとさえも、良好な関係樹立も夢でなくなるという

    わけだ。

    こうなれば仇敵同士は仲直りし、民衆もおとなしくなり、私の老後

    も平穏というわけなのだが」


カエサルと総司は話している。


総司「あの手紙からしてキケロ先生はポンペイウスも飼い慣らせたのだから、

   お父様もむしろもっと簡単に飼いならせると思うでしょうね」


カエサル「お前は重々承知の通りキケロはお人よしだ。あれならば頭脳は

     明晰でも騙しやすい。

     ところでソウジ、お前、今より以前の兵法と未来の兵法を

     習得していると言っていたな。

     どういうものなんだ」


総司「先ずは孫氏の兵法ですね。これは今の時代から数百年程前、東洋の今

   漢という国の場所で、漢が興る以前に春秋戦国時代という時代が

   ありましたがその頃に、孫武という兵法家が考案し著述して、未来に

   残った兵法ですね。その一節には兵は詭道なりというのがあり

   基本はこれに基づいていますね」


カエサル「要は戦いは騙し合いということか」


総司「はいそういうことです。これに対し隣国の僕の前世の国では今から

   そうですね700年程後に孫子の兵法に対抗する兵法が確立されます。

   大江 広元(おおえ の ひろもと)という人が構築し書いた、

   闘戦経(とうせんきょう)という兵法です。

   これは諸般の理由によってあまり知られていませんが戦いというのは

   堂々とするものであって、例えば狐が犬を刈れない、犬が狐を刈るので

   あってこれが一つ根底にありますね」


カエサル「それももっともな理屈だ。お前の前世の国はなんというか良く

     言えば正々堂々とした国なのだな。お前を見ていると何となく

     わからんでもないが、あとは」


総司「今から数百年後に、今のガリア地方等に、ゲルマン民族が大移動して

   きます。そしてそれから複数の国家を形成するのですが、その一つに

   今から2000年近く後の、今のガリア地方の一部のプロイセン、後に

   周辺を束ねてドイツという国になるのですがそこのカール・フォン・

   クラウゼヴィッツと言う人の兵法です。戦争論というもので有名です。

   あとは今から1500年程後のこの国のニッコロ・マキャヴェリという

   人が書いた君主論ですね。この人は主に政治思想家です。

   この孫子、マキャヴェリ、クラウゼヴィッツが世界三大兵家と

   言われる人達です。更にクラウゼヴィッツに敵対したアントアーヌ・

   アンリ・ジョミニという人が書いた、戦争概論ですね。その他諸々

   ありますが、主に今言った兵法が僕のメインです」


カエサル「そうかそれほど兵法は戦争に効果あるのか、それならお前の知識を

     この時代に残したらどうだ」


総司「やはりそこまで歴史に干渉しない方がいいでしょう」


カエサル「そうか。まあしかし存分にお前の才能と知識を俺に貸してもらうぞ」


その夜遅くまで二人は話し続けるのである。

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