第3話 疾風たる光陰

この時期のローマは、スッラの改革により、会計検査官を務めあげた後は、

自動的に元老院入りをするのである。

 ※スッラ・ルキウス・コルネリウス・スッラ・フェリクス

  出生紀元前138年、死没紀元前78年、生地ローマ、

  共和政ローマ期の軍人・政治家。

  閥族派の指導者として、民衆派の指導者ガイウス・マリウスと激しい抗争を

  繰り広げ、マリウスの死後、ガイウス・セルウィリウス・ゲミヌス以来

  120年ぶりとなる独裁官に就任した。

  晩年は内臓器官の疾患により蛆(うじ)が体に住み着く奇病を煩って

  急速に衰弱してしまい、程なく病死する。

 ※元老院・王政ローマにおける王の助言機関、また、後の共和政ローマに

      おける統治機関、更に、後のローマ帝国皇帝の諮問機関を指す

      語である。


カエサルは、会計検査官をつとめた為、少し以前に元老院になっている。


カエサル「ソウジ、お前は未来がわかるらしいが本当に、ローマ一といわれる

     キケロを見限って一元老院の俺等についていいのか?

     それもこんなに小さな年で」


総司「僕はキケロ先生を見限ったわけではありません。ただ遅咲きとは聞いては

   いましたが、史実ではカエサル様が歴史を動かす事を知っていますから。

   それにこれ以上キケロ先生のそばにいる為には、養子にならなければ

   ならなかったので、こちらに参りました」


カエサルは総司の話を聞いて、納得したがそういえば、12才にもなる総司を、

正式に養子にしなければならないと、思うのである。

最近妻のコルネリアを亡くしており、娘のユリアも母を失って寂しく思っており、

同じ年の総司と兄妹になれば淋しくなくなるだろうし、それにカエサル自身も

同じ時期に、伯母のユリアを亡くしているため、家族が増えるのは歓迎である。

カエサルの伯母と妻を亡くしたユリウス家は、奴隷を除くとカエサルの

母アウレリア、カエサル、そして娘のユリアだけであった。

その中に総司が養子として、入って来てくれれば、家族が増えるのである。

カエサルは、総司にこの件を話して、総司は了解したのである。

その日の夕刻はせまり、カエサルと総司は食堂に向かった。


ユリア「ふふふ、ソウジあなた家(うち)の養子になるらしいわね。

    私達姉弟になるのね。あなた私と同じ12才でも生まれた月日が

    わからないんじゃどっちが年上かわからないわね。

    私がお姉さんしてあげるわ」


総司「いいよユリア、俺がお兄さんしてあげるよ。

   やっぱり男がしっかりしないとね」


ユリア「ふふ、そうね頼もしいわ、まあどっちでもいいわよ。

    じゃあお兄ちゃん頼むわね、ソウジ」


カエサル「早速明日にでも手続きに入ろう」


その日の夕食を済ませ、総司はカエサルの書斎(しょさい)を訪れた。

部屋にはキケロに負けず劣らずの巻物がぎっしり並んでいた。

当時のカエサルには膨大な借金があり、その理由の一つがこの巻物の山である。

この当時西洋には紙は無く、パピルス紙に筆写(ひっしゃ)した巻物である。

当然だが、高くついた。

また読書の趣味は経済的に余裕ができたからはじめる、というものではない。

カエサルの読書量は、当時の知識人ナンバー1と衆目一致していたキケロでも、

認めるところであった。

総司が読書をしていると、カエサルが部屋に入ってきた。


カエサル「ソウジ、お前はこの時代の史実の未来と、俺の史実の未来を少しと

     言っていたが知っているが、現在の情勢は知っているな」


総司「はい。この時代のこの国の史実は前にも言いましたが、ほんの少ししか

   知りません。なので現在の状況もキケロ先生から聞かされるまでは

   知りませんでしたが、今現在は読んだり聞いたりで知っています」


この時期カエサルより6つ上の、グナエウス・ポンペイウスはすでに執政官を

経験し、先にも触れたように同じく6つ上のキケロは、ヴェレス裁判で勝訴

している。

 ※執政官・古代ローマでの政務官のひとつ。 都市ローマの長であり、

      共和政ローマの形式上の元首に当たる。


カエサル「簡単に言うとガイウス・マリウスはスッラにより倒された。

     俺はそのマリウスの甥だ」


総司「これからの細かい史実はわかりませんが、しばらくカエサル様が

   信じる様に生きれば大丈夫です」


現在の天下はスッラ派のものであり、スッラ門下の俊英と自他ともに許す

ポンペイウスは、その輝かしい戦功に加え、政界でも出世街道を邁進中で、

元老院の期待を一身に負っていただけでなく、庶民の憧れの的にもなっていた

のである。

そして、このポンペイウスが、社会の各階層を超越した国民的英雄になる機会が、

この一年後に訪れる。

カエサルは総司の養子の手続きを済まし、総司はユリウス家の一員となり、

カキウス・ユリウス・ソウジとなる。

それからじきにローマに限らず、全地中海の人々の眼が、いまだ39歳でしかない

ポンペイウスに集中することになる、海賊一掃作戦がそれであった。

それから3年、ポンペイウスは任務を終えたが首都ローマには戻らず凱旋式をせず

絶対指揮権を返上しなかった。

そして市民集会に以下の事を提案するのである。

「中近東戦線の最高責任者であるルクルスを解任し、代わりにポンペイウスを

 それに選出する。

 選出された場合、ポンペイウスには、彼が現にもつ絶対指揮権を必要とする

 時期まで延長し、中近東一帯の紛争の源であるポントス王ミトリダテスの

 制圧を一任する」

この提案者もポンペイウスの代理人である護民官ガビアヌスである。

 ※護民官・平民を保護する目的で創設された古代ローマの公職である。


これには、元老院議員の大半が反対した。

一個人に権力が集中しすぎることへの危惧に加え、解任されようとしている

ルクルスは、スッラ門下の師範代と自他ともに許すスッラの改革の忠実な

遂行者である、骨の髄までの元老院なのである。

しかしキケロとカエサルはこれに対し賛成にまわったのである。

市民集会は、35ある選挙区のすべてが賛成票を投ずるという形で法案を可決する。

元老院はもはや孤立し、無力を露呈するだけであった。

その年、紀元前65年、35才のカエサルは上級按察官(じょうきゅうあんさつかん)

に選出された。

 ※上級按察官・主に公共建築の管理、ローマの祭儀の管理を行う。


2年後の紀元前63年、37才になったカエサルは空席になった

最高神祇官(さいこうじんぎかん)を狙った。

 ※最高神祇官・古代ローマの国家の神官職のひとつである。

        通常は神官団長、大神官、神官長、大神祇官長などと訳され、

        公の場で最高神祇官なる表記が使われることは希である。

        共和政ローマにおいてはすべての神官の長として神官団

        を監督した。


ローマ市民権は17才から60才の兵役義務のある男子にあり、この年晴れて17才に

なった総司にはローマ市民権が出来たのである。

そしてカエサルは総司の戦略戦術の才能を見出し、既に相談役にもしていたので

あった。


カエサル「ソウジ、確認だが成人はしたものの、お前いくつになった」


総司「17才です」


カエサル「そうだな。お前は兵役義務のあるローマ市民になったのだ。

     俺のそれなりの権限で、出兵する際は、お前を俺の客員兵士として

     俺のそばにいてもらう」


総司「お父様の御期待どおりに働けるか少々不安ではありますが、光栄です」


カエサル「なに、最初のうちは誰でもうまくいくとは限らん。俺のやり方も

     見ておいてくれ。それとソウジ、昔俺の事を遅咲きと言っていたな」


総司「ええ、前世でそう伺っていましたが本当に遅咲きなんですね。

   ポンペイウス等との差が開いてしまいましたが、その辺は気になさらず

   自分のペースでおやりになって下さい」


カエサル「言う様になったな、俺の次の目の前の標的は最高神祇官だ。

     これに関していい考えがある」


総司「ええ、勉強させてもらいます。しかしお父様、そろそろ軍事の方も

   手を付けておいた方がいいかと」


カエサル「そちらの方はお前に任せる」


スッラの改革に忠実を続けたのでは、10年前から神祇官であり彼らの内に談合の

席に連なる権利を持つ、カエサルでも不利は明らかである。

それでカエサルは、友人の護民官ラビエヌスに一つの法案を提出させた。

※護民官・紀元前494年に平民を保護する目的で創設された、古代ローマの公職である。

 プレブスのみが就くことのできる公職であって、身体不可侵権などの特権をもった。


それは、ドミティアヌス法の再提案という形をとる。

この法によれば最高神祇官の選出は、35ある選挙区中抽選で選ばれた17選挙区

の投票で決められる、となっていた。

表向きの提案者である護民官ラビエヌスは、市民集会に集まった市民たちに

向い、宗教祭事の最高責任者を元老院階級の独占から解放し、市民全体の

ものに戻すべきである、と提案理由を説明する。

市民にはもとより異議があるはずはなく、この提案は可決される。

それでもカエサルの当選は、まだ確定ではなかった。

借金だらけのカエサルは、玄関まで送ってきた母アウレリアに言った。


カエサル「最高神祇官に当選しなかったときは、自分の帰宅を待たなくていい」


なにも落選したら絶望して自殺するなどと言う様な事を言ったのではない。

ローマ最高の名誉職に大物二人を向こうにまわして立候補するという冒険を

敢えてした以上、落選でもしようものなら首都に居づらく冷却期間を置く必要

から国外脱出せざるをえなくなるから、覚悟しておいてほしいと告げたのである。

だが幸運にも37才のカエサルは、最高神祇官になって帰宅したのである。

最高神祇官に就任したとたんに、カエサルは公邸に居を移した。

公邸はフォロ・ロマーノの中央近くにあり、フォロ・ロマーノに住まいを

もてば、人も立ち寄りやすくなる。

政治家の家は、誰に対しても開かれていなければならない。

その後我が家ではカエサルの最高神祇官就任兼引っ越し祝いの祝賀会が

行われたのである。

さらにこの年はルキウス・セルギウス・カティリナ一味による国家転覆の

陰謀が発覚、この年の執政官であったキケロは熱弁を奮ってカティリナ一味を

断罪したのである。

元老院議員たちの間で互いに疑心暗鬼となり陰謀の対処に追われる中、

カエサルは陰謀に加担した者の死刑に反対、あくまでも終身の投獄を主張する

立場をとる。

これに対してマルクス・ポルキウス・カトーは処刑を徹底主張し、結局陰謀者

たちは処刑された。

カエサルは方針決定後も更に妨害を続けたが、キケロやカトーの意見を支持する

一団に打ち殺されそうになった為、すっかり腰が引けてしまい、

その年は家に引篭ったのである。

紀元前62年には陰謀のさらなる追及のため委員会が設置された。

その中でキケロは陰謀が何たるか報告を事前に受けていたという証言があったが、

彼は容疑の潔白を証明し、逆に自分を告発した人物、そして委員会のメンバーの

1人も獄につながれる事態となる。

その間に、この年、法務官に選出されていたカエサルは一貫して処罰の連座制に

反対の立場を貫く。

 ※法務官・古代ローマの政務官職の一つで、主に司法を担当した。

      特に共和制初期ではあるが軍事的な司令官の意味合いが強かった。



また、カエサルがこの陰謀に関わっていたという会議中に、彼は手紙を部下から

受け取った。

それを見たカトーは、陰謀に加担した証拠だと中身を見せろと詰め寄った。

カエサルは釈明する


カエサル「これは大したものではない」


と見せることを躊躇う様子を見せたが、カトーが執拗に要求してきたので

中身を見せると、それは愛人セルウィリア[カトーの異父姉]からの恋文

だった。


カトー「この女たらし!」


と罵倒したが、それでカエサルを追及できなくなり、議場は大爆笑となった。

これでカエサルへの疑いはかき消されたのである。

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