第2話 新たな出会い

この年、36歳のキケロは3年程前、フォロ・ロマーノを沸かせたヴェレス裁判で

勝訴し、ホルテンシウスに代わってローマ一の弁護士の名声を獲得している。

キケロの世話になってから半年が過ぎようとしていた頃、総司はもうこれは

夢などではなく、自分でも信じられないが、転生したのだと悟るに至った。

知識は曖昧だが前世の記憶があり、強かさに欠けるが柔軟な子供の頭脳を持ち、

異国の古代のラテン語をそこそこ話せる様になった総司は、古代のラテン文字も

それなりに読める様になっていた。

本来親子等なら、古代ローマでは家庭教師がつくが、キケロは正式に総司を養子

に迎えていなかったことと、総司の神秘を隠すため家庭教師をつけず、仕事の

かたわら極力自分が言葉と文字の教育を行っていた。


キケロ「どうだねソウジ、君は色々なことを秘密にしているのは分かっているが

    何か私に教えてくれないかね」


総司に興味深々のキケロはそれなりに気を使いながら改めて聞く。


総司「すみませんキケロ先生。僕の事は大したものでもないと思いますし、

   一刻も早く自立し、先生にご迷惑をおかけしない様にしなければなりません。

   僕の出生の真意等は、僕自身にもよくわかりませんし、どうぞお構いなく」


総司は、この話をするとき、まだ内心少し緊張しながらはぐらかす。


キケロ「そうかその点に関しては、君の話も信じるし、あまり詮索しないでおこう。

    でそう急がずゆっくりこの土地で生きる術を見つけてから自立すれば

    いいんだよ。

    幸い私も名声はともかく、一人くらい改めて家族にしても問題ないくらいの

    収入と地位は確保している」


総司「ありがとうございます。でもいつまでもご厄介をお掛けすることは

   できません」


キケロ「ははは。子供はもっと素直になりなさい。君の向学心を私は知っている

    つもりだよ。私は君を成人するまで、養子にして引き取るつもりだ。

    もっとゆっくり勉学して自立しなさい」


キケロは、めきめきとラテン語を習得し読書に勤[いそ]しむ総司に強い関心を

もっていた。


総司「はい。ご厚意感謝します。ただ養子の件はまだすぐに決めてもらわなくて

   結構です、先生」


総司はこのまま名声も地位もあるキケロのもとに居て、立身するのも悪くないとも

思ったが、総司自身、世界史は高校の時に習いっぱなしで、詳しく史実の

古代ローマの実情を知らず、キケロがどういう人生を歩むのか等も、

知らないくらいである。

それに総司にはある目的があったのである。


キケロ「そういえばソウジ、君は自分の生年月日は分かるのだったかな」


全くこのことを失念(しつねん)していたキケロは、初めてこの事に触れた。


総司「わかりません。本当にわからないんです」


キケロ「そうかそれなら私の知り合いで、この辺りで一流と言われるアウグル

    つまり占い師がいる。

    女性だが腕は一流だ。彼女に君の生年月日を占ってもらおう」


総司は、占い等そんなに信じておらず、出生までばれることは無いだろうと

思いキケロの意見に賛同したのである。

総司の生年月日を占う為、キケロと総司は徒歩で30分程度行ったところにある

知り合いの女性占い師アウグル(鳥卜官)の所へ、足を運んだ。


キケロ「やあ久しぶりだねイザベラ。今日は君に折り入って占って欲しい事が

    あって訪問したんだ」


アウグル(鳥卜官)占い師イザベラ「キケロ先生が私に占いなんて珍しいですね。

                 で占って欲しい事とは?」


キケロ「この子の事なんだ。カキウス・ソウジという。半年程前から家で預かって

    いるんだがどうも出生のことが自分でも良くわからないらしい。

    この子の生年月日くらいは占って欲しいいんだ」


イザベラ「わかりました。ソウジさんこちらへいらっしゃい」


総司「ここでいいですか?」


イザベラ「うん。じっとしてて」


女性占い師イザベラは総司の生年月日だけでなく、出生まで占った。


イザベラ「この子は年は10才、月まではわからない。でもなにかしら他地域の

     島の様な物が見えるわ。これ以上は私にはわかりません」


総司は一瞬冷っとしたが、占いも馬鹿には出来ないと思いながらまあこんな

ものかと内心安心した。


キケロ「10才か、見た感じ通りの年齢だな月日までは分からないか」


キケロは他地域の島とはどういう事かなとも思ったが、それ以上考える事を止めた。

それより、これ以上総司の事が外にばれるようなことがあってはいけないと思う

のであった。


キケロ「ありがとうイザベラ。確かに月日がわからないのは残念だが、年が分かった

    だけでも十分だ」


キケロと総司はキケロ宅に帰り、占いではあるが総司の年齢がわかったことで

一段落した。

しかしキケロは他地域の物が総司からは理解できるが、島国と言うのはどういう事か

と思ったが、詮索することはしなかった。

キケロは更にラテン語、ラテン文字とある種弁護や哲学等の指導もしながら、

総司もそれを熱心に学び時が過ぎていったのである。

それから約1年半後、総司はキケロ宅の本を沢山読みキケロ本人からも色々と

指導を受けていた。


キケロ「どうだねソウジ、私の後に習って弁護士か哲学者かなにかにならない

    かね」


キケロは、総司の向学心に誠に関心していたのである。

弁護や哲学に対してはこの段階で突出した才能を、総司には感じていなかったが、

このまま勉学に勤しむとこの道で生きていけるのではないかと考えている。


総司「僕ももう12才です、そろそろ後々の事は考えてもいいとは思っていますが」


キケロ「そうだったまだ12才なんだったね。まだまだこれからだった。将来の事は

    ゆっくり考えるといい」


そしてキケロは伸ばしていた養子の件であるが総司をもう養子の手続きを

しなければならないと思い、切り出した。


キケロ「そういえばソウジ、私は以前からも言っていたように君を正式に養子に

    するつもりだよ。そろそろ急いで手続きしたほうがいい」


総司は元からキケロの養子になるつもりは無く、ある人物に会う為に色々考慮して

いたのである。

総司は切り出した。


総司「キケロ先生、その前にこの前、町で面白そうな人物のことを耳にしました。

   その人物に是非とも会ってみたいのです」


総司はキケロに、ガイウス・ユリウス・カエサル[英:ジュリアス・シーザー]

という人物の名を口にした。


キケロ「ユリウス・カエサル、あああのスペイン帰りの。

    でなんでまたカエサルなのかね」


当時、キケロ等に比べると6才下のカエサルは、会計検査官であり大した

地位も確立していなかった。

 ※会計検査官・共和政ローマの政務官職の一つであり、執政官の下僚。

        裁判を担当する者と、国家財政の監督、国庫の管理を職務と

        する者とがいたが、特に注意がない場合は財政担当の方を指す。


総司は、前世の頃、カエサルにまつわる誘拐事件の事を聞いたことがある。

カエサルは、エーゲ海を船で渡っていたが、途中キリキアの海賊に囚われの身と

なった。

海賊は身代金として20タレントを要求したが、カエサルは「20タレントでは

安すぎる、50タレントを要求しろ」と海賊に言い放ち、その間海賊に対して

恐れもせずに尊大に接するだけではなく、

「自分が戻ったらお前たちを磔(はりつけ)にしてやるぞ」

と海賊に対し言った。

そして身代金が支払われて釈放されるとカエサルは海軍を招集し海賊を追跡、

捕らえてペルガモンの獄につないだ。

そしてアシア属州の総督に処刑するように命じるが、総督はこれを拒否して

海賊を奴隷に売ろうとする。

するとカエサルは海路を引き返して、ほのめかした通りに自分の命令で海賊

たちを磔刑に処したというものである。

これを引き合いに出した。


キケロ「いいでしょう。カエサルは以前私の師匠のアッポロニウス・モロン先生に

    教えをこうたことがある。

    師匠に一報入れてからカエサルに会いに行こう」


しばらくして、モロンからの連絡が来て、カエサルに一報入れた、ということで

キケロと総司は、庶民達が相当に広い範囲で集中して住む地域で

ほとんどフォロ・ロマーノと接していると言ってもよい一帯であるスッブラの

カエサル宅を訪れた。

キケロが戸を叩くとカエサルの母、アウレリア・コッタが姿を見せた。

そしてキケロの訪問にアウレリアはカエサルを呼び出したのである。


キケロ「やあカエサル久しぶりだね」


ガイウス・ユリウス・カエサル「これは高名なキケロ先生一報もらって

               いた件だね」


キケロ「そうだ。今日は君に会いたいという人物を連れてきた、連絡があったかも

    しれないが家で預かっているカキウス・ソウジだ。ソウジ挨拶したまえ」


総司「初めましてカエサル様、カキウス・ソウジと言います。今日はカエサル様と

   折り入ってお話しがしたく参った所存です」


カエサル「やあソウジだな。またかしこまって私に話か。まとにかく二人とも

     入ってこちらへ」


キケロと総司は居間に通された。

そして総司は早速カエサルと二人だけで話がしたいと言いだし、キケロと

カエサルは許可しカエサルの部屋へ二人で入った。


カエサル「どうしたんだ突然。二人だけで話がしたい等とキケロにも言えない

     話なのか?」


総司「はい。話す前に一つ約束してほしいいんです。それがまもっていただけ

   ないとなるとこれからのあなたの一生にまつわる大事な話は出来ません」


カエサル「俺の一生にまつわる話?どういう意味だ」


総司「これから話す内容をキケロ先生はもとよりこの世の誰にも話さないで

   ください。

   カエサル様のお命にもかかわる内容になります」


カエサル「そんなに大事な話か。私の命にもかかわると言ったな、わかった誰にも

     他言しない」


総司「ではお話しします。カエサル様、僕はあなたの未来を大雑把ですが

   知っています。

   あなたは今後この共和制ローマに、帝政の下地を敷くことになります。

   そしてあなたの最後も知っています。

   その中であなたの偉業を成し遂げる為にも、最悪のシナリオを変える

   為にも、僕はあなたの片腕として尽くしていきたいと思いますので

   どうか宜しくお願いしたいのであります」


カエサル「何と俺の未来を知っているだと。にわかには信じがたいがお前は

     一体何者だ。それをきいてからの次第だ」


総司「いいでしょう全てお話しします」


総司は自分が現在は東洋の漢の国の東にある、倭の国という所の未来の、

日本から来た転生者であることなど全てを話した。

それはこの時代にはなかった国家と言う概念も含めて説明した。

そして未来の日本語と日本の文字を書き、精いっぱい本当であることを示した。


カエサル「本当ににわかには信じられんが、その異国の言葉らしきもの、

     文字らしいもの、そして何より俺の野心を完全に見抜いているところ

     からして本当だと信じるしかない。この事はキケロもしらないのだな?」


総司「はい。他地域の言葉と文字らしきものを使うと言う事以外、全くご存じ

   ありません」


カエサル「わかった確かに信じよう。こうなれば一刻も早くお前を引き取りたい

     今日今からではだめか?」


総司「こうなることを予想してキケロ先生宅の僕の部屋は、かたずけて整理して

   きました。

   僕は一向に構いません」


カエサル「よし俺がキケロと話をつける。一緒にキケロの所に行こう」


カエサルと総司は部屋を出て、居間へ向かった。

カエサルが総司を今すぐにでも引き取りたい旨、キケロに話したところキケロは

驚き残念に思ったが、必要以上の事を言わず、カエサルはキケロを熱心に説得した。

総司を引き取てもらった2年間の金銭は、借金を大幅に増やしてまでしたため

キケロは了解したのである。

キケロは総司に別れを言い、そして帰宅していったのである。

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